墨汁日記

墨汁Aイッテキ!公式ブログ

平成マシンガンズを読んで 6

2006-08-27 22:45:19 | 

 感想文に本当に書きたかった言葉がふと脳裏をかすめた。

 今、私は学園駅前のマックに居て小学校の時の一番の友人の洋子と話している。がんばらなきゃ、目の前の現実を持続させないと。自分の妄想に逃げちゃいけない。心を込めて話さないと洋子に失礼だ。

 ところで、どうでもいいんだけど、さっきからななめ横に座っている男が気になって仕方ない。

 いきなりマックに来て、いま『平成マシンガンズ』を読んでいるあの男だ。

 私と洋子は対面で席についている。私の真ん前は洋子。私は窓際に座っている。ひとつ空席をはさんでつぎのテーブルにあの男は陣取っている。男は窓の方を向いてセットメニューのポテトをつまみながら本を読んでいる。位置的には私の正面45度のあたりにいるのでイヤでも目につく。

 男が席に着いた時に、私はチラリと携帯で時間を確認した。
 12時50分。
 男は『平成マシンガンズ』のページを開いた。
 手がタバコにのびかけたが「禁煙」なのを思い出したのか、のばした手の先をドリンクに変え、ストローでドリンクをすする。
 最初は、大人の男はどんな顔して『平成マシンガンズ』を読むのだろうと気になってチラチラ見ていたのだが、男は表情ひとつ変えないで本を読む。ページをめくりながらポテトを貪り食い、手に付いた塩をなめなめしながらページをめくる。ポテトを食い尽くすと、バーガーの紙をむいてかぶりつく。トレーに落ちたレタスをひろって食い、むいた紙で口のまわりを拭きながら、ソースのついた指をなめた手でページをめくる。その間、まったくの無表情で眉一つ動かさない。表情とは裏腹にあさましくて汚い読書スタイル。
 男が『平成マシンガンズ』を半分あたりまで読み終わる頃には食べる物がなくなった。
 食べ物のなくなった男はたまにドリンクをすすりながら読書を続ける。
 残るページの量から男がどのあたりを読んでいるのか想像する。あのあたりは主人公が行き場を失い、一番感動するあたりだ。私なんか思いっきり感情移入してボロボロ泣いてしまった。あすこで泣かない奴は人間じゃねぇ、人だぁ。
 ところが、男は人であった。
 まったく表情など変えないで、残りわずかとなったドリンクをズゥズゥ音をたてながらストローですすりつつページをめくっていく。
 男の読書スタイルに、なんだか、私の感動や『平成マシンガンズ』が汚されていくようなかんじがした。

 男はめくるページがなくなると、表紙裏の著者紹介をしばらくながめた後に読書を終えた。その時の時間は13時45分。

 こいつ、人が一文字一文字、胸に刻み込むようにして思いきり感情移入しながら残るページの減る事にものの哀れを感じながら、涙流しゆっくりと味わった本を1時間かけずに読んじまった。
 その読書スピードには感心するけど、あんた脳みそまで文字が届いてないんじゃないのと言いよりたい。脊髄で読んでるんだろうとぜひ突っ込みたい。

 ガタタッといきなり男は席を立った。

 出した時と同じように無造作に本をリュックに押し込んで、ジーンズのポケットに散開していた小物を詰め込むとトレーを持って去り始めた。
 立ち上がった男は黒のTシャツにジーンズ。

 あれ?
 あぁそうか。『平成マシンガンズ』に出てくる「死神」は、「黒いTシャツに穴の開いたボロくさいジーンズを履いてお洒落心の感じられる装飾品をいっさいつけていない」。
 帽子とメガネに惑わされてしまったが、私はあの男に「死神」のイメージを重ねていたのだ。穴こそあいちゃいないが小汚いジーンズに黒いヨレヨレのTシャツ。私の想像した死神のイメージに近かったから、私はどこかで見たような何かを男に感じたのだろう。

 死神はマシンガンで人を撃つといい子いい子と頭をなでてくれるそうだが、現実のあの男には触られたくないな。そこらあたりもなんとなく「死神」のイメージに重なる。

 「死神」は手に出刃包丁を持ってあらわれる。なんとなくあの男も出刃包丁が似合いそうなルックスだったのでついニヤリとしてしまったら、洋子に「人の話聞いてんの!」と怒られた。


平成マシンガンズを読んで 5

2006-08-27 21:07:02 | 

 『平成マシンガンズ』の主役は「内田朋美」という中学1年生の少女だ。
 彼女はイジメにおびえつつも、クラスメイトから孤立することを怖れて付かず離れずで学校生活を送るごく普通の中学生女子。
 小説には、クラスのなかで少しでも有利な立場をと友達同士が探り合い牽制しあう様子や、教室のなんとも言えない圧迫感などが良く描かれている。
 友達同士で監視しあい束縛しあうやりきれないかんじに女子の友情ってなんなのだろうと考えさせられる。
 そして、彼女にとって家すらもまた安住の住処ではない。家庭から逃げ出した母に、自分のことを見てくれようともしない父。そして、その父の愛人。
 狭く閉じた、そう、いま中学2年生の私とおんなじに、彼女には家と学校しか居る場所はない。なのに、その両方が些細な事やあるいは決定的な事で徐々に壊れ始め、ついには彼女は行き場を失う。
 この小説の主人公に私はすごく共感した。
 なぜなら、過去に「赤毛のアン」なんか愛読していたから、日本的な中学校学級の女子的な友情のあり方に疑問を抱きながらも、流れに逆らわないよう安穏に生きている自分が嫌いだったからだ。私のダイアナはどこにいるのって叫びたいような気分だったのだ。
 でも、もうダイアナはいらない。私はこれから「内田朋美」を友としたい。いや、本音を言うなら「内田朋美」をつくりだした作者の「三並 夏」と友達になりたいのだが、それは叶わぬ夢なので寝言はやめとこう。しかし、こんなにも作者と友達になりたいとまで思えるほどの本は今までにはなかった。
 ちなみに、「内田朋美」の夢には「死神」が登場する。死神は彼女にマシンガンを手渡して言うのだ。
「これはお前のものだ。誰でもいいから撃ってみろ」
 復讐なんだと私は思う。夢の中での親や学校への復讐だ。
 現在の中学生女子が望むのは、「白馬の王子様」などではない。復讐を叶えさせてくれる力をくれ、その復讐を認めてくれる「死神」だ。
 誰もが誰かをしばり、互いに足を引っ張りあう。
 競争と遠慮とストレス。息が詰まる。


平成マシンガンズを読んで 4

2006-08-27 12:47:50 | 

 私たちが居座って話し続けているマックに男が入ってきた。

 あれ。

 なぜか、その男が気になってしまった。なんていうか、その男と前にどっかで会ったような気がしてならない。でも、私には大人の男の知り合いなんていない。気のせいなんだ、きっと男が誰かに似ているからそう思うだけなんだと考える。

 遠目に男を観察する。頭には棉製のメッシュの入っていない黒の野球帽をかぶり、黒いTシャツに普通の形のジーンズで白いスニーカー。背中に紺色のリュック・サックを背負い、メガネをかけている。
 誰に似ているんだろうか。まったく分からない。でも気になる。

 カウンターで注文をしてレジを済ませた男は、私たちの席の方につかつかと近づいて来た。
 男は二つとなりにあるテーブルの椅子を引き、背負って来たリュックをそこに座らせた。そして、ポケットへ手を突っ込むとテーブルの上にポケットの中身をぶちまける。タバコとライターに携帯灰皿と携帯電話。
 次に、男はリュックを開け1冊の本を取り出した。見慣れたかんじのする本。見たことのある表紙。とっさに私にはその本が何か分かった。

「マック・チキンをご注文のお客様!」

 店員に呼ばれて、男は無造作に手にした本をテーブルの上に投げ出しカウンターへ向かった。
 投げ出されたその本は、あの『平成マシンガンズ』だった。
 私は心底おどろいて、自分の目を疑った。
 あんな男が『平成マシンガンズ』を読むのか。
 いったいどういう目的があって何のため読むんだ。
 なにも、男が『平成マシンガンズ』を読んじゃいけないって法律があるわけでも、いや、むしろないだろうけど。でも、その男はあまりに『平成マシンガンズ』の繊細なまでのナイーブさとは不釣り合いなかんじなのだ。ナイーブって言うよりオリーブ油ちゅーか、中華料理店の「ラーメン」と清少納言の『枕草子』ぐらいに属している世界がまるで違うようにすら見える。とにかく、その男が『平成マシンガンズ』を読む理由はマジでひとつもわからない。

「なに、さっきからガン見してんの?」

 洋子に注意され我に返った。

「いや、あの本ね、今流行ってるらしいよ」

 ふーんてな顔で洋子は私を見る。あんなんを私のタイプだと洋子に勘違いされたらイヤだし、『平成マシンガンズ』を洋子に薦めるつもりもない。もう、あっちを向かないようにしよう。


平成マシンガンズを読んで 3

2006-08-27 08:33:13 | 

 洋子はマックへ入りがてらに、チラリと横目で「アルバイト募集」のポスターを見た。注文の品がそろうと2人は窓際の席に向かう。そこを陣取り居座る場所と決めた。

「キム、今こづかいいくら?」

 洋子はトレーをテーブルに置くなり、待ちきれないかのように話し出した。その質問に私は少し困ったが、座りながらとりあえず正直に答えた。

「うーん、1日千円」

「へえぇー。いいなぁすごいじゃん、するとアレだね月に3万だね。私なんか月に1万だよ」

 1万円じゃ欲しい物なんて何も買えないよぉと洋子はぶーたれる。
 あのなんとかのバッグがあれば手持ちの服と相性バッチリだし、アレがあればコレがどーなって、コレを極めるにはアレが必要だと、気がつけば洋子の話題は再び物欲の話。
 ファッション系物欲話は私には少しつまらない。出てくる単語が良く分からないからだ。
 うなづきながらも、心がだんだんと洋子との会話から離れ自分の世界にこもり始めているのを感じた。クラスの子達と話している時とおんなじだ。顔は笑顔のままうなづきつつも、心はその場にはない。いつから私はこんなんになっちゃったんだろう。

「お金欲しいよぉ。アルバイトしたいなぁ。どっかに中学生でも雇ってくれるところないかなぁ」

 アルバイトという言葉で、心は現実に戻った。前に中学生の男子が新聞配達のアルバイトをしてるのをテレビで見た事を思い出して、私は言った。

「アルバイトって新聞配達とか?」

「えぇー、新聞配達はイヤだぁ。チャリで新聞配るんでしょ、かっこ悪いよ。クラスの子に見られたら笑われちゃう」

 ま、私だって新聞配達はイヤだし、実際に新聞屋さんが中学生の女の子を雇ってくれるかどうかも疑問。たぶん、現実には中学生の女子なんて誰も雇ってくれないはずだ。

 私たちは無力だ。
 本当になんの力もない。ただ、世の中への望みやあきらめなどをマックで吐き出すだけ。1円だって稼げないし、学校と家以外に行くところも居る場所もない。
 多少は大人扱いされても、中学生の女子なんてまだまだ子供。
 金もなく、力もなく、親の言いなりに生きるしかない。