長内那由多のMovie Note

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『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』

2022-01-13 | 映画レビュー(ゆ)

 第93回アカデミー賞で作品賞はじめ6部門にノミネートされ、ダニエル・カルーヤの助演男優賞と主題歌賞を受賞した本作は本国から遅れること約半年、“DVDレンタルのみ”という石器時代のようなフォーマットで日本リリースとなった。配信レンタルはそれからさらに半年後の2022年1月である。ワーナー・ブラザースの日本支社はまったくやる気がない。どうかしているとしか言いようがない。2021年は『マ・レイニーのブラックボトム』『あの夜、マイアミで』など優れた黒人映画が相次いだが、アカデミー賞で作品賞にノミネートされたのはシャカ・キング監督による本作だけだった。ブラックパンサー党指導者フレッド・ハンプトン暗殺事件を描く本作は、クラシカルなルック(マーク・アイシャムのジャズスコアが素晴らしい)と創り手の知性によって1969年当時のブラックパワーの熱気を再現することに成功している。

 物語は1966年のシカゴから始まる。車両窃盗の罪で逮捕されたウィリアムにCIAが接触する。当時、ブラックパンサー党は急進的に支持を拡大しており、中でもアメリカ政府はカリスマ的指導者フレッド・ハンプトンを警戒していた。ウィリアムは刑の恩赦のためCIAの内偵としてブラックパンサー党に潜入。徐々に信頼を築き上げ、ついにはハンプトンの警備主任にまで上り詰めるのだが…。

 本作の見どころの1つがアカデミー賞にノミネートされたラキース・スタンフィールド、ダニエル・カルーヤの共演だ。共に「助演」でノミネートされてしまったのはオスカーの歴史でそう少なくない珍事だが、実質上のW主演である。カルーヤは体重を増やし、“ナメクジに塩を売ることができる”とまで評された演説の名手であるハンプトンのフロウを完全再現。躍進著しい性格俳優が貫禄の力演だ。
 オスカーこそカルーヤに譲ったものの、ウィリアム役のラキースは(いつだって素晴らしいのだが)キャリア最高の名演である。コソ泥に過ぎなかったウィリアムが黒人としてのアイデンティティを喚起され、やがて善悪の彼岸に立たされていく内面演技は映画を見終えても忘れることはできないだろう。

 本作のサブテキストとして参照したいのが2021年に公開されたクエストラブ監督によるドキュメンタリー『サマー・オブ・ソウル』だ。1969年の夏、NYハーレムで行われた“ハーレム・カルチュラル・フェスティバル”は黒人たちによる社会変革の前夜とも言うべき瞬間だったが、その後、長らく歴史から抹殺される事となる。黒人の美しさと力を謳うニーナ・シモンのリリックが人々を鼓舞したように、ハンプトンもまた演説という言葉の力を持って対立組織をまとめ上げ、黒人たちの闘争心を目覚めさせていった。『ユダ&ブラック・メシア』はそんな彼もまた詩人である愛妻のポエムによって衝き動かされていたと描いている。黒人にとって言葉とフロウこそが闘争の武器なのだ。シャカ・キングはスパイク・リーやエヴァ・デュヴァネイとも異なる怒りと冷徹さで、69年に摘み取られたブラックパワーの熱狂を撮らえ、傑作へと昇華させている。


『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』20・米
監督 シャカ・キング
出演 ダニエル・カルーヤ、ラキース・スタンフィールド、ジェシー・プレモンス
 

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