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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『フランクおじさん』

2020-12-23 | 映画レビュー(ふ)

 『アメリカン・ビューティー』『シックスフィート・アンダー』で知られる名脚本家アラン・ボールが、自らの実体験を基にした本作は心に響く小品だ。舞台は1973年、ソフィア・リリス扮する主人公ベスはフランク叔父さんが教鞭を執るNYの大学へと進学する。南部の田舎町で育った彼女にとって叔父さんは唯一人、知的でジェントリーな存在だった。しかし不思議と祖父は冷たく当たり、叔父さんは家族でも浮いた存在だった。

 フランク叔父さんに扮したのはポール・ベタニー。かつて『ビューティフル・マインド』『ロック・ユー!』でメジャーとなった英国出身の個性派も今や49歳。額は後退し、その痩身もやや節くれだって、このフランク叔父さんの抱えた苦しみを滲み出せる年輪が備わった。近年、顔面を赤く塗った彼しか見ていなかった事を思うと、MCUは若手新進スターには大きな飛躍となるが、彼やジェレミー・レナー、スカーレット・ヨハンソンら既にキャリアを確立していた性格俳優達にはやや長過ぎた10年だったと言えなくもない。

 NYのフランク叔父さんはベスの知る姿ではなかった。尊敬を集める教師であり、そしてゲイだった。同性愛を悪魔の所業とまで信じるようなアメリカ南部に、彼の生きる場所はなかったのだ。突如、祖父の訃報が舞い込み、ベスはフランク叔父さんとその恋人ウォーリーと共に故郷へ帰る事となる。

 アラン・ボールは厳格な父の死後、母にゲイであることをカミングアウトした際に「たぶん、お父さんもそうだったと思う」と告げられ、その体験が本作の基になっているという。母はボールをノースダコタの湖に連れていき、「ここでサムが死んだ」と言った。サムは父の大親友だった。

 人の抱える苦しみを計り知る事は容易ではない。父の憎悪に満ちた遺言によって精神崩壊を来たすベタニーは圧巻だ。ベスには到底知り得ない過去であり、恋人ウォーリーも細部を知る由ではなかった。他者への無関心も必要となる大都会ならまだしも、こんな田舎は秘密を抱えなくとも生きるには難しい。
 そんな溝を家族の側が乗り越えてくれる終幕に感動した。何ともぎこちない歩み寄り方だが(スティーヴ・ザーン、ジュディ・グリアがいい)、彼らもまた父の有害な父権性によってフランクへの理解と愛を押し殺してきたのだ。時代がより生きやすくなってくれればと願わずにはいられない


『フランクおじさん』20・米
監督 アラン・ボール
出演 ソフィア・リリス、ポール・ベタニー、ジュディ・グリア、スティーヴ・ザーン、マーゴ・マーティンデール

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『複製された男』

2020-10-29 | 映画レビュー(ふ)

 近年『メッセージ』『ブレードランナー2046』『DUNE』とSF大作が続くドゥニ・ヴィルヌーヴ監督だが、そのルーツは深海魚が狂言回しをする異色のデビュー作『渦』であり、ねっとりと絡みつく悪夢のような本作『複製された男』だろう。それは同郷カナダの巨匠デヴィッド・クローネンバーグを思わせるが、ヴィルヌーヴの特色は『灼熱の炎』『静かなる叫び』で見せた卓越した演出力と、その異能に湛えられたノーブルさだ。自分そっくりの男を見つけた主人公の恐怖の徴候はくすんだトロントの街に蔓延し、闇の口がポッカリと口を開く。眩暈を誘う2人のブロンド美女メラニー・ロランとサラ・ガドンも僕らをアンモラルに引き込むには十分だ。ミステリアスなスコアに乗って90分間、胸の高鳴るようなサスペンスが展開する。

 三流役者の主人公は美人妻が妊娠し、追い詰められた末に自分と入れ替わってくれるもう1人の自分を“複製”したのか。謎の鍵がスイッチとなり、主人公の頭から蜘蛛が這い出て夢も現もないがしろになる。おぉ、これはヴィルヌーヴの『イレイザー・ヘッド』か!


『複製された男』13・加、スペイン
監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演 ジェイク・ギレンホール、メラニー・ロラン、サラ・ガドン、イザベラ・ロッセリーニ
 
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『フェアウェル』

2020-10-15 | 映画レビュー(ふ)

 ブラックムービーやネオウーマンリヴ映画の躍進によってハリウッドが急速に多様性を増している昨今、アジア系の台頭も著しい。正統派クロエ・ジャオは新作『ノマドランド』でヴェネチア映画祭金獅子賞を獲得し、マーベルはそんな彼女を超大作『エターナルズ』で一本釣り。昨年は韓国映画『パラサイト』がオスカーを制し、同年の賞レースを賑わせたルル・ワン監督による本作『フェアウェル』はやはりアジア系キャストで大ヒットを記録した『クレイジー・リッチ!』のB面とも呼びたくなる作品だ。

  幼い頃に中国からアメリカへ移住した主人公ビリーは大好きな祖母ナイナイの重病を聞き、帰郷する。中国には余命宣告をする文化がなく、残り3か月の命を伝えることができない。アメリカ育ちのビリーには全く受け入れられない考えだが、家族は最後に良い思い出を作ろうと従弟の結婚式を催す。

 小さな物語の中で東洋と西洋が合流し、大きなうねりを生み出す。ビリーは幼少期に中国を離れたため読み書きができない。かと言ってアメリカでは仕事に就く事もできず、未だ両親のすねかじりだ。どちらの文化にも引かれながらどちらの国にも居場所がない…そんな虚ろな心象を黙して見せる主演オークワフィナが俳優としての実力を証明し、早くもゴールデングローブ賞に輝いた。祖母への想いと葛藤を秘めた佇まいは絶品だ。

 このアイデンティティの揺らぎはアメリカに生きるビリーら多くの移民2世が抱える想いだろう。本作はほぼ全編が中国を舞台に展開するが、主題はアメリカに住む中国移民であり、哀しさをユーモアに変換するルル・ワンの語り口は昨今、TVシリーズで主流となったシリアス要素の強いコメディ“ドラメディ”のナラティブだ。配給はまたしてもA24が手掛け、その輝かしくエッジィなレーベルに新たな名作を加わえた。自分らしさに悩む多くの若者に見てもらいたい。きっと自分の“現在進行形”が見つかるだろう。

 ナイナイは家族の嘘に気付いていたのではないか?既に夫を病気で亡くした彼女もまた優しい嘘をついたのだ。エンドロールではこの嘘についての物語がルル・ワンの体験した思いがけない事実から生まれた事がわかる。あぁ、僕もおばあちゃんに会いたいな!


『フェアウェル』19・米
監督 ルル・ワン
出演 オークワフィナ、ツィ・マー、チャオ・シュウチェン
 
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『フォーカス』

2020-10-05 | 映画レビュー(ふ)

 快作『ラブ・アゲイン』を手掛けたグレン・フィカーラとジョン・レクア監督コンビの2015年作はウィル・スミス主演の詐欺映画(コン・ムービー)だ。既にやり尽くされたジャンルを今回も機知と愛情で好編に仕上げている。

 ウィル扮するスゴ腕詐欺師のニッキーはスリ師のジェスを見初め、弟子に迎え入れる。大きなヤマを攻略する中で2人の間には師弟関係以上のものが芽生えるが、ニッキーは全てを置いて失踪。それから3年が経ち…。

 エンドロールの『風のささやき』からもわかるように監督コンビが目指したのはスティーヴ・マックイーン主演の『華麗なる賭け』のようだ。セクシーな夜景と時折、匂い立つノワールの香りが堪らない。但し、ウィルにはマックイーンのようなハードボイルドな個性がなく、やや居心地が悪そうに見えてしまった。むしろ見所はブレイク直前、輝かんばかりのマーゴット・ロビーだろう。
フィカーラ、レクアのコンビは続いてTVシリーズ『This is us』の演出を担当、大成功を収める事になる。


『フォーカス』15・米
監督 グレン・フィカーラ、ジョン・レクア
出演 ウィル・スミス、マーゴット・ロビー、ロドリゴ・サントロ、ジェラルド・マクレイニー
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『フロントランナー』

2020-09-30 | 映画レビュー(ふ)

 1988年の大統領選挙で民主党の最有力候補と目されたゲイリー・ハート議員。彼が不倫スキャンダルによって僅か3週間で選挙戦撤退に追い込まれた事件を描くジェイソン・ライトマン監督作だ。キャリア初期に見られた軽やかさは見られないが、70~80年代の社会派映画を思わせる映像ルックと、ベン・ブラッドリー率いるワシントンポストの登場に彼の志向が伺えるオールドスタイルの1本である。

 2014年に上梓されたマット・バイトの原作はおそらく報道のワイドショー化や、リベラルへの失望に関心が寄せられていたのではないかと予想できるがライトマンは自ら脚本も手掛け、本作公開の前年に誕生したドナルド・トランプ大統領へのカウンターを食らわせている。ヒュー・ジャックマンが演じるハートは現在の視点でも有力な政策を打ち出し、その若さとルックスで大衆人気を集めるが女性関係にはだらしがなく、既に妻とも別居状態にあった。ハートは事もあろうにクルーズ船パーティで知り合った女性と関係を持ち、自宅へ連れ込んだ所をマスコミに押さえられたのだ。

 2019年の『バッド・エデュケーション』でも公金横領を働いたソシオパス教師役で新境地を発揮しているヒューは、ここでも人格破綻者を意欲的に演じている。ハートは現場を押さえたマスコミに対して逆上し、徹底抗戦の構えを取る。世論も“プライベートと政治は関係ない”と6割が支持するが、果たして本当にそうだろうか?ライトマンはハートその人よりも彼を取り巻く選対チーム、マスコミの描写に時間をかけ、それらの組織で紅一点の女性達から“政治家の資質”を問い質す。ハートは愛人をマスコミのスケープゴートにし、疑惑の目を逸らしたのだ。たった1人の相手とはいえ、不貞行為で人を傷つける不誠実な人物が政治家として正しいのか?それは数々の性的暴行を告発されながら未だ大統領の座に居続けるトランプを指摘し、哀しいかな本邦も非常に耳の痛い話ではないか。公開当初こそ評価の定まらなかった本作だが、米大統領選の年に見直されてもいいだろう。


『フロントランナー』18・米
監督 ジェイソン・ライトマン
出演 ヒュー・ジャックマン、ヴェラ・ファーミガ、ケイトリン・デヴァー、J・K・シモンズ
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