雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

思い出・子供の事故

2012-11-08 | 日記
 若い人には年を取った経験はないが、年寄りには若い頃の経験が詰まっている。 思い出も、どっさりという訳だ。 行動範囲が狭い年寄りでも、この思い出だけで充分に生きていける。 今日は、書きたいことが思い付かないので、「思い出」に逃げることにする。

 都会に住む人たちは、井戸のことは知っていても、使った経験は皆無だろう。 私の子供の頃は、まだ井戸が健在だった。 井戸水の温度は夏冬変わらず、常に20度前後だった。 この20度という温度は、夏は冷たく、冬は暖かい。 時代ドラマで、真冬に手を真っ赤に腫らしながら少女が洗濯をしているシーンをよく見かけるが、氷水ではないので、そんなに辛くはなかった筈だ。 ただ、手押しポンプの設置には金がかかるので、大概は釣瓶での汲み上げだった。 ということは、覗きこめば水面が見える状態である。 ある冬の日に、この井戸に小学3~4年生の男の子が落ちた。 大慌てで大人に知らせ、事無きを得たのだが、覗き込んだ私の目に、大泣きをしながらも両手を広げて沈まないように体を支えている少年の姿が、なんとも逞しく映ったものだ。 その健気さは、今もしっかり記憶にあるのだが、それが誰だったのか全く思い出せない。 
 それから間もなく水道が通り、井戸は埋められた。 どこから持ってきたのか、あるいは買ってきたのか、節を突き破ってパイプ状にした長い竹と山の土が運び込まれ、井戸があったところにこんもりと盛られ、竹の先がぬっと顔をだしていた。 子供達には、「神様の出入り口」だと教えられ。納得して決して悪戯はしなかったが、現在の少年なら「ばーか!」と本気にせず、ガムの噛みカスなどを放り込むことだろう。 真意は天然ガスを抜くためであったのだが…。

 もう一つ、子供の事故で忘れられないことがある。 その頃の電柱には、「ステー」と呼ばれる強度を補強するための撚り線で、大人の親指くらいの太さの裸ワイヤーが電柱の上部から地中まで斜めに張られていたが、あれは、補強だけではなかったようで、接地(アース)でもあったようだ。 こともあろうに、そのワイヤーに電流が流れていたのだ。 小学生低学年の少年が、このワイヤーを握ったために手が離れなくなって、その少年を助けようと少年に触った者も電撃を受け、これも大人を呼ぶことになった。 近くの家のおばさんが竹箒を持ってきて、その竹の柄を少年の腹にまわして少年を助けた。 火傷をすることもなく、こちらも事無きを得たのだが、なぜステーに電流が流れたのか教えられないままだった。 多分、ステーの地中部分が腐食して抵抗を持ったためだろうと、今なら察しがつくが…。

 事無きを得たとはいうものの、当時の子供たちの恐怖心は、少なからずトラウマを残したに違いない。 こんなことを忘れられないでいる自分もまた…。