goo blog サービス終了のお知らせ 

長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『スノーピアサー』

2022-07-06 | 映画レビュー(す)

 今やオスカー監督となったポン・ジュノのハリウッドデビュー作は、ありとあらゆるセンス・オブ・ワンダーを投入して作られたSFアクションだ。腹に来るストーリーテリング、ヒューマニズムにあふれたギャグ、そして名刺代わりと言わんばかりのアクションが盛り込まれているものの、ファイナルカットはワインスタイン・カンパニーに握られ、残念ながら興行的にはさほど振るわずに終わってしまった。

 近未来、地球は氷河で覆われ、唯一生き残った人々は大陸横断特急“スノーピアサー”の中で18年もの時を過ごしていた。狭苦しい車両は階級別に分けられ、後方車両の奴隷たちが前方へ乗り換えることは一生涯不可能だ。

 この設定はポン・ジュノにとってアイデアの方舟となった。同じカメラワークを2度使わないと言わんばかりのメソッドに、ポン・ジュノは奇抜で、痛覚を刺激するフィジカルアクションを詰め込んでいる。車両にひしめくガスマスク姿の戦斧軍団、カーブ中の向き合った車両間で飛び交う銃弾…足りないのはドロップキックくらいで、ポン・ジュノの才気に惹かれて超豪華キャストも奮闘している。クリス・エヴァンスはそれまで過小評価されてきた実力を星条旗コスプレを脱ぐことで証明した。ソン・ガンホはハリウッドスターに遅れを取らぬ存在感を発揮し、ポン・ジュノ映画の“顔”が彼であることは後に『パラサイト』で実証される。

 ポン・ジュノのこの後、Netflixで『オクジャ』を製作し、2019年に地元韓国で撮った『パラサイト』でアカデミー作品賞はじめ4部門を獲得。名実共にハリウッドを制覇することとなる。


『スノーピアサー』13・米、韓、仏
監督 ポン・ジュノ
出演 クリス・エヴァンス、ソン・ガンホ、ティルダ・スウィントン、ジェイミー・ベル、オクタヴィア・スペンサー、エド・ハリス、ジョン・ハート
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『スパイダーヘッド』

2022-06-28 | 映画レビュー(す)

 『トップガン マーヴェリック』が社会現象級の大ヒットとなっているジョセフ・コシンスキー監督、マイルズ・テラー主演の最新作が早くもNetflixから登場だ。『トップガン マーヴェリック』が当初の2019年から再三公開延期となったためのタイミングだが、株価暴落にあえぐNetflixにとって渡りに船だろう。とはいえ、トム・クルーズが標榜する“大スクリーンのための映画”ではない。週末に自宅で楽しむ“いつものNetflix映画”であり、やけに小ぢんまりとした作品である。

 コシンスキー監督の気質は『トップガン マーヴェリック』や『オンリー・ザ・ブレイブ』といったスケール感あるアメリカ映画と、『トロン:レガシー』『オブリビオン』のSFに分かれている様子で、ジョージ・ソーンダースの短編小説を原作とする本作も後者に属する。謎の施設で第3者の感情をコントールできる薬の治験が行われており、その裏にはある秘密が隠されていて…とプロット以上の面白さはないが、マイルズ・テラーとクリス・ヘムズワースのファンであれば損した気分にはならないだろう。メガネをかけただけのヘムズワースがとても天才科学者に見えないが、治験薬によって喜怒哀楽が同時に押し寄せる場面はすごく可笑しい。自身のジョックス風のキャラクターを活かして楽しげに憎まれ役を演じており、やはり笑いのセンスに長けた人だ。コシンスキー、テラーはもちろん、『ソー ラブ・アンド・サンダー』が控えるヘムズワースにとってもキャリアに水を差す映画にはならないだろう。


『スパイダーヘッド』22・米
監督 ジョセフ・コシンスキー
出演 マイルズ・テラー、クリス・ヘムズワース、ジャーニー・スモレット
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』

2022-01-24 | 映画レビュー(す)

 前作『スパイダーマン ファー・フロム・ホーム』のラスト、強敵ミステリオのフェイクニュース殺法によって全世界に正体をバラされてしまったピーター・パーカー。“親愛なる隣人から一転”、ミステリオ殺しの容疑者とされてしまった彼は苛烈なキャンセルに晒される。その影響は彼ばかりか親友のネッド、恋人MJの大学進学にまで及び、彼はドクター・ストレンジに頼んで全宇宙の人々からピーター・パーカーの記憶を消そうとする。ところが、あろうことかピーター自身のヘマによって(ちゃんと打ち合わせしとけよ!)魔術は失敗。ピーターを知る別次元マルチバースの敵を呼び寄せてしまった!

 スパイダーマンの映画化権を持つソニーがディズニー・マーベルと提携して実現したのがこのトム・ホランド版スパイダーマン『ホーム3部作』であり、いわゆる“大人の事情”をクリアしただけでも十二分に画期的な企画なのだが、そこに加えて本作ではサム・ライミ版初代3部作からグリーン・ゴブリン(ウィレム・デフォー)、ドクター・オクトパス(アルフレッド・モリーナ)、サンドマン(トーマス・ヘイデン・チャーチ)が、そして打ち切りに終わった『アメイジング・スパイダーマン』2作からリザード(リス・エヴァンス)、エレクトロ(ジェイミー・フォックス)らが合流するという大盤振る舞いで、オールスターを信条とするMCUとして過積載とも言える豪華さだ(中でもデフォーは別格のフルスイング怪演を見せており、MCUに足りないのは演出の及ばない悪役である事がよくわかる)。
 しかもこれは単なる歴代ヴィラン大集合ではない。彼らはホーム3部作ではピーターと全く縁のない人々であり、元の次元に送り返せばそこには定められた死の運命が待ち受けているのだ。ピーターは何とか彼らを改心させ、未来を変えようとするのだが…。

 2017年の『スパイダーマン ホームカミング』がブロックバスターの学園モノとして現実の人種構造を初めて“見える化”したように、2021年の本作もまた時代の先を駆け抜けようとする。2010年代後半のアイデンティティポリティクスによってこれまで虐げられてきた人々の状況は大きく変わり始めたが、では旧態依然の悪しき存在としてキャンセルされた人々はこの世から指パッチンの如く消えたのか?そんな事はない。彼らにもセカンドチャンスがあり、僕らは分断を超えて共存しなくてはならないのだ。社会的規範から逸脱しながらも、映画の主人公としてはあまりに歪で魅力的な『パワー・オブ・ザ・ドッグ』『PASSING』、悪党たちが世界を救う『ザ・スーサイド・スクワッド』、台本とメソッドの下で共存できる演劇製作を描いた『ドライブ・マイ・カー』…それら新たな2020年代の映画が登場する中、MCUというメインストリームもまたこのテーマを選んだ事は重要だろう。そう、大いなる力には大いなる責任が伴うのだから!(惜しむらくは“Fix”や“Cure”に代わる言葉はなかったものか。明らかにメンタルイルであるヴィラン達は治療はできても完治はしないかも知れない。病気でいてもいいのが共存だ。)

 セカンドチャンスはヴィランにだけ与えられるものではない。スパイダーマン映像化として“黒歴史”扱いされてきた『アメイジング・スパイダーマン』からアンドリュー・ガーフィールドが合流したシーンには場内からどよめきが起こった(トビー・マグワイアよりも先に登場した事も重要だろう)。僕は時折、「この映画の主人公はその後、こんな人生を歩んだのでは」と物語のその先に想いを馳せてしまうのだが、なんとこのガーフィールド版ピーターは『アメイジング・スパイダーマン2』のその後の姿で、彼はグウェンの死を乗り越えていたのだ。まさか終わった映画の続きを見ることができるなんて!

 トム・ホランド版ピーター・パーカーを少年時代から卒業させるほろ苦いラストシーンを持って、『ホーム3部作』は全てのスパイダーマン映画を包括する事に成功した。続投も報じられるホランド版ピーターが次はいったいどんな次元へと進むのか期待して待ちたい。


『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』21・米
監督 ジョン・ワッツ
出演 トム・ホランド、ゼンデイヤ、ベネディクト・カンバーバッチ、マリサ・トメイ、ジョン・ファヴロー、ウィレム・デフォー、アルフレッド・モリーナ、トーマス・ヘイデン・チャーチ、リス・エヴァンス、ジェイミー・フォックス、アンドリュー・ガーフィールド、トビー・マグワイア、J・K・シモンズ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『スワン・ソング』

2022-01-20 | 映画レビュー(す)

 ベンジャミン・クリアリー監督の長編デビュー作は静謐で洗練されたSF映画だ。近未来、不治の病によって余命いくばくもないキャメロンは、家族のために人知れず自身のクローンを遺そうとする。スマートフォンは姿を消しており、代わってコンタクトレンズ型の携帯デバイスが日常的に使われているが、公共交通機関も住宅事情も現在とさほど変わらない世界。『スワン・ソング』は僕達の生活の延長線上にある。

  一方で、クローン技術の描写はハッタリが効いている。まるでiPhoneのように記憶を同期すると、あとは一週間の試験を経て本人と入れ替わるだけ。マハーシャラ・アリは迫る死期に戸惑うキャメロンと、自身が複製物である事を自覚したクローン人間という難役を演じ分けており、名優の仕事ぶりだ。

