長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『PASSING 白い黒人』

2021-11-30 | 映画レビュー(は)

 1920年代のNY、アイリーンは旧友のクレアと再会する。共にハーレムで生まれ育った黒人女性だが、クレアの肌は白く、髪をブロンドに染め、彼女は白人として振る舞っていた。“PASSING”したのだ。
ネラ・ラーセンの『白い黒人』を原作とする本作は監督レベッカ・ホールにとってパーソナルな物語だ。彼女の母方の祖父もまた肌の白い黒人であり、白人として生きていたという。ホールの家族にとってそれは触れてはならない秘密として扱われてきた。

 クレアは白人男性と結婚しており、出自は彼にしも知らせていなかった。夫は人種差別主義者であり、加齢と共に肌の色が濃くなってきたクレアを黒人を揶揄して“ニグ”と呼んでいた。アイリーンは自身のアイデンティティを放棄したクレアの生き方を軽蔑するが、以来にわかにクレアは距離を縮めてくる。“PASSING”し、白人になったとしても己を偽る人生が幸せであるハズがない。

 薄靄のようなモノクロームがアイリーンとクレアの肌の色の違いを際立たせ、映画には緊張感が張り詰める。レベッカ・ホールは女優としての演技メソッド同様、知的かつ抑制された演出で物語の要となるもう1つの“PASSING”を浮かび上がらせていく。白人への同化など以ての外、しかし黒人コミュニティで生きるアイリーンは果たして本当に自由なのか?アイリーンとクレアの交錯する視線、ひしと握られる腕、抱擁、頬への口づけ…ホールはそれら刹那の瞬間に2人の高揚と動揺を撮らえることに成功している。とりわけアイリーン役のテッサ・トンプソンが素晴らしい。目深に被った帽子から射るような眼差しを向ける冒頭、クレアの夫が妻へ投げかける侮辱に隠しきれない怒り、そしてレズビアンとして“PASSING”できない苦悩と一時たりとも目が離せない。キャリアを重ねる度に磨きをかけてきた彼女の最高の演技であり、来るアカデミー賞レースを賑わせる事になるだろう。

 1920年代のアメリカは文化、経済の両面で著しい発展を遂げ、旧文明を刷新し、“狂騒”とも言われたその時代は1929年の世界恐慌で終わる事となる。しかし性的アイデンティティを巡る諍いは当時も現在も変わることはなく、内心の自由と幸福を得られないアイリーンはただ一人、取り残されていく。衝動的とも言えるクライマックスの行動に、孤独を抱えた人間の不可解な魅力がある。


『PASSING 白い黒人』21・米
監督 レベッカ・ホール
出演 テッサ・トンプソン、ルース・ネッガ、アンドレ・ホランド、ビル・キャンプ、アレクサンダー・スカルスガルド

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