毎度!ねずみだ。
先日家の中を整理していたところ、お袋の写真が出てきた。
何かボウルに入ったものをかき混ぜているらしい。リハビリ施設での写真だ。食べ物の生地でもこねているのかもしれない。
別にいろんな書類を整理していてお袋の写真が出てくるのは珍しい事ではない。入退院を繰り返すうちにいくつかの施設に出たり入ったりしていた。その間に施設で撮ってもらった写真が何枚もある。ちなみに遺影も施設で髪を切ってもらった後の穏やかな笑顔のものを選んだ。
晩年は薬や痴呆やなんやかやでほとんど笑わなくなった母だったが、その写真の彼女は顔をくしゃくしゃにして、とても楽しそうだ。本当に良い笑顔だった事もあって、暫く見入っていた。亡くなる2年前くらい前のものだと思われる。
写真を見ていてふいに分かった事があった。
それは私が小学校の頃だった。学校のテストで良い点をとって持ち帰った際に、この笑顔を見ていたのを思い出した。
まだ幼かった私はお袋に褒められたくて勉強を頑張っていたのではなく、お袋の笑顔を見たくて勉強を頑張っていたのだ。割と勉強が得意だった事もあったが、特に良い点(良い点というのは勿論、100点満点で100点だ。)を取った時は走って帰った事もあった。テスト用紙の右上に「100点」とあるのを見せると、お袋は本当に喜んだのだ。顔をくしゃくしゃにして。
子供、特に男の子は単純に出来ている。
勉強を頑張る男の子の半分は褒められたくて、残りの半分は母親の喜ぶ顔を見たかったに違いない。この歳になって、しかもお袋が亡くなった後にようやく気付いたのは残念だが、しかしこれは事実だろう。できればお袋が死ぬ前に確認したかったが今となってはもう遅い。
私は家を出た後も毎週実家に顔を出し、できるだけ親と話したつもりだったが、照れくさいのも手伝ってこんな事はついぞ言い出せなかった。
「ねえお袋、俺が100点取ったテストを持ち帰った時、嬉しかっただろ?褒められたくて勉強頑張ったんじゃなくて、お袋の喜ぶ顔が見たかったんだよ。」
じゃ、また。