TVシリーズ『将軍』が世界的大ヒットを記録。助演男優賞を獲得したゴールデングローブ賞では喜びを爆発させたスピーチがアワードシーズンの一種のトレンドになるなど、名実ともに“世界のアサノ”に昇り詰めた感のある浅野忠信。狡猾だがどこか憎めない“ファニーサムライ”藪茂役で認知した海外ファンも少なくないだろう。しかし長年、彼を見続けてきた日本の映画ファンにとっては、『レイブンズ』のようなインディペンデント映画で見せる野性味と繊細、孤高こそが本懐として映るハズだ。
浅野が演じるのは写真家の深瀬昌久。1960〜90年代初頭にかけて多くの作品を発表し、74年にはニューヨーク近代美術館でも紹介されたアーティストである。そんな彼の創作衝動、ミューズとなった妻・洋子との愛憎関係、重度のアルコール依存を時系列順に描く本作は型通りの芸術家評人伝の域を出ていない。『イングランド・イズ・マイン』のマーク・ギル監督は、やはりアル中だった父との確執、代表作『鴉』へと連なる分裂症的なインスピレーションに深瀬の抱いた強迫観念を見出している。俳優にろくろく老けメイクも施せない製作費の苦労は随所から伺い知れるものの、凡百の日本人監督にはないリリカルさが本作にはある。
いよいよ脂の乗り切った浅野が20〜40代の深瀬を演じるのはさすがに無理があり、彼にとって遅すぎた映画という感慨も募る。しかし、ようやく物語が50代の深瀬を描き始めたところで浅野は“現在”(=いま)の魅力を発揮。アクが抜けた晩年の深瀬に宿る静かなる神秘性もまたこの名優の真骨頂である。深瀬は1992年、転落事故の際に追った脳挫傷のため重度の障害を抱え、二度とカメラを手にすることなく2012年に他界した。
『レイブンズ』24・仏、日、ベルギー、スペイン
監督 マーク・ギル
出演 浅野忠信、瀧内公美、ホセ・ルイス・フェラー、古舘寛治、池松壮亮、高岡早紀
※2025年3月28日(金)ロードショー
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