ずいぶん前
「ビリー・ミリガン」という実在する多重人格者について書かれた本を読んだ。
本人が人格交代する瞬間を捉えたドキュメンタリー番組も見たことがある。
同じ人物とは思えないほど顔つきを変える様に、驚愕したものだ。
さて、ここは時に哀しく、時に微笑ましい高齢者住宅。
浮世からややかけ離れた観のある世界だが
犯罪と人格交代の起こる瞬間を
実は今日、私はこの目で見たのであった。
S子さん(88歳)は認知症による物盗られ妄想がエスカレートしており
以前も書いたが
うちの男性職員を泥棒と決め込んでいる。
今日はそのS子さんの買い物代行の日だった。
しかし居室を訪ねると
買い物の日であることはすっかり忘れていた様子。
忘れているだろうとこちらもわかっていたから
丁寧に説明し、何を買ってきましょうかとお伺いする。
「じゃあ、おいしそうなおせんべいとティッシュペーパーと…」
とりあえず、リストはできた。
問題はそのあとだ。
「え~っと、お金を渡さなくちゃ。ちょっと待っていてちょうだいね。
お金、お金…あら?お財布はどこにやったかしら」
さあて、それからが大変だ。
バッグや手提げ袋をひっくり返し
テーブルの上を引っ掻き回し
ベッドの布団をめくり枕を放り投げ
ない、ない、ない、ない、お財布がな~い!
信心深いいつもの柔和な顔つきが恐ろしく変貌していく。
そして叫ぶ。
「泥棒だわ、大変よ、泥棒が入ったんだわ!
見てちょうだい、こんなに部屋が荒らされているのよ!!!」
人格の交代?
自作自演の泥棒劇?
こうなったらもう手がつけられない。
「部屋を荒らしたのはアナタです」なんて言ったら
矛先はこちらに向けられるだろう。
“泥棒に荒らされた部屋”を片付けながら、お財布を捜す。
あった、あった。ちゃあんとバッグの中に入っていた。
がしかし、そのときすでに時間は30分経過している。
あ~あ、今日も援助時間の超過だわ。
私が必死に片付けたことで泥棒の痕跡は消え
S子さんも本来の人格に戻った。
「じゃ、お願いします。気をつけていっていらしてね」
何事もなかったように私を見送る優しいS子さんであったが
私は、疲れ果てた。
「ビリー・ミリガン」という実在する多重人格者について書かれた本を読んだ。
本人が人格交代する瞬間を捉えたドキュメンタリー番組も見たことがある。
同じ人物とは思えないほど顔つきを変える様に、驚愕したものだ。
さて、ここは時に哀しく、時に微笑ましい高齢者住宅。
浮世からややかけ離れた観のある世界だが
犯罪と人格交代の起こる瞬間を
実は今日、私はこの目で見たのであった。
S子さん(88歳)は認知症による物盗られ妄想がエスカレートしており
以前も書いたが
うちの男性職員を泥棒と決め込んでいる。
今日はそのS子さんの買い物代行の日だった。
しかし居室を訪ねると
買い物の日であることはすっかり忘れていた様子。
忘れているだろうとこちらもわかっていたから
丁寧に説明し、何を買ってきましょうかとお伺いする。
「じゃあ、おいしそうなおせんべいとティッシュペーパーと…」
とりあえず、リストはできた。
問題はそのあとだ。
「え~っと、お金を渡さなくちゃ。ちょっと待っていてちょうだいね。
お金、お金…あら?お財布はどこにやったかしら」
さあて、それからが大変だ。
バッグや手提げ袋をひっくり返し
テーブルの上を引っ掻き回し
ベッドの布団をめくり枕を放り投げ
ない、ない、ない、ない、お財布がな~い!
信心深いいつもの柔和な顔つきが恐ろしく変貌していく。
そして叫ぶ。
「泥棒だわ、大変よ、泥棒が入ったんだわ!
見てちょうだい、こんなに部屋が荒らされているのよ!!!」
人格の交代?
自作自演の泥棒劇?
こうなったらもう手がつけられない。
「部屋を荒らしたのはアナタです」なんて言ったら
矛先はこちらに向けられるだろう。
“泥棒に荒らされた部屋”を片付けながら、お財布を捜す。
あった、あった。ちゃあんとバッグの中に入っていた。
がしかし、そのときすでに時間は30分経過している。
あ~あ、今日も援助時間の超過だわ。
私が必死に片付けたことで泥棒の痕跡は消え
S子さんも本来の人格に戻った。
「じゃ、お願いします。気をつけていっていらしてね」
何事もなかったように私を見送る優しいS子さんであったが
私は、疲れ果てた。
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