(シマコではないよ、シマコの子でシマデブ)
地震で居続けになったせいで、これまで知らないできた事を見て
しまった。
ある朝のこと、縁側に変なモノがあるのに気づいた。
シマコは昨夜と同じ場所でニマっと笑って「なんかちょうだい」
と言っていたが、その近くにあった。
なんだろうと目を近づける(近眼)と、それはネズミの死骸で
頭だけと腸のようなものだった。
とうとうヤラレタと思った。飼主に猫が獲物を献上するという
アレではないだろうか。
こんなに長く続けて縁側でご飯もらい続けたことはなかったので
よほど嬉しいのか?そのお礼か? いや、迷惑なんだが。
シマコは笑っている、得意げである。
チラチラと死んだ獲物を見、わたしを見、交互に見、そして獲物の
そばに行き、食べるのかと思ったら匂いを嗅ぐような仕草をして、
また元の位置に戻り、デンと座っていた。
一日、そのまま放置した。だってどうやって片付けたらいいのか
気持ち悪くて触れなかった。外は冷たい風が吹き荒れていたので
乾涸びるだろうから腐ることはないと、逃げ口実を考えながら。
びっくりな話その2は、せちがらい猫の世間のことである。
シマコの子同士が縄張り争いをしているのを目撃した。
松の木の上に追い上げられたのは一年先に生まれた筈の子である。
シマコと同じ額に紋所をつけシマデブと呼んでいる。
目が怖い系(つり上がってて)で損しているタイプだ。
しかしうなり声をあげタックルし、物置の梁から屋根へと逃げるのを
木の上へ追いつめたのはブチャなのであった。驚いた。
いやな感じである。
親のそばにくっついて縁側を陣取ってるブチャは弱いから母親が
かばってそばに置いてるのだろうと思っていたら、なんのその。
どうも様子が違うではないか。ブチャの腕力は相当強かった。
おまけにしつこかった。
ブチャはアゴに奇形があるので下の牙が外にはみ出していて
歯の噛み合わせが悪い。狩りで獲物を捕る時は不都合だろうと思う。
シマコは自分のご飯を食べ残してブチャに与えるので、こちらは
ブチャの分もと考えて用意するようになっていた。
シマデブは時々物置に現れるので、留守の時には食べにきている
のだろうと思っていたし、それはそれでかまわなかった。
雌同士で譲りあっている風でこれまでの数年間、争いもなく過ごして
きたので、物置は共有のえさ場であったはずだ。
ブチャは一番若いのにすごい独占欲だ。
嫌いである、ワリーがそういう猫はゴメンである。
ブスでも奇形でもどうでもいい、性格がカワイイと可愛い。
ここには「江戸猫」という名前の猫もいて、その子の顔ときたら
なんともまあザンネンである。
身体は白黒で白の方が多く、頭はカツラを冠ったみたいに黒く
顔は白なんだけど鼻先の右側に黒がちょこっとある。
鼻くそがついてるみたいに見えるので、それさえなければ美人さん
なのになあとカメが言って笑った。そして江戸猫と命名した。
昔の屏風絵や掛け軸に描かれた猫に似ているというのだ。
エドネコは道場の床下に住んでいて、物置に時々遊びに来たり離れた
ところからこちらを観察しているようでおとなしい猫だ。
カメのベタベタしないほどよい距離の慈愛に預かって育っている。
たぶんブチャと同じ生まれではなかろうか、色柄が同じなので。
片や縁側、片や床の下と別れているけれど。
ここはシマコ一家の縄張りである。
生き残ったシマコの子はそれぞれ森のココソコ、近くにいて独立し
シマコはそこを巡回しているようだ。
たまに子をみかけるし、ご飯を食べにきたのかな?という時もある。
シマコがいいという態度であれば、こちらも了解、じゃあいいよと
合わせてきたが今度ばかりはヤナ感じである。
ブチャは跡目を継ぐのはアタイだと主張して、実力行使でいこうと
しているのではなかろうか。
考え違いも甚だしい、この敷地では仕切るのはうさこである。
うさこは先生であるカメの可愛がるシマコだから特別扱いなのである。
それだけのことなので、シマコの子とはいえ、もうブチャの過保護に
つきあうのはやめることにした。
お行儀よくしないのはダメなんである。猫とて同じ。
シマちゃんはとても行儀がいいし、親分ともいい感じ、だからやってこれた。
今、非常時で人の情も、隠し持つ真意もよく見える。
ナーバスになっているので、猫にも容赦ないうさこであった。
大人げないかなあとも思った。
「本気で怒ってるみたいだね」とカメに言われてしまった。
シマデブはほんとうは大丈夫なのかもしれないけど、あの日、ブチャには
ご飯あげませんでした。
ネズミの捕り方を覚えるいい機会だぜ、オマエ少しは自立しろと言って。
地震で居続けになったせいで、これまで知らないできた事を見て
しまった。
ある朝のこと、縁側に変なモノがあるのに気づいた。
シマコは昨夜と同じ場所でニマっと笑って「なんかちょうだい」
と言っていたが、その近くにあった。
なんだろうと目を近づける(近眼)と、それはネズミの死骸で
頭だけと腸のようなものだった。
とうとうヤラレタと思った。飼主に猫が獲物を献上するという
アレではないだろうか。
こんなに長く続けて縁側でご飯もらい続けたことはなかったので
よほど嬉しいのか?そのお礼か? いや、迷惑なんだが。
シマコは笑っている、得意げである。
チラチラと死んだ獲物を見、わたしを見、交互に見、そして獲物の
そばに行き、食べるのかと思ったら匂いを嗅ぐような仕草をして、
また元の位置に戻り、デンと座っていた。
一日、そのまま放置した。だってどうやって片付けたらいいのか
気持ち悪くて触れなかった。外は冷たい風が吹き荒れていたので
乾涸びるだろうから腐ることはないと、逃げ口実を考えながら。
びっくりな話その2は、せちがらい猫の世間のことである。
シマコの子同士が縄張り争いをしているのを目撃した。
松の木の上に追い上げられたのは一年先に生まれた筈の子である。
シマコと同じ額に紋所をつけシマデブと呼んでいる。
目が怖い系(つり上がってて)で損しているタイプだ。
しかしうなり声をあげタックルし、物置の梁から屋根へと逃げるのを
木の上へ追いつめたのはブチャなのであった。驚いた。
いやな感じである。
親のそばにくっついて縁側を陣取ってるブチャは弱いから母親が
かばってそばに置いてるのだろうと思っていたら、なんのその。
どうも様子が違うではないか。ブチャの腕力は相当強かった。
おまけにしつこかった。
ブチャはアゴに奇形があるので下の牙が外にはみ出していて
歯の噛み合わせが悪い。狩りで獲物を捕る時は不都合だろうと思う。
シマコは自分のご飯を食べ残してブチャに与えるので、こちらは
ブチャの分もと考えて用意するようになっていた。
シマデブは時々物置に現れるので、留守の時には食べにきている
のだろうと思っていたし、それはそれでかまわなかった。
雌同士で譲りあっている風でこれまでの数年間、争いもなく過ごして
きたので、物置は共有のえさ場であったはずだ。
ブチャは一番若いのにすごい独占欲だ。
嫌いである、ワリーがそういう猫はゴメンである。
ブスでも奇形でもどうでもいい、性格がカワイイと可愛い。
ここには「江戸猫」という名前の猫もいて、その子の顔ときたら
なんともまあザンネンである。
身体は白黒で白の方が多く、頭はカツラを冠ったみたいに黒く
顔は白なんだけど鼻先の右側に黒がちょこっとある。
鼻くそがついてるみたいに見えるので、それさえなければ美人さん
なのになあとカメが言って笑った。そして江戸猫と命名した。
昔の屏風絵や掛け軸に描かれた猫に似ているというのだ。
エドネコは道場の床下に住んでいて、物置に時々遊びに来たり離れた
ところからこちらを観察しているようでおとなしい猫だ。
カメのベタベタしないほどよい距離の慈愛に預かって育っている。
たぶんブチャと同じ生まれではなかろうか、色柄が同じなので。
片や縁側、片や床の下と別れているけれど。
ここはシマコ一家の縄張りである。
生き残ったシマコの子はそれぞれ森のココソコ、近くにいて独立し
シマコはそこを巡回しているようだ。
たまに子をみかけるし、ご飯を食べにきたのかな?という時もある。
シマコがいいという態度であれば、こちらも了解、じゃあいいよと
合わせてきたが今度ばかりはヤナ感じである。
ブチャは跡目を継ぐのはアタイだと主張して、実力行使でいこうと
しているのではなかろうか。
考え違いも甚だしい、この敷地では仕切るのはうさこである。
うさこは先生であるカメの可愛がるシマコだから特別扱いなのである。
それだけのことなので、シマコの子とはいえ、もうブチャの過保護に
つきあうのはやめることにした。
お行儀よくしないのはダメなんである。猫とて同じ。
シマちゃんはとても行儀がいいし、親分ともいい感じ、だからやってこれた。
今、非常時で人の情も、隠し持つ真意もよく見える。
ナーバスになっているので、猫にも容赦ないうさこであった。
大人げないかなあとも思った。
「本気で怒ってるみたいだね」とカメに言われてしまった。
シマデブはほんとうは大丈夫なのかもしれないけど、あの日、ブチャには
ご飯あげませんでした。
ネズミの捕り方を覚えるいい機会だぜ、オマエ少しは自立しろと言って。