雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

国歌斉唱

2012-03-14 | 日記
 卒業式の国歌斉唱で、教師が起立しただけで口を動かさなかったことを教頭らにチェックされ、処分の対象になったとか。 所謂、国家に制定されている「君が代」が国歌として適正であるか否かの昔からの談義が、規則をからめて処分云々に発展したものだろう。 この和歌「君が代」の作者は「柿本人麻呂」だと、テレビ番組の「ひめくり万葉集」の中で、ゲストの知識人が話していたような記憶がある。 その時、「あれっ」と思ったので私の記憶に残っているのだ。 この和歌は「詠み人知らず」と記憶していたからだ。 確かに柿本人麻呂は天皇を称えた歌が多く、もしやこの和歌も人麻呂作かも…と思せられるふしがあるが、確かなところは判らないはずだ。 

例えば、次のような人麻呂の歌がある。  
 大君は 神にしませば 真木の立つ あらやまなかに 海を成すかも (天皇は神であると歌っている)
 
 で、なぜこの国歌を歌わない人が居るのだろうか。 不思議でも何でもない。 「君が代」は大日本帝国時代の国歌であり、天皇制への復帰を危惧するからだろう。 しかし、憲法で「天皇は、日本国の象徴であり…」と規定されているように、現在は「象徴天皇制」である。 この和歌が、日本の国歌として相応しくないと考えるなら、その論戦をすればよい訳で、それを国会に持ち込むべきだと思う。 生徒たちの記念すべき卒業式を壊してまで反発してどうなるものだろうか。 

 私のような「いい加減人間」は、「君が代」を国歌に制定した背景がどうであろうと、歌詞がどうであろうと、国歌として制定されているからには、この場では規律にそって歌うべきで、可否論は別の場所で展開して欲しいものだと思う。


 12日は、寒の戻りとかで「まだ真冬?」 13日は、ポカポカ天気で「やはり春だったか」と思わせた。 今日14日はどうだろう。 「えーっ、もう夏!」ってことは無いとは思うけど。

 

他人ごとではない孤独死

2012-03-12 | 日記
 東北地方太平洋沖地震から、1年が過ぎた。 肉親を亡くした方々、家屋を、故郷を無くした方々の悲しみがまた大きく胸の奥で涙したことだろう。 悲しみは、時が過ぎれば忘れ去るものではない。 悲しみは悲しみとして、心に重く大きく圧し掛かったままで、その横に希望や様々な喜びが芽生えるだけだ。 

 また、お年寄りの孤独死の噂を耳にした。 他人事ではない。 しかし、私は孤独死も受け入れようと思う。 どんな最期であろうと、死は総ての生命に対し平等な「永遠の無」である。 そこには、神も仏も霊も魂も無い。 喜びも無ければ、苦痛も後悔の念も思い出も無い。 生命を受けて死ぬまでを「点」とすると、その前である過去に向かって永遠に「無」であったように、その「点」の後もまた未来に向かって永遠の「無」である。 

 やれ、「ぽっくり死」だの、「尊厳死」だのと、何を甘えているのだ。 大勢の家族に看取られて「おりがとう」と言ってドラマみたいな死を迎えたところで、死は死ではないか。 そんな風に考えながらも、家族の心の負担を考えると、一概に「どんな死に方でもいいじゃないか」とは言えないものだ。

 

グルメな金魚

2012-03-09 | 日記
 行動範囲の狭い年寄りのために、運転手になって貰おうと娘にカーナビを買い与えたた。 車のディーラーに純正品を取り付けて貰うと20万位はするそうなので、その4分の1で買えるゴリラV7にした。 娘がネットで取り付け方を教わって、一人で車に取り付けた。 近場で試しに使ってみたら、当たり前だがちゃんと目的地までたどりつけた。 気になるのは、運転しながらカーナビの画面を見て事故を起さないかということ。 年寄りの取り越し苦労であれば良いのだが・・・。

 昨日の日中は、少し暑いくらいだったが、深夜になって冷え込んできた。 今日は、再び寒くなると関西テレビの天気予報士片桐くんが言っていた。 片桐くんのダジャレに、妻もよく笑ったりズッコケたりしていたなぁと思い出した。 

 我が家の家族金魚くん、ペットショッブにいつもの150円の餌がなかったので、98円の餌を買ってきて与えたら、食べっぷりがすこぶる悪い。 少し食べては「ペッ」し吐き出したりして・・・。 味の良し悪しが判るらしいが、それにしても贅沢な奴じゃ。  

