おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「身の上話」 佐藤正午

2009年09月13日 | さ行の作家
「身の上話」 佐藤正午著 光文社 (09/09/13読了)
 
 すごい小説です。

 正直、終盤に至るまで「私、この小説、あんまり好きじゃないかも」と思いながら読んでいました。タイトル通り、「身の上話」の独白形式なのですが…本人が独白しているのではなく、ある若い女の一年余りの逃避行生活を、後に夫となった男性が独白しているのです。

 その女というのが、何とも、とらえどころがない。決して生まれながらの悪人ではないのですが、魅力あるとも思えない。意志があるのか、ないのか、すぐに周りの状況に流されて、自らトラブルに巻き込まれていく。何がしたいのか、どうなりたいのかサッパリわからない。面倒なことが厭で、その場限りの嘘や言い逃れを重ねて、厭なはずの面倒事を自ら生み出してしまう。

 ふと思う。独白している男は、なぜ、こんなトラブルサムな女と結婚してしまったのだろうか。

 そして、最後にわかるのです。確かに、夫が結婚前の妻の生活を独白しているのですが、でも、実は、これは夫本人の独白でもあるのでした。書店のポップなどで、どんでん返しがあることは予告されているのですが、予想を遥かに超えるどんでん返しに「そうか、これは、夫の独白だった」と分かった時の意外感はなんとも言葉に言い表せませんでした。

 夫の告白もまた、どうしようもなく救いの無いものなのです。そうか、こういうトラブルサムな男が、トラブルサムな女と引き合ってしまったのか…。そう思った最後の最後に、かすかな救いの光が射し、最後まで読んでよかった…と思いました。

 恐らく、私は、まんまと作者の罠にはまり、作者の思う通りの心の軌跡をたどりながら物語を読み進んだのだと思います。でも、完璧な罠ゆえに「あっばれ!」という気分。読者を完璧にハメることを、考えに考え抜いた作品です。すごい小説です。(スカッとはしないけどね…)