今年(2016年)4月に上梓された人類進化に関する最先端の内容を伝えてくれる本です。
人類史の研究は今まで化石に頼っていた。主にアフリカで発掘された猿人の化石を辿る事で人類がどのように他の類人猿から分岐してきたのかを明らかにしようとしてきた訳です。
ところが近年、急速にゲノム(遺伝子)解析が進んできて人類進化の秘密をゲノムを辿る事で見つけ出そうと言う方向に変化し画期的な成果を挙げつつある。この本はそのゲノム解析によって明らかになってきた人類進化の新しい知見を解説してくれている。
10年前ヒトゲノムの完全解析が完了した。ヒトDNA塩基配列の完全なコーディングだ。このヒトゲノムと例えばチンパンジー、ゴリラのゲノムを比較すれば何が違ってその分岐が何時ごろ起こったかが判るはずだ... しかし、事はそんなに簡単ではない。ヒトゲノムと言っても一卵性双生児を除くヒト一人毎に塩基配列が違う部分がある。ヒトの顔形、身長、肌の色、遺伝性の病気などに関するSNP(塩基多型)と呼ばれる多様性がありDNA比較した場合に、ヒトの種としての特徴を示すゲノムとSNPを区別しなくてはならない。
上の写真はこの本の表紙だがこの本の最も重要なテーマを現している。ヒトとチンパンジーとゴリラの関係だ。霊長類のうちこの3種は極めて近い関係にありこの3種がどのタイミングで分岐したかが大きな争点になってきた。結論を言うとまずゴリラがヒト・チンパンジー共通祖先と分岐しその後ヒトとチンパンジーが分岐した。つまり、ヒトの最近種はチンパンジー(ボノボ)だという事が確認されている。しかし、上の図を良く見ると太い枝の中に細い線が何本か描かれている。これは個別の遺伝子をトレースすると実は太い幹とは別のタイミングで分岐する事があ、特定の遺伝子だけに着目するとヒトとゴリラが最近種となることもある。このため、枝分かれの特定には統計的手法が必要で多くのデータを集め総合的に処理する集団遺伝学のアプローチがそれだ。
しかし、何がチンパンジーとヒトと違うかという事についてはまだ明確な結論は出ていない。脳の機能についても脳遺伝子にコードされているタンパク質の大部分はチンパンジーとあまり違いが無いことが判って驚きが広がっている。ただし、脳に関する遺伝子の発現量についてはヒトが多いことも判っていて、タンパク質そのものの違いではなく遺伝子制御の違いに秘密が隠されているようだ。
もう一つの重要なテーマは現世人類と旧人類との関係だ。旧人類とはネアンデルタール人、デニソワ人などの現生人類がアフリカを出る以前にユーラシアに広く分布していたヒト属のことだ。ネアンデルタール人化石骨から抽出したDNAのゲノム解析に成功したグループがありヒトとのゲノム比較が行われている。その結果、ヨーロッパ人とアジア人のDNAには2%程度のネアンデルタール人のゲノムが含まれている事が判った。そして、アフリカ人にはそれが全く含まれていない事も確認されている。つまり、現生人類はアフリカを出た後ネアンデルタール人と交雑したという事だ。また、南シベリアで発見されたデニソワ人はネアンデルタール人との近縁種だがこの遺伝子がアジア人、特に我々日本人を含む東アジア人の遺伝子の中に3-6%という高率で組み込まれている事も最近わかってきた。
我々現生人類はアフリカで発生し5万年前にアフリカを出てユーラシアから新大陸に拡散したがその過程で旧人類と交雑しその遺伝子を取り込んだことは間違いない。これはアフリカと言う熱帯で発生した人類が寒冷地に適応する際に、すでに寒冷地適応を長い時間をかけて完了している旧人類の特性を受け継ぐ事で有利に働いたに違いない。私の血の中にもデニソワ人の血やネアンデルタール人の血が混じっていると考えるとワクワクする。
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