「絵画は語るものでも分析するものでもない。感じるものだ。」
La peinture on n'en parle pas,
on ne l'analyse pas,
on la sent.
画家の言葉に従い、Bernard Buffet (1928-1999) の絵を感じに、損保ジャパン東郷青児美術館へ。再び高いところ (42階) にある美術館なので覚悟して。
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作品は、肖像画、風景画、静物画に分けて展示されていた。気に入った作品がいくつかあった。それらはいずれも、どぎつい色、黒の荒々しい縁取りで特徴付けられる私の中にあるビュフェではなかった。
肖像画では、
「父と息子 Père et fils」 (1945): 深い青・緑のなかにいる。
「自画像 Autoportrait」 (1946): 暗い無表情な。
「画家 Artiste」 (1949): この時期の特徴なのか、細長い顔と肢体、色使いが灰色がかっていて自分の中の緊張感のようなものを表しているのか。
「アトリエの中の自画像 Autoportrait dans l'atelier」 (1949): これも同様の様式であるが、窓から外が見え1階ではない、そのためかやや解放感を感じる。
静物画では、余り気に入ったものはなかった。画集の中に閉じ込められている静物を見ると面白いものも見つかったが。
「兎の静物 Le lapin écorché」 (1951): 最近パリで兎料理を食べたためだろうか、フランス的な静物なのかな、などと考えていた(日本人の画家は描かないだろう)。
風景画では、
「アトリエ L'atelier」 (1947): 大きな絵なので、そのまま彼のアトリエに入っていって同じ空間を共有できそうな錯覚を覚えた。
「村の通り Rue de village」 (1946): 人影のない通り。緑がかった色使いで暗い。昔見た風景。
「ヴェゾン・ラ・ロメーヌ Vaison la Romaine」 (1950): 薄暗い緑が基調の広大な景色が広がる。
「ボーモン・シュール・エスコ Beaumont sur Escault」 (1975): 昔見たことのある木が特徴的な雪の風景。
「ペロン・ギレック Perrons Guirrec」 (1973): 上の絵とともにブルターニュの風景。冷ややかな光の強さが家の壁の白から感じる。
「クーヴェールの城 Château de Couvert」: 先月フランスで見た景色そのもの。
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ネットで彼の写真を見てやや意外な感じがした。作品から受ける印象では、人生に打ちのめされたような、皮肉家の顔をイメージしていたのだが、健全な、幸せそうな、現世的な顔の持ち主であった。8000点にも及ぶと言われる作品を創り続け、商業的にも成功を収めたこととは無関係ではないかもしれない。ただそのことは逆に、1955年以降成功に酔い、彼の芸術がマンネリズムに陥り進化しなかったとの批判にもつながるようだ。今回の展覧会を振り返ってみると、気に入った絵はほとんど1955年以前のものであった。
晩年パーキンソン病を患い、1999年に自ら命を絶った。最晩年の 「死よ万歳 Vive les morts」 を見ていると、彼の中の芯のようなものがすでに崩れ始めているように感じ、苦しかった。彼の作品は日本から特に求められたようで、ビュフェ美術館までつくられている。今回の展覧会では、この美術館所蔵の作品70点余りが展示されている。