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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『フィンチ』

2022-01-17 | 映画レビュー(ふ)

 前年の『グレイハウンド』に続きAppleTV+スルーとなったトム・ハンクスの最新作は荒廃した地球で生き残った男とロボットのロードムービーだ。宇宙人侵略でも最終戦争でもなく、開いたオゾンホールによって大量の放射線が降り注ぎ、陽に晒された地表の生物は全て死に絶えた。天気は荒れ狂い、昼は灼熱によって砂漠化が進み、夜は身も凍る極寒が訪れる。そして日に何度も訪れるトルネードに、先ごろアメリカを襲った巨大竜巻を想起せずにはいられない。決して『キャスト・アウェイ』のやり直しではなく、地球環境問題が深刻さを増す2021年最新版のアポカリプスムービーなのだ。

 ハンクス演じるフィンチが決して英雄的なサバイバーではない事も重要だろう。ミズーリ州で母を看取った孤独な男であり、彼がロボットだけを友とするのは人間不信からに他ならない。2010年代に分断したアメリカがカタストロフを迎えれば、後にはただただ自閉していくだけではないのか?“ロックダウン”された主人フィンチの姿は2020年代にコロナ禍を生きる僕らのメンタリティとさほど遠くない。

 そんな彼の心を動かしていくのがケイレヴ・ランドリー・ジョーンズが愛嬌タップリに演じる人型ロボットのジェフだ。この子供の心を持ったスーパーAIの存在によって、フィンチは見ることのなかった父性を獲得していく。ここでもハンクスにアメリカの父としての姿が託され、血や人種を超えた“共存”が描かれているのである。プラットフォームの訴求力不足ゆえか話題に上がらない本作だが、“2021年の映画”としてもう少し語られるべきだろう。

 監督のミゲル・サポチニクは『ゲーム・オブ・スローンズ』後半の傑作回『落とし子の戦い』など、TVドラマの域を超えたスペクタクル演出でシリーズの人気を決定付けた重要監督。それだけに“ゲースロ以後”の本作が注目されたが、意外やアクションは控え目で、ロードムービーを丁寧に撮り上げる職人ぶりである。2022年は待望の『ゲーム・オブ・スローンズ』前日譚『ハウス・オブ・ドラゴン』が待機。ヘッド監督としての采配が期待される。


『フィンチ』21・米
監督 ミゲル・サポチニク
出演 トム・ハンクス、ケイレヴ・ランドリー・ジョーンズ
※AppleTV+で独占配信中※
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『フリー・ガイ』

2021-08-24 | 映画レビュー(ふ)

 ライアン・レイノルズ扮する主人公ガイは銀行の窓口係。今日も一張羅(いや、正確に言うと何枚も持っているのだが全て同じ)の青シャツを着て出勤だ。警備員のバディとダベりながら、決めの営業文句は「今日も最高の1日を!」。そんな彼の務める銀行を強盗が襲撃し…いや、強盗は今日で4組目で、ホールドアップされるのは毎日の日課だ。え?

 『フリー・ガイ』は嬉しいことに1998年の傑作『トゥルーマン・ショー』を経由した2020年最新バージョンだ(レイノルズは明らかにジム・キャリーの演技を参考にしている)。なんとガイは『グランド・セフト・オート』風バイオレンスゲームのモブキャラクターだったのだ!真実に気付いた彼はやがて(ゲーム)世界の命運を揺るがす大事件に巻き込まれていく。これをシリアスに振り切ったのが『ウエストワールド』ならコメディに振り切ったのが本作であり、「運命は自分の手で切り拓く」「なりたい自分になれる」というポジティブなメッセージはモブキャラの人権問題にも発展。今日に限ってはAll Lives Matterでいいじゃないの。

 今やベッタベタなポップカルチャーネタはライアン・レイノルズのトレードマークだ。20世紀FOXがディズニーに買収されればそうかこんなギャグも出来るのかというネタから、もちろんスター・ウォーズ、そして"フライドチキンと言えばアルバカーキ”は笑い所だ。元ネタがZ指定ゲームなだけに銃も暴力も盛り沢山なのだが、それを巧みにソフティスケートしており、これはMCUと合流する『デッドプール』の予行練習も兼ねているのだろう。ショーン・レヴィ監督は『ストレンジャー・シングス』ダファー兄弟の後見人のようなプロデュース業以外に取り立てて語る所のないキャリアだったが、本作ではレイノルズのパーソナリティを活かしながら万人が楽しめるサマームービーに仕上げている。モブ目線のオープンワールドゲームあるあるな背景描写など、細かいところまで実に行き届いており、彼の最高傑作ではないだろうか。

 そして本作の立役者とも言えるのがヒロイン"モロトフガール”に扮したジョディ・カマーだ。TVシリーズ『キリング・イヴ』のサイコパス殺人鬼ヴィラネル役でブレイクした彼女がスーパーアクションヒロインにハマるのはもちろん、ゲームの世界を出ればオタクなゲームプログラマーという役にはかねてから見せていたコメディセンスがバッチリ決まった。モブキャラクターであるガイとキスした瞬間の得も言われぬ表情と言ったら!今年は『フリー・ガイ』でキュートな魅力を炸裂させ、10月にはリドリー・スコット監督の史劇『最後の決闘裁判』が待機。いよいよ映画におけるブレイク元年となった。注目!


