洋子と別れてから、マックの横にある「スーパー・アマイケ」で買い物して家路に付く。
少しマックでお金をつかいすぎて今夜の食費は300円くらいしか残っていない。「モヤシ・ミックス野菜」110円と、2?のミネラル・ウォーターをアマイケで買って帰る。
駅から10分ほどで我が家だ。
玄関の横に置きっぱなしてで、土ぼこりをかぶった「マーク・ツー」の横を通り、ポッケの中の鍵で玄関の戸を開ける。
閉め切った家の中はモワンと熱気がこもっているからすぐに居間に行ってリモコンでクーラーをつける。
その次は、もちろんテレビをつける。
まだ4時前なんで、なんとかサスペンス劇場の再放送とかやっている。
まだ4時前かぁ。一日は長いなぁ。
尿意を覚えてトイレの戸の前に立って、大事な事を忘れていた事に気がついた。トイレの電球をまたも買い忘れた。
暗闇でようをたすのはイヤなのでアケッパでするが私以外には誰もいないから問題ない。
干しといた洗濯物を取り込んで、居間の隅に重ねて置く。お父さんが欲しいもんは探すから別にたたんでしまわなくても良いよと言うので、とりこんだ洗濯物はみんな部屋のすみに積み上げておく。私の下着だけタンスにしまう。
まだ少し早いけど、夕飯の支度をしよう。
フライパンにサラダ油を注いでアマイケで買ってきた「ミックス野菜」をジュッとやる。あじ塩コショーで味付けする。炒めた野菜の半分を食パンにのせて挟んで食べる。残りの半分を2枚目の食パンにのせて今度は中濃ソースをたっぷりかけて食べる。デザートは買い置きしといたバナナだ。
バナナの皮をむいているうちに6時になっていた。
お中元にもらったカルピスに氷を浮かべてクーラーの効いた居間で飲みながらテレビを観ているうちにお風呂が沸いたので入浴。これでやっと8時。
かって、お母さんがいつも酔いどれて横になっていた居間が、私の住空間となったのはつい最近の事だ。
居間はいい。
なにより私の部屋にはないテレビやクーラーがある。トイレも台所もお風呂場も目の前だ。
居間は6畳の和室なんだけど、カーペットがしかれて部屋の真ん中にちゃぶ台が置いてある。冬はちゃぶ台がこたつに変わる。
今は夏なんでちゃぶ台が置いてあって、ちゃぶ台の下には、私の夏休みの宿題や参考書とか本でいっぱいだ。
居間の隅には仏壇がある。
仏壇には、亡くなったおじいさんとおばあさん。そして、死んだ兄の写真が飾られている。兄は私が物心つく前に4歳で死んだので、私の記憶にはいない。
立川に住む直美オバさんが言うには、お母さんがおかしくなったのは私の兄が死んだ頃からだと言うが、だとすると私にはお母さんの変化は分からない。
お母さんが今年4月に入院してから今の生活がはじまり、しばらくコンビニ弁当とカップ麺ばかり食べていた。
ところが、そんなのばかり食べ続けていたら、何を食べても吐くようになって、どうもなんだかコンビニ弁当とカップ麺は私の体質にあわないと思い、最近はスーパーで買ってきたお惣菜とか、あるいは、材料を買って来て自分でおかずをつくって食べている。
ご飯は嫌いじゃないんだけど、お父さんは全く食べないし、1人じゃ食べきれない、となると、とぐのも炊くのもめんどうだから炊かないので、現在の私の主食は食パンだ。
あぁ、こんなこと考えちゃいけないんだろうが、少しだけお母さんがいなくなってホッとしている。なんて事を思う私はいけない子なのだろうか。
いつまでこんな生活が続くのか、来年は「高校受験」だ。
掃除洗濯をしながら、毎食のご飯のことを考えながらでも、高校に受かるんだろうか。
でも、その方が気がねなくやれるなと思いつつも、本当は1人ぼっちのさびしさでいっぱいで、私にはなんだか私の心が分からない。
とにかく、お父さん早く帰って来てと願う。そして、チラリと仏壇をながめ、お母さんを駄目にしたという兄を恨む。