夜盲症

2012-03-05 | 日記
 昔ほど聞かない病名に、夜盲症というのがある。 文字通り、薄暗いところで物が極端に見えづらくなる。 私の子供時代には、結構ビタミンA不足で「夜盲症」に罹る子供が居たものだ。 治療はビタミンAの補給で、薬局で購入できる「肝油」を飲まされた。 肝油は魚の肝の脂肪油で、ごく安価な栄養剤である。 最近では鮫珠とか名付けられ、えらく高価なサプリに様変わりしている。 しかし、ビタミンAを大量に摂取すると、副作用があると聞かされてきた。 そのビタミンAを毎日摂取すると、元気になるとか、美肌効果があるとか、効能だけを謳った商品が売られている。 毎日ガバガバ摂取しても副作用が顕われないほど肝油分が少ないのかも知れない。 そんなものを、あの高価な値段で購入して、どんな効果が望めるのだろう。 

 私も子供の頃に夜盲症になった時期がある。 夏の夜は、遅くまで子供たちは外で遊んだものだ。 「缶けり」など、そんなに生易しいものではない。 お寺の塀に登ったり、民家の瓦屋根に登ったり、今思えば無茶苦茶な遊びぶりだった。 それが夜盲症になると、出来なくなるのだ。 

 夜盲症とは、目のフィルムである網膜の感度が落ちる病気である。 現在、その夜盲症と同じ症状になった。 原因は「網膜症」の治療だ。 網膜内の血管が破れて出血するのが網膜症で、進むと確実に失明する。 予め出血の恐れがある血管をレーザーで焼いて出血を予防するのだが、当然網膜の組織も焼いてしまう。 その結果感度が落ちて、夜盲症と同じ症状になるのだ。 

 この治療を受けた後も、しばらく車の運転をしていたが、走っていて暗いトンネルに入って中ほどに来たとき、突然目が見え辛くなった。 ただ、前を走る車のテールだけを頼りにその場を凌いだが、後で同乗していた娘が、「壁に擦れそうだった」と、ぽっりと言った。 

 それからは、トンネルと、夜間の運転は控えていたが、やはり大きな事故を起さないうちに運転をやめた。 妻もまた、私より10年以上前に運転をやめたが、その時の妻の寂しさが、自分の身になって初めて判った。 

カラスと雀とひな祭り

2012-03-03 | 日記
 薄日が差しているので、洗濯をしようかと思うと、どんより曇ってきたり、時にカッと晴れて布団を干そうかと思うと、またどんより。 人を小馬鹿にしたような空模様である。

 先ほどから、一羽のカラスが窓近くで盛んに鳴いている。 カラスの声を文字で書くと「カァーカァー」だが、よく聞くと一羽一羽違っている。 だみ声で背中に入れ墨でも彫っているのではないかと思わせるヤツや、か弱い乙女かな?と思える可愛いのやら、親にはぐれた子ガラスかな?と思える甲高い声で気忙しく鳴くカラスなど、勝手に想像を膨らませて聞くと、なかなか面白い。 今、まだ鳴いているのは、思春期のイケメン男のようなカラス。 優しい声でナンパしているようだ。 あ、成功したのか、ふられたのか、どこか遠くに飛び去った。 

 先日、テレビで見たのだが、野生のスズメが2~3羽窓ガラスに体当たりしていた。 住人がそれに気付いて窓を開けると、チョコチョコと家の中に入ってきて、人の掌に乗せた餌を啄んでいた。 あの用心深い弱虫のスズメが…。 餌が乏しくなってきているらしく、餌のためにはこんなにも大胆になれるのかと、逞しさを感じた。 

 今日は3月3日、ひなまつりだとか。 我が家にも、大きなガラスケース入りの雛壇があった。 子供たちも大きくなったある日、引っ越しの際に思い切って捨ててしまった。 我が家の娘たちは、お人形など喜ばず、ガンダムのプラモデルや超合金で遊んでいたから、だれも捨てるのに反対する者はいなかった。 

 暦的にはそろそろ「啓蟄」。 冬眠から目覚めたカエルや虫が目を覚ます時期だ。 目を覚まして「あれ?まだか!」と、また寝床に戻りそうな今日この頃。

100円ショップ便り・・・(何のこっちゃ)

2012-03-01 | 日記
 100円ショップがダイエーの中にあるので、通りすがりつい寄ってしまう。 今日はビン詰めのメンマを3個買った。 先日、試しに1ビン買って食べたら、すこぶる美味かった。 臭いの癖もなくて、も〇屋のメンマを越えてはいないものの、結構近い味だった。 これを〇ちゃんの正麺にトッピングすると、ちょっとしたラーメン屋の味になる。 もやしなど有れば文句なしだ。

 写真まん中のものは、空いたペットボトルに付けて使うジョウロ&水差し。 部屋の中の観葉植物の鉢用だ。 右端は、クラフト・パンチャー。 なんだか面白そうかな? と思って買ったが、何の使い道もなかった。 年寄りの癖して、馬鹿だなぁと思う。 こんど娘に書類を郵送する時、封筒にパンチングしてやろうか。 穴の模様は、写真のごとく。