  時に不穏な空気が立ち込め、先の読めない展開に固唾を飲むが、本作もまた先達同様、自身の心の反響に耳を澄ますSF映画である。過酷な旅路の果てに訪れる、優しい平穏を見てほしい。


『スワン・ソング』21・米
監督 ベンジャミン・クリアリー
出演 マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス、グレン・クローズ、オークワフィナ、アダム・ビーチ
※AppleTV+で独占配信中※
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ザ・スーサイド・スクワッド "極”悪党、集結』

2021-08-28 | 映画レビュー(す)
 2016年ワースト(この年のハリウッド映画は本当に酷かった)の1本『スーサイド・スクワッド』をディズニーから更迭されたジェームズ・ガン監督で再映画化する…これを聞いた時、DCらしい節操のない企画だなと思った。マーベルとDCの大きな違いはキャスティング1つとっても継続できない計画性のなさだが、『ザ・スーサイド・スクワッド』はリメイクでも続編でもなく、ただただ2016年版をなかったことにする再映画化だ。

 果たしてDCはジェームズ・ガンに全権委任し、新生『ザ・スーサイド・スクワッド』は死ぬほど笑えて、泣けて、しかもこれまでのDC映画にはない最もパーソナルでクリエイティブな(R15の)夏休み映画となった。期待しているものを期待通り作ってくれるMCUもいいが、まったく思いも寄らない傑作を投げ込んでくるからDCは侮れない。

 ジェームズ・ガン映画らしく、キャストアンサンブルは実に活気に満ちている。初参加イドリス・エルバを筆頭に、通算3度目の再演にしていよいよ本塁打のハーレイ・クイン役マーゴット・ロビー、前作と同じ役とは思えない面白さのヨエル・キナマン、便器を頭に付けたジョン・シナらが魅力的な表情を見せてくれる。数々の映画で"名前は知らないけど、キモチ悪い役でよく見る俳優”だったポルカドットマン役デビッド・ダストマルチャンにこれほどの見せ場を与える監督はジェームズ・ガンしかいないだろう。そしてなぜか人間の刑務所に収監されているサメ人間、キングシャークことナナウエにシルヴェスター・スタローンをキャスティングする偏愛といったら!撃たれても撃たれても立ち上がるナナウエに『ロッキー』が投影されていることは言うまでもない。前作から続投するキャプテン・ブーメラン役ジェイ・コートニー、ジェームズ・ガン映画のアイコン、マイケル・ルーカーらにびっくりするようなオチを付けているのもジェームズ・ガン流の愛情表現だ。

 そんな常連、オッサンばかりの俳優陣に混ざってポルトガル出身の24歳、ダニエラ・メルヒオール嬢が実にフレッシュだ。演じるラットキャッチャー2は亡き父(こんな所にもタイカ・ワイティティ)の開発した"ネズミ灯”によって大量のネズミを意のままに操ることができるヴィラン。天涯孤独、ネズミだけが唯一の友人である彼女が奇跡を起こす美しいクライマックスに、ディズニーに見捨てられても今やディズニーなしではありえないキャリアとなってしまったジェームズ・ガンの愛憎を見るのである。そんな切っても切れない(事実、この後『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー3』への再登板が決まる)ディズニー愛を託されたのがラットキャッチャー2なのだ。

 とはいえ、ディズニーに戻ればこんなバカバカしく、悪趣味なことはもうやれないだろう。不謹慎な人体破壊ギャグはもちろん、およそ2020年代のデザインとは思えない巨大怪獣スターロのクソダサい造形(褒めてます)には卒倒しそうになった。聞けばDCコミック初出は1960年代のキャラクターだという。ハリウッドは『エイリアン』以後、一向にクリーチャーデザインを更新できていないが、むしろスターロくらいでいいんだよ!

 終盤の展開は現在、アフガニスタンで起きている米軍の撤退と、その隙を突いたタリバンの攻勢による混乱がダブり、期せずして同時代性を獲得していることに驚いた。アメリカが何度も繰り返してきた負の歴史へと目を向ける批評精神は、常に世間のはみ出しものに愛を注ぎ、そしてディズニー帝国というハリウッド最大の体制に翻弄されたアメリカ映画監督ジェームズ・ガンならではである。


『ザ・スーサイド・スクワッド "極”悪党、集結』21・米
監督 ジェームズ・ガン
出演 イドリス・エルバ、マーゴット・ロビー、ダニエラ・メルヒオール、ヨエル・キナマン、ジョン・シナ、デビッド・ダストマルチャン、シルヴェスター・スタローン、ヴィオラ・デイヴィス
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする