長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

【ポッドキャスト更新】第42回 『オッペンハイマー』天才科学者は核分裂の夢を見るか?

2024-04-07 | ポッドキャスト

 ついに日本公開されたクリストファー・ノーラン監督の最新作『オッペンハイマー』についてお喋りをしています。

音声はこちらからもお聞き頂けます

3時間を怒涛の勢いで駆け抜けるストーリーテリングはオッペンハイマーの思考スピード?人類が愚行を重ね、転落する早さ?観客を脱落寸前まで振り回し、しがみつかせるため?制御できないが、使わずにはいられない力がノーラン映画には度々登場している?俳優がノーラン演出を超えた瞬間に傑作が誕生?フローレンス・ピュー演じるジーン・タトロックは『インセプション』のマリオン・コティヤール枠?日本では奇しくも同時期公開の『DUNE PART2』との共通点も多々ある本作、大きな違いは脇役のキャスティングに有り?なぜヒロシマ、ナガサキの惨状が描かれないのか?『オッペンハイマー』は“政治的プラカード”を拒否している?これは主観の映画であり、最後の公開地が日本であることで“完成”している?

 番組内で言及している各作品のレビューはこちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ザ・クリエイター/創造者』

2023-10-31 | 映画レビュー(く)

 ディズニー買収後のスター・ウォーズシリーズは、粗製乱造により多くの若手監督のキャリアを空費した。今や唯一、成功した実写映画と見なされている『ローグ・ワン』でさえ、代打トニー・ギルロイ監督によって公開1年前に全体の約40パーセントが再撮影され、我々の知る形となっている。後にギルロイによって傑作『キャシアン・アンドー』が生まれことも含め、ギャレス・エドワーズ監督の功績は軽視されがちだ。「報じられている内容は事実と異なる」と発言する彼は、最後まで共に現場で指揮を執り続けていたという。しかし、大手スタジオのブロックバスターを仕上げられなかったという業界内評価は、エドワーズに映画作家として幾つもの難題を突きつけたことは想像に難くない。

 そんな『ローグ・ワン』から7年を経たエドワーズの新作『ザ・クリエイター』は、ハリウッドが忘れたセンス・オブ・ワンダーを甦らせた傑作だ。遠い未来、AIが人類に反旗を翻し…というプロットや、スター・ウォーズを思わせるドロイドのデザインはまず脇に置いて、目の前で繰り広げられる映像を(できる限り大きい)スクリーンで体験してほしい。『ブレードランナー』よろしくな漢字看板のメトロポリスはそこそこに、映し出されるのは東南アジアの田園風景にSFを融合した新たなアジアンフューチャーだ。ここではAIが独自に発展、文化を形成し、彼らは神を信じ、宗教を形成している。人類を人類たらしめた進化が神の知覚であることは近年『ウエストワールド』でも描かれてきたが、エドワーズがAIに見出しているのはロボットではなく“他者”という我々の鏡像だ。偉大なSF映画の先駆者たちと同様、『ザ・クリエイター』もまた先見と今日性を持ち、2020年代に入ってなお戦争が繰り返され、そこにアメリカの姿が介在する現実を私たちに突きつける。AIたちの集落をアメリカ軍の巨大な戦車が蹂躙する光景に、心傷まずにいられるだろうか。

 驚くべきことにエドワーズは本作を8000万ドルというローバジェットで撮り上げている。全世界でロケハンを敢行、70年代の日本製レンズで現場にある“有り物”を映し、後にILMが加工する手法を採用して近年のCG過多な製作手法から脱却。グレイグ・フレイザー、そして新鋭オーレン・ソファによるザラついた撮影が近年のジャンル映画にはないルックを本作にもたらした。『テネット』に続き、またしても独創的なSF映画に主演したジョン・デヴィッド・ワシントンは、父とは異なる頼もしいジャンル形成だ。筆者は2007年のアルフォンソ・キュアロン監督作『トゥモロー・ワールド』を彷彿とした。私たちの生活と地続きの未来。混迷とした現実を映す切実なプロット(だが本作のエドワーズにはなんとユーモアがある)。そして2作の重要な共通項はこの星に生きる全ての“Children of Men”に映画が宛てられていることだ。『トゥモロー・ワールド』では元ヒッピーの老人(先頃、引退を表明したマイケル・ケインが演じる)が言う。“Shanti Shanti Santi”=世に平和あれ。『ザ・クリエイター』のラストシーンに、僕は再びそう祈らずにはいられなかったのである。


『ザ・クリエイター/創造者』23・米
監督 ギャレス・エドワーズ
出演 ジョン・デヴィッド・ワシントン、ジェンマ・チャン、渡辺謙、マデリン・ユナ・ヴォイルズ、アリソン・ジャネイ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ブレット・トレイン』

2022-09-25 | 映画レビュー(ふ)

 バカ映画の割には前半の滑りが悪いし、せっかく列車内に物語を限定したアクションは地の利を活かしておらず(これがチャド・スタエルスキーだったら!)、暴走列車が京都市街を脱線する画は日本のプロダクションが入っていればやらなかっただろうなとは思うが、こういう映画にとやかく言っても仕方がない。AppleTV+『パチンコ』、HBOMAX『TOKYO VICE』と日本を舞台にした革新的な作品が相次いだ年に、伊坂幸太郎『マリアビートル』を原作とした本作がハリウッドにおける日本描写の“定番”をやっている。伝説的な悪党“ホワイトデス”の息子と身代金を巡って殺し屋どもがくんずほぐれつするアクションコメディは、オールスターキャストを楽しめればそれで十分だろう。主演のブラピはさすがにこの手の映画をやるには歳を取りすぎた感は否めないものの、久々の3枚目バカ路線でチャーミングさは健在。アーロン・テイラー・ジョンソンはクリストファー・ノーラン映画(『テネット』)よりずっとマトモな扱いで、何より『アトランタ』からブライアン・タイリー・ヘンリー、ザジ・ビーツらが合流して見せ場を得ているのが嬉しい。特にタイリー・ヘンリーの扱いは大きく、ペーパーボーイよろしくキレ散らかしてくれたのは最高だった。そして真田広之のカッコいいこと!唯一人、キャスト陣で見せ場を欠いたのはあえて言えばアンドリュー小路か。製作陣は彼の手足を活かせておらず、まったくわかっていない(『ウォリアー』を見よ!)。

 最も評価したいのは東京五輪マスコットキャラクターを模したユルキャラ“モモもん”が殴られ、撃たれ、刺されとフルボッコに遭うことだ。奇しくも東京五輪を巡る汚職事件で逮捕者が相次ぐ中での日本公開。ヘンテコ日本描写ばかりの本作で、唯一的を得ていた。


『ブレット・トレイン』22・米
監督 デヴィッド・リーチ
出演 ブラッド・ピット、アーロン・テイラー・ジョンソン、ジョーイ・キング、ブライアン・タイリー・ヘンリー、アンドリュー小路、真田広之、マイケル・シャノン、ザジ・ビーツ、サンドラ・ブロック、チャニング・テイタム
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『NOPE ノープ』

2022-09-24 | 映画レビュー(の)

 まったく、いったいどうやったらこんな奇妙な映画が作れるんだ!
『ゲット・アウト』『アス』と唯一無二の独創的なホラー映画を撮り続けてきた異才ジョーダン・ピール監督の第3弾は、彼のトレードマークである人種差別や格差問題という社会的イシューはやや控え目に、劇場へ観客を呼び戻すべくスペクタクルこそを本懐とするSFホラーだ。

 ハリウッド郊外の砂漠地帯で撮影用のスタント馬を専門に調教しているヘイウッド牧場。主人公OJはここを父と2人で切り盛りしている。ところがある晴れた昼下がり、父は馬の上からガクリと崩れ落ちた。“飛行機事故”によって上空から降り注いだ金属片の1つが顔面を貫いたのだ。父を殺したのはコインで、またがっていた馬には鍵が突き刺さっていた。以来、相次ぐ怪異にOJは確信する。この上空に何かがいる。

