「む?」
ぼやけた視界にぼやけた思考。
当初は何も理解できなかったが両者は時間が経過するにつれて原因が判明する。
何でもない、ただ自分は執務室で書類仕事の途中で寝てしまったのだ。
「……まったく、私は書類仕事が苦手なんだがな」
黒髪の少女、坂本美緒が涎を拭きつつぼやいた。
しかも、机に寄りかかる形で寝ていたせいで体のあちこちが痛い。
寝ていたことも加え、かなり長い時間書類と睨めっこしていたせいか目がショボショボする。
眼帯を付けていない方の眼をこすり、米神を抑えて目の周囲の血行を良くしようとする。
本当なら、台所にいるだろう宮藤に温かいタオルでも準備してもらった方がいいが、そうはいかない。
横には山ほどに積まれた書類、これを何てしてでも終わらなさなければならない。
手早く済まさなければ午後のティータイムに間に合わないだけでなく残業になりかねない。
いくら下士官から佐官まで上り詰めた程実力があるとはいえ、
坂本美緒という人間は根本的に戦以外を知らぬ「もののふ」ゆえにとことん現場主義者で、こうした仕事には慣れていない。
ふと、ロンドンまで予算を分捕りに行ったミーナはいつもこんな仕事をしていることを思い出し感謝の念を送った。
「ふぁぁぁ」
今日は青海な空で降り注ぐ太陽がもたらす熱は温かい。
周囲に部下もいないことも加え、こうして欠伸をするくらい心地よい日だ。
「………………」
また意識が朦朧と仕出す。
いかんな、また寝てしまいそうだ。
等と隙だらけな思考を巡らせる程心地よい昼下がりだ。
「慣れない仕事はするものではないな―――いや、駄目だ給料分は働かなければ」
兵卒ならそれが許されたが、残念ながら佐官。
多くの特権が与えられると同時に給料以上の責任と義務を要求される階級にいる。
血税で養われている身なので、あまり長く休むことは坂本美緒の形成されて来た精神と主義に反する。
(では、手早く済ませて見せるか。)
決意を新たにして再度書類の山との戦闘を開始する。
内容は様々だ、補給品関係でも食料、武器弾薬、被服、資金と体系でき、
ここからさらに細かく分岐してゆき、分岐した後でもさらにその先と分岐してゆく。
組織とは常に連絡、報告が義務づけられているからそれこそトイレットペーパー1つまで報告書が提出される。
馬鹿らしいと考えてしまうが、それこそが公平で一定の法則に従った組織の存続の避けられぬ運命。
まして軍も国家の官僚組織の一種類にすぎず、記録を残す事に情熱を掲げる官僚組織は民間以上に書類に執着する。
よって、大量の書類の過半数はどうでもいい日常的業務の報告書が占める。
そして本当にトイレットペーパーの消費量について注意を促す書類が出てきて、坂本少佐はゲンナリした。
いくつものサインがなされ、年頃の少女ばかりの部隊にそんな書類をよこした連中の顔を想像する。
すると、50代のおじ様と結婚したというウィルマの夫が脳に映し出された。
「却下」
人の趣味嗜好はそれぞれだというがあまりよろしくない。
リネットには悪いが流石の自分でもその年の差はマズイと思うな、と坂本少佐は考えた。
結婚式で見た感じ、本人たちは嬉しそうだったが……なんと言うか周囲の空気は実に微妙であったのをよく覚えている。
「少佐ー書類できたよー」
などと回想している最中、外から二度ノック。
そいて聞こえた声で部屋にいた彼女側は注目をドアへと向ける。
「おう、入れ」
返答と共に開いたドアから人が滑るように入って来た。
「ちぃーす、こんにちわー」
「ふむ、シャーリーか。何の書類だ?」
書類をぷらぷらと手で振りながら部隊一のナイスバディが入室した。
「この間の戦闘報告書」
「ああ成る程、ご苦労」
書類を机に置く際に少し前かがみになり、
たわわに実った2つの果実が坂本少佐にこれでもかと強調する。
ペリーヌが見たら嫉妬と女性としての羨望で狂いそうな光景だ。
もっとも、このもののふは、
(でか過ぎると反って邪魔だな)
とまったく女性の思考が欠けた感想を抱いた。
そして、書類に書き忘れや書式が間違ってないか不備がないか簡単にチェックして言った。
「うむ、ご苦労。
問題ない、後は好きにしていいぞ」
「了解ー」
いやー書類仕事は面倒だなー、
とボヤきつつシャーリーは部屋を後にした。
彼女が立ち去った後部屋に響く音は窓の外から響く海と風の声だけで、
他に雑音はなく、残された坂本少佐はポツリと呟いた。
「…………平和だな、」