『フリー・ガイ』21・米
監督 ショーン・レヴィ
出演 ライアン・レイノルズ、ジョディ・カマー、リル・レル・ハウリー、タイカ・ワイティティ、ウトカルシュ・アンブドウカル、ジョー・キーリー
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『プロミシング・ヤング・ウーマン』

2021-07-21 | 映画レビュー(ふ)
※このレビューは物語の重要な展開や結末に触れています※

 エメラルド・フェネルの恐るべき長編映画デビュー作『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、僕たちが只スクリーンを傍観する事を許さない強烈な1本だ。主人公キャシーは夜な夜なクラブやバーに出かけては泥酔し、男たちに“お持ち帰り”される。ところがいざ男が事に及ぼうとすると、彼女はドスの効いた声で言う「何やってんだ?」。彼女は一滴も飲んじゃない。酔いつぶれたフリをして、不埒な男たちに制裁を加える復讐者なのだ。

 フェネル自らが手掛けた脚本と、主演キャリー・マリガンによってキャシーは近年稀に見る複雑なキャラクターとなった。彼女は将来有望(=Promising Young Woman)な医学生だったが、幼馴染である親友ニーナがレイプされたことをきっかけに退学。30歳を迎えた今はコーヒーショップでやる気のないアルバイトを続けている。事件は“将来有望”な男子学生の未来を守るために不起訴で終わり、ニーナも自らの命を断ったのだ。

 キャシーの設定年齢は30歳、マリガンは36歳。“薹の立った”感が学生時代で時が止まったキャシーの心象を映す。フェネルがショーランナーを務めたTVシリーズ『キリング・イヴ』では殺し屋ヴィラネルが毎話異なるハイファッションに身を包むが、キャシーは歳不相応で時代遅れな服を着続けている。夜の“衣装”以外に服なんて何年も買ってないし、見た目を気にして外出したこともないのだ。

 最も彼女のキャラクターを不可解にするのはかつての同級生ライアンとの関係だ。再開するやキャシーはライアンのコーヒーに唾を吐きかける。ライアンが事件に距離を置いてきた事への嫌悪か、しかし彼からの度重なるアプローチで2人の関係は交際に発展する。それでもキャシーは行きずりの男達にするのと同様、キスを受け入れなければ身体を許した様子もない。キャシーは本当にライアンを愛していたのだろうか?目の前に現れた時から復讐のターゲットだったのではないか?やがて明らかとなる証拠によって、傍観し、忘却したこの好青年は断罪される事となる。

 フェネルは現代女性が直面するあらゆるイシューを積み上げていくが、映画の真価はキャシーが退場してからの終幕だ。“女だから”とかけられ続けてきたジェンダーバイアスが、死後には“病んでたから”というバイアスに変わる(聞き込みの刑事もその場では同調している)。いったい誰がそんなメンタルに追いやったというのだ。僕たちはキャシーの姿が見えなくなってなお彼女のことを考えずにはいられなくなる。“その場”にいることはおろか、傍観者ですらなかった彼女の自責の念は如何ばかりだったか。彼女が遺したウインクの絵文字が僕には泣き顔に見えてしまった。キャシーは凄惨な復讐の陰で泣いている。本当なら何事もなく、あのまま“Promising Young Woman”でいたかったハズだ。あなたにはあの絵文字がいったい何に見えただろう?


『プロミシング・ヤング・ウーマン』20・米
監督 エメラルド・フェネル
出演 キャリー・マリガン、ボー・バーナム、アリソン・ブリー、クランシー・ブラウン、ジェニファー・クーリッジ、ラヴァーン・コックス、コニー・ブリットン、アルフレッド・モリーナ
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『ファーザー』

2021-07-07 | 映画レビュー(ふ)

 さほど広くはない自前のフラットを彷徨する主人公アンソニーを見るうちに、僕はトマス・ハリスによる小説『ハンニバル』の事を思い出した。『羊たちの沈黙』の続編にあたるこの小説でレクター博士は膨大な知識と記憶が納められた“宮殿”を自由自在に行き来する。それはメディチ家にまつわる薀蓄から東欧貴族の息子であったレクター自身の過去に及び、まるで精神が時空を超えたかのような筆致であった。リドリー・スコット監督の映画版では一切、描かれることのなかったエピソードだが、ハリスはこれに多くのページを割いている。

 フローリアン・ぜレールが自身の戯曲を監督した『ファーザー』は、舞台劇が相次いで映画化された2020年の中でも傑出した1本だ。アルツハイマーに侵された主人公の視点から描かれる本作は編集、美術の妙技によってその主観を僕たちに体感させ、不条理ホラーのような迫力がある。時間と記憶がシームレスに横断し続ける本作に、いったいどのような舞台演出が施されていたのか全く想像できない。近年、これほど映像への置換に成功した演劇映画は他にないだろう。この衝撃はアカデミーも席巻し、同年やはり高い評価を得ていた演劇映画『マ・レイニーのブラックボトム』『あの夜、マイアミで』を押さえて作品賞ほか計6部門にノミネートされた。

 結果、ゼレールとクリストファー・ハンプトンが脚色賞、そしてアンソニー・ホプキンスが91年の『羊たちの沈黙』以来、29年ぶり2度目のアカデミー主演男優賞に輝いた。記憶のまにまに漂う老父に扮した彼は83歳にしてその類稀なキャリアを更新している。時にチャーミングに、時に怪物的な威厳を見せ、たった1つのシーンに幾つもの感情を去来させるのだ。千々に乱れるその様は名優にのみ到達できる領域である。

 ゼレールとホプキンスは老父の混乱と頑迷さの裏に長年、彼を支えてきたであろう有害な男性性と父権性を覗かせる。懸命に自宅介護を続けながら、亡き妹こそがお気に入りだと告げられる娘アンの姿は悲痛だ(アン役オリヴィア・コールマンは受けの芝居でさすがの巧者ぶり)。

 終幕、今にも風に吹かれそうなほど憔悴した老父が呟く「まるで枝から葉が落ちるようだ…」。
エンジニアとして勤め上げた彼の詩心は、決して広くはないあのフラットのどこに収められていたのだろう?


『ファーザー』20・英、仏
監督 フローリアン・ゼレール
出演 アンソニー・ホプキンス、オリヴィア・コールマン、マーク・ゲイティス、イモージェン・プーツ、ルーファス・シーウェル、オリヴィア・ウィリアムズ
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『ブラック・ビューティー』

2021-01-04 | 映画レビュー(ふ)

 美少女研究家としては(←謎)『インターステラー』のマッケンジー・フォイ主演作は見逃せず、いそいそとディズニープラスに加入した次第(スイマセン、本命は『マンダロリアン』でした)。1877年にイギリスの作家アンナ・シュウェルによって発表された小説『黒馬物語』の映画化だ。舞台を現代に移し、野生馬ブラック・ビューティーの目線からマッケンジー・フォイとの友情が描かれる。

 動物が人の言葉を喋るのはディズニーの伝統芸だが、冒頭から続くブラック・ビューティーのモノローグは馬の一人称で書かれた原作小説に沿ったもので、贅沢にもボイスキャストにケイト・ウィンスレットがキャスティングされている。カメラは馬と大自然を美しく撮らえており、黒馬と黒髪のマッケンジー・フォイのツーショットはそれはそれは絵になる。しかし、この題材に対して演出は詩情が足らず、僕らがディズニー実写映画に期待する域を出ていない。本来、言葉の通じない相手である馬の一人称で書かれた小説を、人間側から描けば当然“喋り過ぎ”となるだろう。ブラック・ビューティーが少女の元を離れ、様々な飼い主の手へ渡っていく後半になってようやく物語には求心力が生まれてくるが、遅すぎた感は否めない。

 『くるみ割り人形と秘密の王国』の項でも触れたが、マッケンジー・フォイの美貌はディズニー映画には不似合いなシリアスさであり、そろそろヒット作がほしいところ。
 彼女の叔父には『ゲーム・オブ・スローンズ』のジョラーことイアン・グレンが扮した。英国俳優の彼がアメリカ東部のカウボーイを演じる所に「相変わらず仕事選んでないな」と思うが(なんせ『バイオハザード』シリーズに付き合った人である)、過去を思わせる含みがあり、ゲースロ最終章よりずっとスクリーンタイムが長いため、ファンは必見である。


『ブラック・ビューティー』20・米
監督 アシュレイ・エルビス
出演 マッケンジー・フォイ、ケイト・ウィンスレット、イアン・グレン、クレア・フォーラニ
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