 『ゲット・アウト』でアカデミー主演男優賞にノミネートされ、ジョーダン・ピールと共に第一線へと躍り出たダニエル・カルーヤがOJに扮する。このわずか5年でアカデミー助演男優賞にも輝き(『ユダ&ブラックメシア』、すっかりスターとしての貫禄を身に付けていることに驚いた。カルーヤは『ゲット・アウト』でも“白人のガールフレンドを持つインテリジェンスな黒人青年”という、白人映画があまり表象してこなかった黒人像を演じてきたが、ここでも寡黙で口下手、しかし仕事に対する確固たるプリンシプルを持ったカウボーイに扮しており、ピールとの共犯関係によって映画における黒人のリプレゼンテーションを試みていることが伺える。もちろんユーモアも抜群で、中盤の最も恐ろしい場面で発せられる“NOPE”にはそりゃコレしか言えんよなと思わず笑い声が出てしまった。そんなカルーヤとピールのコラボレートによって生まれたカウボーイ(調教師)というキャラクターだからこそ、上空の未確認飛行物体の正体に気づき、それを御することができると信じるのである。

 この未確認飛行物体を“見上げる”という行為を通じて、人種とキャラクターの勾配関係を描いているのがピールならではだ。それを象徴するのが冒頭と中盤に挿入されるシットコム『ゴーディ、家に帰る』の撮影現場で起こった凄惨な事件である。「白人一家で共に育ってきたチンパンジー」という設定のゴーディが突如暴れだし、出演者を襲い始める。“猿”が黒人を揶揄する差別的なメタファーであることは言うまでもなく、白人の作り出した映像メディアによって笑うべき対象として搾取されてきたゴーディがついに怒りを露わにするのだ。唯一人、難を逃れた韓国系移民のジュープ(成人後をスティーヴン・ユアンが演じる)はゴーディを制することができたと思い込んでいるが、アメリカの差別構造で黒人よりもさらに下と見なされ、迫害を受けるのはアジア系だ。それにも関わらず“名誉白人”の如く自身を白人の倫理に近付けるのはここ日本でもよく見られる人種観だろう。愚かなジュープらの悲惨な末路は“絶対にこんな死に方はしたくない”名シーンだ。

 かくして未確認飛行物体の特ダネ映像を収めるべく、OJらの一大作戦が始まる。見られる側だったOJ達が見る=撮る側に転じれば、ここにはジョーダン・ピール流の映画史の再定義がある。劇中、OJの妹エメラルド(目の覚めるようなパフォーマンスのキキ・パーマー)によって“史上初の映画”として紹介されるのは、エドワード・マイブリッジが1870〜80年頃に撮影した馬に騎乗する黒人の連続写真だ。映画史上最初のスターは今や名前も定かではない黒人だったのだ。『NOPE』は後半、“絶対に見てはいけないモノを撮る”ことで“誰も撮ったことがない映画を撮る”という、映画史において排除された黒人たちの逆襲へと転調する。広大な砂漠と空をIMAXカメラが撮らえればいよいよスペクタクル性は増し、本作の影の主役として撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマの存在感が際立つ。かつて巨大なIMAXカメラで『テネット』の格闘シーンすらも手持ち撮影し、ジョーダン・ピールから「もしも未確認飛行物体を撮るなら何を使う?」と問われた彼はIMAX一択と答えたという。終盤、OJ達に手を貸す伝説の撮影監督ホルスト(年齢を重ね、苦み走った声に味が出たマイケル・ウィンコット)は何とIMAXカメラを持参して、まさにホイテマのペルソナそのものである。本作は劇場で見ることはもちろん、可能であればIMAXシアターの、それも前方での鑑賞をお勧めしたい。『ジョーズ』を観た人が海を怖れたように、『NOPE』を観た人が空を怖がってほしいと言うピールの狙い通り、IMAXの巨大スクリーンを見上げる行為は近年なかった映画的快楽だ。これ程まで”見る”という行為を意識させられる映画も滅多にないだろう。ジョーダン・ピールにしか作れない映画である。


『NOPE』22・米
監督 ジョーダン・ピール
出演 ダニエル・カルーヤ、キキ・パーマー、スティーヴン・ユアン、ブランドン・ペレア、マイケル・ウィンコット
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第93回アカデミー賞予想(受賞予想編)

2021-04-12 | 賞レース
 さぁ、いよいよアカデミー賞へのカウントダウンだ。アメリカでは新型コロナウィルスのワクチン接種が急ピッチで進んでおり、バイデン政権は4月中に全成人への接種を完了すると見込みを発表。映画館も収容人数の制限はかかっているものの、営業を再開した。劇場公開とHBOMaxでの同時配信も注目を集めるワーナーブラザーズは『ゴジラVSコング』をリリースし、週末興行成績は3220万ドルというコロナ禍最高記録をマーク。ようやく映画界に明るい兆しが見え始めた中、アカデミー賞は2会場同時開催で収容人数問題をクリアし、従来通りの式を開催するとして準備を進めている。

 各組合賞の結果も出揃い、いよいよオスカー本番間近である4/12時点の受賞予想である。作品賞候補8作品を中心に、オスカーポテンシャルを解析していきたい。

『マンク』最多10部門ノミネート
(作品・監督・主演男優・助演女優・撮影・美術・衣装デザイン・録音・作曲・メイク)
映画史上最高の傑作『市民ケーン』製作の舞台裏を描いたデヴィッド・フィンチャー監督作。撮影や衣装、美術など1930年代当時のプロダクションデザインを再現した技術的達成が本年度最多ノミネートに結実した。全米の各批評家賞では年間ベスト10に選出され、ゴールデングローブ賞でも最多6部門でノミネートと2020年を代表する1本として数えられているが、どういうわけか“年間ベストワン”と謳う賞は皆無。一筋縄ではいかないハイコンテクストな構成と、“アンチハリウッド”なテーマ性はアカデミー賞からは遠く、改めてフィンチャーの孤高を証明することになるだろう。亡父ジャック・フィンチャーが手掛けた脚本も候補落ちした。


『シカゴ7裁判』6部門ノミネート
(作品・助演男優・脚本・撮影・編集・主題歌)
1968年、シカゴ民主党大会で起きた暴動と、それを扇動したとして告発された政治運動家たち“シカゴ7”の戦いを描く実録法廷ドラマ。豪華オールスターキャストの熱演が光る、ハリウッド伝統の社会派劇だ。名脚本家アーロン・ソーキンは残念ながら監督賞候補を落としたものの、アカデミー作品賞の重要な試金石となる俳優組合賞キャストアンサンブル賞を受賞。投票母数としては最も大きい俳優層に訴え、Netflix初の作品賞獲得を目指す。


『ノマドランド』6部門ノミネート
(作品・監督・主演女優・脚色・編集・撮影)
ヴェネチア映画祭での金獅子賞受賞を皮切りに、全米の批評家賞を独占。米製作者組合賞、監督組合賞も押さえ、盤石の態勢でオスカー本番に挑む今年の本名作だ。ホームレスとなり、車上生活を余儀なくされた高齢女性を通じて現代のアメリカを射抜く。美しく詩情に満ちたアメリカの辺境はジョン・フォードから連なるアメリカ映画の伝統的ランドスケープであり、これを中国系アメリカ人女性監督クロエ・ジャオが継承するという、アメリカ映画史に残る重要なモーメントが近づきつつある。ジャオは作品、監督、脚色、編集の4部門でクレジットされており、これも女性監督による最多記録。その全てを受賞する可能性がある。


(作品・主演男優・助演男優・脚本・編集・録音)
近年、秀作をリリースし続けるAmazonスタジオがついに主要部門ノミネートを達成した。デレク・シアンフランス作品の脚本を手掛けてきたダリウス・マーダーの監督デビューとなる本作は、聴覚を失ったドラマーを描く“難病モノ”でありながら、やがて心の静寂とは何か?という哲学的な問いかけにシフトしていく。主人公の体感を再現したサウンドデザインは本作の真の主役だろう。躍進著しいリズ・アーメッドは本来ならば主演男優賞の最有力候補だが、今年は故チャドウィック・ボーズマンに譲ることになるか。


『ミナリ』6部門ノミネート
(作品・監督・主演男優・助演女優・脚本・作曲)
昨年の覇者『パラサイト』に続いて今年も韓国をテーマとした作品がノミネートされた。とはいえ、こちらは気鋭A24とブラッド・ピット率いるプランBによる純然たるアメリカ映画。1980年代にアメリカへ移住した韓国人一家を描く本作は、移民国家アメリカの原風景を映し出し、人種を超えた支持を獲得している。アジア系を標的とするヘイトクライムが相次ぐ今、ハリウッドが社会的意義を強く意識すれば作品賞の目もあるだろう(オスカーとは時勢も重要なのだ)。


『ファーザー』6部門ノミネート
(作品・主演男優・助演女優・脚色・編集・美術)
監督フローリアン・ゼレールが自らの舞台劇を脚色。アルツハイマーに侵された老父の主観から記憶と現実が描かれていく。昨年の『2人のローマ教皇』に続き、2年連続のノミネートとなったアンソニー・ホプキンスは主演男優賞最高齢83歳の記録を達成。ここにきて『羊たちの沈黙』以来のキャリア最高作という評価を獲得している。


『Judas and the Black Messiah』5部門6ノミネート
(作品・助演男優×2・脚本・撮影・主題歌)
1960年代、ブラックパンサー党のカリスマ的指導者フレッド・ハンプトンと、彼を暗殺すべくFBIから送り込まれた内通者を描く実録ドラマ。オスカーノミネート資格期間が今年2月まで延長されたことを受け、最終投票ギリギリにリリース。2020年は『あの夜、マイアミで』『ザ・ファイブ・ブラッズ』『マ・レイニーのブラックボトム』と黒人映画の豊作年だったが、それらを蹴落として作品賞ノミネートを獲得する快挙となった。ハンプトン役のダニエル・カルーヤは候補入りが有力視されていたが、内通者役ラキース・スタンフィールドのノミネートは本人も驚きだった様子。結果、主役2人が共に“助演”賞候補という珍事に至った。ちなみに同一作品から助演男優賞候補が2人出るのは昨年の『アイリッシュマン』から2年連続。これは76年『ロッキー』、77年『ジュリア』以来の記録らしい。


(作品・監督・主演女優・脚本・編集)
『ザ・クラウン』などで知られる女優エメラルド・フェネルの監督デビュー作。キャリー・マリガンが夜な夜な男達に鉄槌を下すリベンジムービーである本作は、候補作中1番のパンキッシュな映画だろう。全米の批評家賞では先頭走者『ノマドランド』を猛追する人気。作品賞獲得に必要な主要部門(監督・脚本・編集賞)ノミネートをこぼさず達成した。マリガンは出世作となった『17歳の肖像』以来、11年ぶりのノミネートとなり、随分待たされた感がある。


 コロナ禍のハリウッドを支えたNetflixがスタジオ別で最多38部門のノミネートを獲得し、いよいよオスカーを制する…と言いたいところだが、エミー賞でも顕著なように数は獲っても主役になれないのが現在のハリウッドにおけるNetflixへの評価だろう。最多候補は『マンク』だが、本命はよりハリウッドライクな『シカゴ7裁判』であり、必須条件ともいえる監督賞ノミネートこそ落としたものの、絶対的な俳優層からの支持でNetflix初の作品賞を目指す。

 本命『ノマドランド』の唯一の弱点はこの“俳優支持”だ。映画を見るとわかるのだが、俳優は主演のフランシス・マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーンのみ。2人以外は全て本物のノマドが自身を演じている。これこそがクロエ・ジャオ監督独自のメソッドだが、アカデミー会員のほとんどは俳優であり、いったいどこまで支持を得られるのか未知数だ。事実、全米俳優組合賞では作品賞に相当するキャストアンサンブル賞候補を落としている。

 ダークホースには『ミナリ』を挙げよう。全編に張り巡らされた宗教的モチーフと、アメリカの原風景ともいえる移民一家の姿は幅広い層に響くハズだ。昨年の『パラサイト』により韓国映画の土壌が培われていることも心強い現在、全米ではアジア系を標的にしたヘイトクライムが多発しており、そんな最中に本作がオスカーを獲得し、多くの声なきアジア系に光を当てる意義は大きい。

【下馬評通りならこうなる】
作品賞 本命『ノマドランド』
(対抗『シカゴ7裁判』、ダークホース『ミナリ』)

監督賞 クロエ・ジャオ『ノマドランド』
主演男優賞 チャドウィック・ボーズマン『マ・レイニーのブラックボトム』

主演女優賞 キャリー・マリガン『プロミシング・ヤング・ウーマン』
 …但し、前哨戦はゴールデングローブが『The United States VS. Billie Holiday』のアンドラ・デイ、クリティクス・チョイス・アワードがマリガン、俳優組合賞が『マ・レイニーのブラックボトム』ヴィオラ・デイヴィス、そして英国アカデミー賞が『ノマドランド』のフランシス・マクドーマンドと重要前哨戦全ての結果が割れる大混戦。となると受賞経験者よりマリガンの方が有利、そして票が割れたらアンドラ・デイが有利か?

助演女優賞 ユン・ヨジョン『ミナリ』
対抗 マリア・バカローヴァ『続・ボラット』、大穴 グレン・クローズ『ヒルビリー・エレジー』、アマンダ・セイフライド『マンク』
 作品人気と、俳優組合賞の結果を踏まえればヨジョンで当確だが、既に受賞済みの『ファーザー』オリヴィア・コールマン以外の全員にチャンスがある。前哨戦の批評家人気はまさかのバカローヴァが一番。だが、通算8度目のノミネートとなるグレン・クローズをまたしても手ぶらで帰らせるなんてことが出来るだろうか?(クローズはまさかのラジー賞とのWノミネートである)。票が割れれば作品の良心ともいえるセイフライドにもチャンスがある。

助演男優賞 ダニエル・カルーヤ『Judas and the Black Messiah』
対抗サシャ・バロン・コーエン『シカゴ7裁判』、ポール・レイシー『サウンド・オブ・メタル』
 既にノミネート経験もあり、実力十分の若手カルーヤへ賞をあげることには何の異論もないだろう。2020年は大活躍だったサシャにも資格十分。票が割れれば裁判所の手話通訳士という異色キャリアのレイシーにもチャンスがある。

脚本賞 『プロミシング・ヤング・ウーマン』
対抗『シカゴ7裁判』
 今年は候補5作品が全て作品賞候補という史上初の記録を達成した激戦区。初監督で初候補のフェネルには、監督賞は無理でも脚本賞を…という追い風が吹きそう。

脚色賞 『ノマドランド』
撮影賞 『ノマドランド』

編集賞 『ノマドランド』
対抗『シカゴ7裁判』
作品賞の分水嶺となる重要部門。

美術賞 『マンク』
衣装賞 『マンク』
メイク賞 『マ・レイニーのブラックボトム』

視覚効果賞 『ミッドナイト・スカイ』
対抗 『テネット』
 組合賞は前者が制しているが、ノーランの奮闘を無視するのはあまりに不憫ではないか。

録音賞 『サウンド・オブ・メタル』
作曲賞 『ソウルフル・ワールド』
主題歌賞 『あの夜、マイアミで』
国際長編映画賞 『アナザーラウンド』
長編ドキュメンタリー賞 『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする