墨汁日記

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平成マシンガンズを読んで 66

2006-10-06 20:26:44 | 

「余裕がある人間は、常識を覆されると笑うんだよね。面白い、そんな変な考え方があったんだとつい笑っちまう。
 余裕がある人間は、世間の常識と自分は関係ないと割り切れる。
 常識はただの常識。
 自分は自分。
 常識は世間の人の思い込みで、自分には自分の生き方がある。

 でも、余裕がない人間ほどなぜか常識にしがみつく。
 そして、常識を覆すような事を誰かが言い出すと、まるで自分の人格をけなされたかのように怒り出す。
 なんで怒り出すと思う?
 常識に依存しているからだよ。
 自分の人格を常識に依存させているから、その人にとっては自分の人格をけなされたのに等しいんだよ。自分の頭で考える事をしないで、善悪の判断をすでにある常識にまかせるから、常識がそのまんま、その人にとっての自分の考えになってしまうんだ。
 ゆえに常識をけなされると自分の考え方をけなされたと勘違いして怒り出す。
 こーゆー余裕の無い人間は、青信号で横断して暴走ダンプにひき殺されるタイプだな。
 青信号なんか信じるなよ、車の流れを見てから横断しろよ。
 だから、タケシに『赤信号、みんなで渡れば怖くない』とか言われちゃうんだ。

 なんで、余裕がないのか?
 なんで、無条件に常識なんか受け入れるのか?
 マジだからだ。
 マジに生きたら、世の中に余裕なんかあるはずがない。生きるか死ぬかだ。

 なんでマジなのか?
 そういう風に生きろと親から教わったせいだろう。
 犯罪者になるべく、あるいは時代の反逆児になるべく親に育てられた子供なんてほとんどいないはずだ。
 また、生きる事の本質はマジでもある。
 マジな人間は、常識に依存しつつも、生命体として生きる事の真実を本能で知っている。だから、常識という多数派に本能的に従うし、常識を自分の人格の基礎ともする。
 しっかりとした社会規範や常識は、マジな人には良いお手本だ。
 多数派の社会規範や常識に従えば、自分が非難されたり攻撃される可能性がかなり減る。思想的にみんなと同じ考え方をすることで、自分を群れの中の一員にしているわけだ。

 それでも、世の中に余裕があるなら、おふざけも許される。
 ソレが笑いだ。
 常識を覆す事を笑いに出来る社会には余裕がある。
 だが、余裕がない社会は常識を覆す者を嫌悪し、笑いすら禁止する。

 さて、現代はどうだろう?
 現代は偏った社会だ。
 物質的には余裕がある。
 だが、人並みに大学へ行って企業に入社し結婚する事を望むなら、精神的・肉体的な余裕は定年退職するまでほとんど訪れない。ヨボヨボになってからやっと楽できる。

 なんにも無いから、ハングリー精神で頑張れるんだよ。
 国や家が貧乏なら、何かを手に入れるようとマジになれる。

 でも、現代ではあふれかえるほどのモノに囲まれている。

 なのに、まだマジになって頑張ることを社会から強制される。
 もっともっとって欲望をあおられ、また、社会から見放されれば今あるモノすら失いかねないという恐怖を、親や社会から伝承される。

 社会が悪いわけではない。
 過去の世間の人達は、今よりマシな生活を望んだだけだ。
 そして、現在の日本のシステムは、これ以上は現在では物質的に良くなりようもないという段階に到達して、価値観は崩壊した。
 価値観は崩壊したのに、モノが無い頃の常識だけは根強く残っている。

 現代は無政府状態だ。そこまでは言い過ぎなら無政策状態だ。
 日本国も日本政府もいまだ健在だが、その価値を信じる人間は無意識レベルではほとんどいない。日本製品で一番信用出来るのは『yen』だけだ。国の中枢には、残った利権をしゃぶり尽くそうとするハイエナ連中がうろついているだけ。

 現在この国に残った最後の法は、庶民の社会的規範である常識だけ。
 マジな人達は、危機を本能レベルで察知している。
 せめて常識を自身の価値観と信じないと、この国すら成り立たなくなる可能性があると無意識に感じ、常識を実践している。

 しかしねぇ、世の中には根本的に生まれついて不真面目な人間ってのがいるんだよ。そういう人間は、日本国が滅びる様子を見学したいなとか本気で思っているのさ。不真面目な人間に、日本や自分の将来なんて関係がない。面白けりゃそれでいいのさ」