長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『インセプション』

2020-09-01 | 映画レビュー(い)

 『ダークナイト』の歴史的成功によりハリウッドのトップクラス監督へと昇りつめたクリストファー・ノーラン。10年間温めてきたオリジナル脚本の本作は難解で知性にあふれ、夏のブロックバスターに収まりきらない野心作だ。

 他人の夢の中に入り込み、深層心理から秘密を抜き取る…という何とも奇怪なプロットで、しかも主人公は別のアイデアを植え付けるというミッションを帯びる。本作の前半30分は夢世界の独自ルール説明に時間が費やされ、数年ぶりの再見に巻頭早々「うっ、ワケわからん!」とたじろいでしまった。よくもこんな企画が通ったものだ。この理詰めのノーラン演出を圧倒的“華”で突破してしまったのがヒース・レジャーであり(後にマシュー・マコノヒーも更新する)、だからこそ『ダークナイト』は傑作足り得たのだが、『インセプション』は夢を描く割には艶に乏しい。パリを舞台にする場面からアラン・レネの傑作『去年、マリエンバードで』との類似性も指摘されるものの(ノーラン曰く撮影当時は未見)、かろうじて仏女優マリオン・コティヤールが夢と現を橋渡すのみだ。

 夢の中の夢という虚構へ降りていく物語は次第に「現実とはなにか?」という問い掛けとなり、後に実存主義的SF『ウエストワールド』を手掛ける実弟ジョナサン・ノーランの作風を思わせる。僕は長年、彼との共作と勘違いしていたが、本作はクリスの単独作だ。ちなみに『ウエストワールド』で来場者を最初にエスコートしたタルラ・ライリーがここではブロンド美女役で夢世界の案内人となっているのも僕の深層心理を攪乱した(彼女はその後、大富豪イーロン・マスクと2度の結婚、離婚を繰り返す数奇な運命を辿る)。

 僕が本作で最も心惹かれるのはディカプリオとコティヤール扮する夫婦が抱えた仄暗さだ。彼らの怨念が本作の根幹であり、夢の世界に何十年も埋没した悲劇はハリウッド映画に不気味な空洞を開けて冷気を放つ。本作に内包されたメランコリックは後に2010年代後半からの主題となるメンタルヘルスを先駆けており、興味深い。
 また、この時期のディカプリオのキャリアには夫婦間の溝を扱った作品が並んでおり『レボリューショナリー・ロード』『シャッター・アイランド』の映画記憶は深層心理のどこかで『インセプション』と結節する。まるで全盛期のアスリートのようなパフォーマンスを見せるディカプリオの演技プランも3作で共通しているのが面白い。

 あまり触れられない話題だが、ノーランはスピルバーグ級のキャスティング慧眼の持ち主であり、本作は配役が最高だ。しなやかで優雅なアクションを見せるジョゼフ・ゴードン・レヴィットは以後、話題作が相次ぐ売れっ子となった。トム・ハーディに至ってはニコラス・ウィンディング・レフンの怪作『ブロンソン』で注目を浴びただけの、まだ海の物とも山の物とも知れない存在だった。『JUNO』でブレイクして間もないエレン・ペイジの濡れて光るような存在感はその後のキャリア停滞を思うと非常に貴重である。

 デヴィッド・リンチの『マルホランドドライブ』はミステリアスでセクシーな“あっち”の世界へ行って、帰って来れなくなった物語だった。それは僕の深層心理階層で糸の切れた凧のように記憶の迷路を彷徨う『メメント』のガイ・ピアースに繋がり、そして本作のディカプリオに至る。僕にはあのコマが止まったとは、どうしても思えないのだ。


『インセプション』10・米
監督 クリストファー・ノーラン
出演 レオナルド・ディカプリオ、渡辺謙、ジョゼフ・ゴードン・レヴィット、エレン・ペイジ、トム・ハーディ、キリアン・マーフィ、マイケル・ケイン、トム・ベレンジャー、ピート・ポスルスウェイト、ルーカス・ハース

 

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