
スティーブン・スピルバーグが初めてホロコーストという出自に関わる困難な題材に挑んだアカデミー賞7部門受賞作。195分にも及ぶ長尺ながら同年『ジュラシック・パーク』との連続撮影という驚異的な早撮りを敢行している。娯楽大作のメガホンを握る事で念願の企画である本作の製作をユニバーサルに担保させるためであり、画面の隅々に到るまでスピルバーグの気迫と執念が漲っているのを感じる。
1200人にも及ぶユダヤ人を収容所から救い出したドイツ人実業家オスカー・シンドラーの伝記映画として認知されている本作だが、その実は圧倒的迫真力、リアリズムを重視した記録映画のような趣だ。初タッグとなった名手ヤヌス・カミンスキーによる美しい白黒映像はさながら当時の記録映像のようであり、それでいてシネアストのスピルバーグらしく往年の名作映画を彷彿とさせるような陰影の深さもある(アンジェイ・ワイダの影響も強いだろう)。ストーリーを半ば放棄し、徹底したリサーチに基くディテールのみを積み上げていった残酷描写の怖ろしさはこれまでセンチメンタルになりがちだったスピルバーグにはない表現であり、このリアリズムの追及は98年の『プライベート・ライアン』で映画史に残る発明として完成される事となる(残酷描写へのフェティッシュなこだわりという歪さも奇妙な作家性の1つである)。
物語る事を重視した『ミュンヘン』以後の近作と本作の決定的違いは、描写だけで語れてしまう映像作家としての異能ぶりだ。先に挙げたドキュメンタリー的な描写手法は後に数々のフォロアーを生むワケだが、シンドラーの動機となる赤い服の少女こそ本作の最も印象的なアイコンだろう。ゲットー閉鎖を丘の上から見守る彼は逃げ惑う赤い服の少女を目にする…モノクロームの中で唯一色付けられた赤色の鮮烈さが観る者の心を激しくざわつかせ、その運命に想いを抱かせるのだ(この少女は後半にもう一度登場する)。
しばしば見過ごされがちだが、本作で大ブレイクする事となったリーアム・ニーソン、レイフ・ファインズを発掘したスピルバーグのキャスティング慧眼も見所である。特にファインズはその後、しばらくは貴公子的な二枚目扱いをされてきたが、昨今の怪優っぷりを思うと俳優としての本分は本作で演じた残虐なナチ将校が近いのではないか。まるで呼吸をするのと同じように人を殺す男が、お気に入りのユダヤ人メイドの前では歪んだ愛情を吐露する。全体主義国家による思想教育の恐ろしさを垣間見る身の毛もよだつシーンだ。スピルバーグはこの後もレイシズムについて取り組んでいくが、本作で印象深いのはむしろ子供たちがぶつけるユダヤ人への醜い憎悪だった。
そしてスピルバーグは安易なヒューマニズム、センチメンタリズムを持ち込もうとしない。シンドラーはあとわずかに金があればもう1人救えたのにと涙するが、しかし目を覚ますには酒と女が過ぎた。
行動なくして世界は変わらない。彼の墓標に立つ名もなき人影は、映画を見ている僕たち自身だ。
1200人にも及ぶユダヤ人を収容所から救い出したドイツ人実業家オスカー・シンドラーの伝記映画として認知されている本作だが、その実は圧倒的迫真力、リアリズムを重視した記録映画のような趣だ。初タッグとなった名手ヤヌス・カミンスキーによる美しい白黒映像はさながら当時の記録映像のようであり、それでいてシネアストのスピルバーグらしく往年の名作映画を彷彿とさせるような陰影の深さもある(アンジェイ・ワイダの影響も強いだろう)。ストーリーを半ば放棄し、徹底したリサーチに基くディテールのみを積み上げていった残酷描写の怖ろしさはこれまでセンチメンタルになりがちだったスピルバーグにはない表現であり、このリアリズムの追及は98年の『プライベート・ライアン』で映画史に残る発明として完成される事となる(残酷描写へのフェティッシュなこだわりという歪さも奇妙な作家性の1つである)。
物語る事を重視した『ミュンヘン』以後の近作と本作の決定的違いは、描写だけで語れてしまう映像作家としての異能ぶりだ。先に挙げたドキュメンタリー的な描写手法は後に数々のフォロアーを生むワケだが、シンドラーの動機となる赤い服の少女こそ本作の最も印象的なアイコンだろう。ゲットー閉鎖を丘の上から見守る彼は逃げ惑う赤い服の少女を目にする…モノクロームの中で唯一色付けられた赤色の鮮烈さが観る者の心を激しくざわつかせ、その運命に想いを抱かせるのだ(この少女は後半にもう一度登場する)。
しばしば見過ごされがちだが、本作で大ブレイクする事となったリーアム・ニーソン、レイフ・ファインズを発掘したスピルバーグのキャスティング慧眼も見所である。特にファインズはその後、しばらくは貴公子的な二枚目扱いをされてきたが、昨今の怪優っぷりを思うと俳優としての本分は本作で演じた残虐なナチ将校が近いのではないか。まるで呼吸をするのと同じように人を殺す男が、お気に入りのユダヤ人メイドの前では歪んだ愛情を吐露する。全体主義国家による思想教育の恐ろしさを垣間見る身の毛もよだつシーンだ。スピルバーグはこの後もレイシズムについて取り組んでいくが、本作で印象深いのはむしろ子供たちがぶつけるユダヤ人への醜い憎悪だった。
そしてスピルバーグは安易なヒューマニズム、センチメンタリズムを持ち込もうとしない。シンドラーはあとわずかに金があればもう1人救えたのにと涙するが、しかし目を覚ますには酒と女が過ぎた。
行動なくして世界は変わらない。彼の墓標に立つ名もなき人影は、映画を見ている僕たち自身だ。
『シンドラーのリスト』93・米
監督 スティーブン・スピルバーグ
出演 リーアム・ニーソン、レイフ・ファインズ、ベン・キングスレー
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