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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『プレデター:ザ・プレイ』

2022-09-10 | 映画レビュー(ふ)

 ディズニーに買収された20世紀フォックス社内で、“オワコン”状態の『プレデター』が大きな期待をかけられていなかった事は想像に難くなく、本国アメリカではhulu、日本ではディズニープラスでの配信スルーとなった。この期待値の低さが功を奏して資本家たちの目を光学迷彩の如くかいくぐり、こうも大胆にフランチャイズを甦らせることに成功したのだろう。18世紀アメリカを舞台に狩人を志すコマンチ族の少女を主人公にして、シリーズをタイトなアクションスリラーへとアップデートしたのは2016年の『10クローバーフィールド・レーン』で長編監督デビューしたダン・トラクテンバーグだ。緊迫感あふれる密室スリラーにヒットタイトルのモンスターをマッシュアップする手法はベースとなるスリラーの作劇、演出に類稀な力があってこそ成立する離れ業。それでいてメアリー・エリザベス・ウィンステッド演じるヒロインが自らの足で大地に立つまでを描いた女性映画であり、それは2016年という時勢も相まって大成功を収めた。本作『プレデター:ザ・プレイ』もまた少女が自ら望んだ生き方を勝ち取るまでの物語であり、敵は同等以上の能力を持った同じく狩人という“密林死闘モノ”である。TVシリーズ『レギオン』で登場人物中、最強の物理戦闘力を誇るケリーを演じたアンバー・ミッドサンダー(そう見えないところにノア・ホーリー流のユーモアがあった)はシリーズ1作目のアーノルド・シュワルツェネッガーが見せた緊迫感を彷彿とさせる眼力があり、アクションも切れ味十分。『レギオン』ファンにはなんとも嬉しいブレイクスルーとなった。対するプレデターは蛇から始めて狼、熊、人間と徐々に難易度を上げ、手負い覚悟の“ガチ”狩人だ。

 トラクテンバーグは配信映画と言えど画作りに抜かりはなく、大自然を撮らえた雄大なショットや灰が吹きすさぶ荒野、特に夜間シーンで冴えを見せる。プロデューサーにはやはりネイティヴアメリカンにルーツを持つジェーン・マイヤーズが参加し、時代考証や真正性の確認が徹底され、ついには全編コマンチ語バージョンも同時配信されるという快挙を達成した。ハリウッドでは昨年、オールネイティヴアメリカンキャストのTVシリーズ『Reservation Dogs』が話題を呼び、続く本作の成功により2020年代の映像メディアに新たな文脈と言語が発見されたと言っていいだろう。惜しむらくはこれほどの娯楽作を劇場で多くの観客と共有できなかったことに尽きる。こんな映画の接し方もまた2020年代の形式なのだろうか。


『プレデター:ザ・プレイ』22・米
監督 ダン・トラクテンバーグ
出演 アンバー・ミッドサンダー、ダコタ・ビーバーズ
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『FLEE フリー』

2022-06-29 | 映画レビュー(ふ)

 第94回アカデミー賞で国際長編映画賞(旧外国映画賞)、長編アニメーション賞、長編ドキュメンタリー賞の3部門で史上初“ハットトリック”ノミネートを獲得した異色作。アフガニスタン紛争の最中、カブールで幼少期を送った少年アミンが戦火を逃れ、ロシアへ亡命。そこから過酷な密入国を経てデンマークに渡った波乱の半生を、本人のインタビューを元にアニメーションで再現している。アミンを含め登場する家族の名前は全て仮名で、彼らの匿名性を守る手段としてのアニメーション表現だが、インタビュー中は横たわり、目を瞑ってさながらセラピーのように語るアミンの姿を見ると、凄惨な過去を緩和するための心理療法の一種に見えなくもない。そしてこの表現手法が中東はもちろん、現在起きているウクライナ紛争をはじめ、あらゆる暴力、理不尽によって故郷を追われ、家族と引き離された人々の物語として普遍性を獲得している。ただし、同じ“ドキュメンタリー×アニメ”という手法では、アリ・フォルマン監督が自らの過去に迫った『戦場でワルツを』のようなアニメーションとしての飛躍、蠱惑性は感じられなかった。

 逃亡生活、密入国、そして収監の凄惨が筆舌に尽くし難いのはもちろん、痛ましいのは身体の自由を得てもなおアミンにのしかかる精神的苦痛だ。生き別れた家族に対する後ろめたさと体験のトラウマに加え、アミンにはアフガニスタンでタブーとされてきたゲイとしてのアイデンティティがあり、亡命を果たしてもなお心の平安は遠い。『FLEE』はそんなアミンの少年時代に芽生えたセクシャリティの自覚や(初恋の相手はジャン・クロード・ヴァンダム!)、カミングアウトを巡るドラマが瑞々しく、忘れがたいものがあった。

 本作に心打たれ、リズ・アーメッド、ニコライ・コスター・ワルドーらがエグゼクティブプロデューサーに名を連ねた。アーメッドは今年、主演・脚本を務めた『The Long Goodbye』でアカデミー短編映画賞も取っている。


『FLEE フリー』21・デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、仏
監督 ヨナス・ポベル・ラスムセン
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『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』

2022-05-01 | 映画レビュー(ふ)

 前作『黒い魔法使いの誕生』から顕著ではあったが、いよいよこのプリクエルシリーズは継続が難しい状態にある。内気な魔法生物学者ニュートが邪悪な魔法使いグリンデルバルドと戦うドラマツルギーが脆弱で、この物語に必然性が見出だせないのだ。このシリーズ第3弾ではグリンデルバルドと浅からぬ因縁を持つダンブルドアが主軸となり、ニュートらがイマイチよくわからない作戦に駆り出されて、僕らも全体像が見えないまま焦れったい想いを抱える事になる。ニュートと付かず離れずのいじらしい恋模様を見せてきたティナ(キャサリン・ウォーターストン)に至ってはラストシーンにチラと登場するばかりで、ニュートのナラティブがこれっぽっちも重視されていないのだ(順調にキャリアを重ねているウォーターストンにとってはここでシリーズと手を切るいい機会かも知れない)。

 専任監督となったデヴィッド・イエーツの演出は気がなく、作劇の不備を補う努力は垣間見えない。前作でダークサイドに落ちたクイニー(アリソン・スドル)はただただ目を見開くばかりで、超重要人物と目されてきたクリーデンスもあっさりフェードアウト(もっとも、本作の公開と時を同じくして2度の警察沙汰を起こしたエズラ・ミラーをスタジオ側は心置きなくキャンセルするだろう)。ニュートの兄テセウスは前作で非業の死を遂げたリタを巡って弟とはいわば恋敵であったハズだが、本作では兄弟仲良くカニ踊りをする始末だ。

 脚本も務める創造主J・K・ローリングが本作で重視したのは“ダンブルドアの秘密”と題された彼のセクシュアリティと、グリンデルバルドが魔法界にもたらすマグル排斥論だ。ジュード・ロウとマッツ・ミケルセンの共演はスクリーンが曇るほどの色気で、映画のグレードを1つも2つも上げている。ジョニー・デップとは真逆の個性を持つ“北欧の至宝”ミケルセンのキャスティングは、グリンデルバルドに排外主義を持ち込むカリスマ指導者としての危うさを与え、その濡れた瞳はJ・K・ローリングのテキスト以上に多くを物語るのだ。ワーナー・ブラザーズ配給の大作シリーズで同性によるラブストーリーが骨子を担うのは画期的と言っていいだろう。
 また、魔法界に選民思想が持ち込まれ、マグル排斥論者であるグリンデルバルドが選挙によって大統領に選ばれようとする展開は、極右思想が跋扈する今日の現実的驚異だ。本シリーズのハートであるジェイコブとクイニーのラブストーリーが然るべき深度であれば、よりテーマは明確に際立っただろう。

 しかし、作品に反してローリングはトランスジェンダーに対する差別的発言を繰り返しており、『ハリー・ポッター』出演者やスタジオ側から反発を受けている。第4弾の製作が正式決定していないシリーズ存続のカギは、自身の創り出したクロニクルに固執した原作者から解放され、自由で可能性に満ちた魔法の世界を取り戻すことではないか。ここでシリーズを終えてしまっては、一時代を築いた人気作としてあまりに寂しすぎる。

『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』22・英、米
監督 デヴィッド・イエーツ
出演 エディ・レッドメイン、ジュード・ロウ、マッツ・ミケルセン、アリソン・スドル、ダン・フォグラー、エズラ・ミラー、カラム・ターナー、キャサリン・ウォーターストン
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『フレッシュ』

2022-03-20 | 映画レビュー(ふ)

 ノア(デイジー・エドガー=ジョーンズ)はマッチングアプリでデートを繰り返しているが、どうにも上手くいかない。今日の男は会う前から“現金、割り勘で”と場所を指定。会話はどうにも退屈だし、おいおいスカーフが焼きソバにくっついているのにも気付いていない。当然、店を出る時にドアを開けて待ってくれるハズもなく、正直に「私達は合わないと思うから、次はないかな」と告げると“クソ女”と吐き捨てられた。あー、なんなんだ。
 そんなある日、スーパーの野菜売り場でナンパされた。ちょっと変わってる人だけど面白いし、何よりイケメンだ。意気投合したノアはこの謎のナンパ男スティーヴと恋に落ち、ついに2人揃って週末の小旅行に出かけるのだが…。

 おっと、ここまで。『フレッシュ』はできる限り予備知識なしで見る事をオススメしたい。明らかにMe too以後の作品であり、同時上映するなら『プロミシング・ヤング・ウーマン』がベストのカップリングだろう。このジャンルで114分はちょっと長過ぎだが、アルモドバル映画に影響を受けたというミミ・ケーヴ監督の奇妙なプロダクションデザインは、緊張感をキープする事に成功している。

 デイジー・エドガー=ジョーンズがブレイク作『ノーマル・ピープル』の次に本作を選んだというエッジの効き方も心強いし、何と言ってもセバスチャン・スタンに驚かされる。フォックスサーチライト配給による本作はディズニープラスからのストリーミングデビューとなり、日本では同時期にhuluのTVシリーズ『パム&トミー』もディズニープラスから配信された。どちらもMCUのバッキーを目当てに見たファンが卒倒しかねないキワモノ演技で、彼が喜んで自身のイメージをぶち壊しているのがわかる。さしずめ“2022年春のセバスチャン・スタン祭り”であった。


『フレッシュ』22・米
監督 ミミ・ケイヴ
出演 デイジー・エドガー=ジョーンズ、セバスチャン・スタン、ジョジョ・ア・ギブス、シャルロット・ルボン、ダイオ・オケニイ
※ディズニープラスで独占配信中※
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『ブータン 山の教室』

2022-03-19 | 映画レビュー(ふ)

 ブータン映画として初のアカデミー国際長編映画賞にノミネートされた本作は、家にいながら異国情緒を味わえるコロナ禍には打ってつけの1本だ。落ちこぼれ教師ウゲンは山間の僻地ルナナ村への教育実習を命じられる。都市部からバスで半日、そこからはなんと1週間をかけて標高5000メートルの山々を越えなくてはならない。彼方に望むのはヒマラヤ山脈という、もは秘境と言ってもいい辺境の集落だ。雄大な自然に分け入るカメラを追うだけでも目にも楽しく、ワクワクしてしまう。

 ルナナ村の生活は清貧そのものだ。電気が点くかは運次第、窓ガラス代わりに紙を貼り、もちろんトイレットペーパーなんてありはしない。村の主要産業は放牧。ヤクの糞は貴重な燃えさしにもなる。決して容易くはないが、しかし人々は皆、幸せそうだ。タイではGDP、GNPではなくGNH(Gross National Happiness=国民総幸福量)の向上が推奨されており、この辺境に教育を行き届かせるのもその一環だという。現地の子供たちが実名で演じる生徒たちは皆、先生の到着を心待ちにしており、なんとも愛らしい。

 ウゲンはルナナ村の子供たち、人々との交流を得て“本当の幸せとは何か?”と考え、自らの足で人生に立つことを学んでいく。この映画の最大の問題は作り手がウゲンや僕たちと同様、ツーリスト目線から出ていないことだ。クラス委員長のペム・ザムは父がアル中の博打打ちで、彼女の面倒を見ているのはもっぱら祖母だという。村長は早くに妻を亡くして以後、長女が家事全般をこなしている。教育と可能性を奪われた彼女たちの姿は雄大な自然と同じく“遠景”として描かれ、清貧という美談の域を出ない。映画全体のトーンが何とも人好きのする体裁だけに、これはタチが悪い。『ブータン 山の教室』はその見た目が人を引き付けるが、ローカルの域は出ていないのだ。


『ブータン 山の教室』19・ブータン
監督 パオ・チョニン・ドルジ
出演 シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・ヘンドゥッブ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム
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