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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』

2023-06-10 | 映画レビュー(す)

 こんな大ヒットになるなんて思ってもみなかった。本稿執筆の5月23日時点で全米興行成績5億ドル突破、ここ日本でも65億円を超えるスーパーヒットである。日本が誇るTVゲーム『スーパーマリオブラザーズ』が『ミニオンズ』シリーズでおなじみイルミネーションスタジオによって長編アニメーション化された。子供はもちろん、一緒に映画館にやってきた大人も童心に帰って楽しめると大好評だ。

 筆者はいつまでマリオをリアルタイムでプレイしていたのかと調べてみた。どうやら1992年に発売されたゲームボーイソフト『スーパーマリオランド2 6つの金貨』が最後の様子で、当時10歳。そう、この『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』は10歳児なら確実に楽しめるし、大人は10歳当時のノスタルジーに浸れることは間違いないが、映画第1作目にしてあまりにも過去の遺産にすがるだけの、何ともトキシックなファンダム映画である。自分がコントローラーを握ることのできないスーパーマリオを90分も見たいのか?自宅に任天堂スイッチがあれば今すぐ過去のアーカイブに触れて、発売当時の(あまりにシビアな難易度の)マリオを楽しむことができる。僕は映画館から帰るなり即座にゲームを始め、気付けば朝になっていた。

 批評家を気取って「有害な男性性が…」「フェミニズムが…」と御託を並べる連中もとっとと昔のマリオをプレイすべきだ。ピーチ姫が強いのはボイスキャストがアニャ・テイラー=ジョイだからという理由だけではなく、1988年にアメリカで発売された『スーパーマリオUSA』で既にプレイアブルキャラクターとして登場していたから(日本での発売は1992年)。スカートでふわりと空中飛行する能力は映画版でもちらりと描かれている。ゲームはマリオ、ルイージ、ピーチ姫に加えてキノピオが使用可能で、キャラ毎に特性が大きく異なるといった具合に遊びの幅が広い1本だった。
 もちろん、今回の映画版はマリオ役クリス・プラットのボイスパフォーマンスが愉快だし(またしても80sのプレイリストにはウンザリだが)、そんなに悪いヤツとも思えないクッパ役ジャック・ブラックがピーチ姫へ捧げるラブソングは可笑しいったらない。セス・ローゲンがドンキーコングだなんて最高じゃないか(彼が最高じゃなかったことなんてないけど)。

 本作の唯一と言っていいユニークな点を挙げておくと、マリオとルイージはなんとブルックリンに暮らす配管業者で、大家族のイタリア系移民であること。独立起業したばかりの彼らの前に以前の雇い主が現れるが、その帽子には『WRECKINGCREW』のロゴが。ビル解体業者のマリオブラザーズが壁を破壊して得点を競う対戦型パズルゲームのタイトルで、僕はいっそのこと『レッキング・クルー』の映画化でも良かったよ!


『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』23・米
監督 アーロン・ホーバス、マイケル・ジェレニック
出演 クリス・プラット、アニャ・テイラー=ジョイ、チャーリー・デイ、ジャック・ブラック、キーガン・マイケル・キー、セス・ローゲン
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『スピリテッド』

2022-11-30 | 映画レビュー(す)

 ほとんど宣伝されない体制のため全ての作品がSneakPeakのようなappleTV+で何とウィル・フェレルとライアン・レイノルズが共演するクリスマスコメディが配信中だ。フェレル扮するクリスマスの精霊が対立を煽る炎上マーケティング会社の社長レイノルズを改心させようとする現代版『クリスマス・キャロル』で、しかも本格ミュージカル!『プロデューサーズ』『ユーロビジョン』など、歌わせても可笑しいフェレルを担ぎ出していることはもちろん、レイノルズが歌って踊るのも嬉しく、ショーン・アンダースとジョン・モリスの監督コンビによる演出は気合十分。手数の多いミュージカル演出から“お約束”を逆手に取ったメタ的ギャグまでバラエティ豊富で、昨年の活況から一転、弾不足のジャンルにおいて“2022年ベストミュージカル”の座を獲得したと言ってもいいだろう。彼らが手掛けた脚本もツイストが効いていて(時に効きすぎてクドくもあるが)、最後まで楽しく観ることができた。

 ライアン・レイノルズは近年『フリー・ガイ』『アダム&アダム』等、捻りの効いたプロットに『デッドプール』由来の人を食ったギャグ、それでも最後はフィールグッドな後味の“ライアン・レイノルズ映画”を確立させた感がある。ウィル・フェレルを御せるのはマーク・ウォルバーグくらいしかいないと思っていたが、ここでは配役の妙も活かして先輩の胸を借り、のびのびと歌う相性の良さに改めて得難い個性を持った俳優だなぁと思った次第である。ヒュー・ジャックマンをウルヴァリン役で呼び戻すディズニー製作下の『デッドプール3』で、この才能は最高作を生むだろう。楽しみに待ちたい。


『スピリテッド』22・米
監督 ショーン・アンダース、ジョン・モリス
出演 ウィル・フェレル、ライアン・レイノルズ、オクタヴィア・スペンサー
※appleTV+で配信中※
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『すずめの戸締まり』

2022-11-26 | 映画レビュー(す)

 新海誠は宮崎駿の後継者なのか?『君の名は』の歴史的大ヒット以後、名前で確実に客を呼べる作家であり、熱狂的支持を得る彼の最新作は他の追随を許さない規模のスクリーン数で公開され、期待通りの大ヒットとなっている。

 主人公・鈴芽は日本各地で地震の引き金となる“後ろ戸”と閉じるべく旅を続ける青年・草太と出会う。彼ら“閉じ師”によって“みみず”が扉の向こうへと追いやられ、多くの震災が回避されてきたのだ。鈴芽が草太にひと目惚れする理由が“夢で見た運命の人だから”というのが新海ならではのロマンチシズムで、これに乗れれば巻頭から一気にスペクタクルを畳み掛ける彼のストーリーテリングに身を任せればいい。封印から解き放たれた化け猫“ダイジン”によって草太は三本脚のイスへと変えられ、一匹と一脚が転がり落ちるようなチェイスシーンはアニメーションならではの動的ダイナミズムがあって楽しい。

 ところがダイジンを追って鈴芽と草太が緑豊かな九州を離れると、映画はファンタジックなアクションものからロードムービーへと転調する。『竜とそばかすの姫』といい、現代の人気アニメ作家は田畑や森に物語世界を見出さず、田舎の高校生が電子マネーで東京まで移動できてしまう事よりも、動くイスと猫の動画がバズるリアリティラインが優先されるのか(ついでに言うと新海は素足や痴話喧嘩に冷ややかな目を向ける都会人の描写にこだわるが、実際は目もくれず無視するのではないか)。1人と一脚の旅路は静かに滅びゆく現在の日本の点描していく。土砂崩れによって滅びた学校、取り壊されることなく取り残された遊園地、そして早くも東京でクライマックスを迎えるとそこから映画はさらに東北を目指す。

 その道すがら、オープンカーを乗り回す大学生・芹澤が選曲したのは松任谷由実の『ルージュの伝言』だ。喋る猫、特殊な能力を持った少女の“お仕事”、そうかこれは新海版『魔女の宅急便』だったのか!とそこでようやく気付いたが、しかし新海が御大とは決定的に思想が異なることを見過ごしてはいけない。宮崎が一貫して自然とは人の力が及ばない、コントロールのできないものとして描いてきたのに対し、『すずめの戸締まり』は“閉じ師”という力を持った人間によって回避、制御できるものとして描かれている。

 筆者も3年ほど前、石巻の町を散策する機会があった。海に近い地域は住宅の再建がかなわず、辺り一帯の荒野が広がっていた。住宅の基礎部分だけが残された場所も多く、そこにはかつてあった人の営みを想起させる生活ゴミがまだ散らばっていた。30年後には日本の大多数の市町村が消滅するとも言われている中、そのきっかけがこれら震災となる地域も決して少なくないだろう。そんな消えゆく国に生きる子供たちに新海は「それでも生きていていい」という言葉を投げかける。それは首都の水没と引き換えに目の前にいる人への愛を成就させた『天気の子』の作家とは思えない、無責任な“大人”の言葉に思えてしまった。東日本大震災の生存者である少女を主人公とした本作は、巨大彗星によって命を落とした少女に同一化する『君の名は』の対となる作品だ。新海は近作3本で“震災”というモチーフを繰り返してきたが、ここでは2022年に語り直されるべき新たなテーマが獲得されているとはどうにも思えなかったのである。


『すずめの戸締まり』22・日
監督 新海誠
出演 原菜乃華、松村北斗、深津絵里、染谷将太、伊藤沙莉、神木隆之介 
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『スペンサー ダイアナの決意』

2022-11-03 | 映画レビュー(す)

 クリスマスイブの昼下がり、とある田舎のダイナーにイギリス皇太子妃ダイアナが現れる。周囲が驚きと好奇の視線を向ける中、彼女は言う「私、迷子なの」。王族一家がクリスマスを過ごすサンドリンガム・ハウスへの道がわからなくなってしまった彼女は夫チャールズの不倫に悩み、王室内では孤立を深め、文字通り人生の路頭に迷っていた。冒頭、“寓話”と断りが入るように名手スティーヴン・ナイトによる脚本は寓意的で、この映画を見て1991年の冬に彼女の身に起きた出来事を真実と思う観客はまずいないだろう(英国王室の内幕を描いたNetflixの人気TVシリーズ『ザ・クラウン』との比較も無意味だ)。『スペンサー』は周囲のプレッシャーから道を見失い、人生の岐路に立たされた女性の視点に同化するニューロティックホラーの変種であり、パブロ・ラライン監督も意図的にスタンリー・キューブリックの『シャイニング』を思わせる演出を取り入れ、ジョニー・グリーンウッドがジャズとストリングスの心得たストリングをかき鳴らしている。オーバールックホテルのバーテンダーよろしく不気味な執事役ティモシー・スポール、“守護霊”サリー・ホーキンスと助演陣には明確な演出が振り付けられており、ついには元妃の目の前にアン・ブーリンの幽霊が出てくる場面で僕はのけぞってしまった。一応、“陛下”と呼ばれる老婆は登場するがほとんどその個性は描かれず、これは何処にでもいる虐げられた一女性の物語でもあるのだ。

 演じるクリステン・スチュワートはルックスや仕草をダイアナ元妃に寄せてはいるものの、さほど似ているとは思えない。再現度という意味では同時期にリリースされた『ザ・クラウン』シーズン4のエマ・コリンの方が上だ。むしろクリステンはダイアナすらも自信の仄暗い個性に引き寄せており、ポストモダンホラーの傑作『パーソナル・ショッパー』やジーン・セバーグの悲惨な晩年を描いた『セバーグ』同様に、惑い、脅え、憂う被虐美が光る。ゆくゆくは彼女で『反撥』のような映画を見たいと思っていたが、まさか『スペンサー』がそれを担うとは思わなかった。シャネルの衣装をまとい、くるくると舞い続ける。こんなにも悲壮なクリステンがかつてあっただろうか!

 そしてここにはクリステンならではの反骨精神も共存している。ダイアナはFワードを吐き、スパイのような召使い達に向かって「オナニーするから出ていって」と言う。ララインはヒールを履いていようがシャネルを着ていようが振り払うように走り抜けるクリステンの身体を名手クレア・マトンのカメラで追いかけ、ついに彼女は因習という名の呪いをかけられた邸宅から抜け出すのである。『スペンサー』はクリステンを愛でるスター映画であり、自らの名前を取り戻したダイアナのスピリットを甦らせる事に成功している。元妃が2人の子供を愛し、ファストフードを頬張るような市井のプリンセスだった事を誰もが思い出すだろう。


『スペンサー ダイアナの決意』21・英、独
監督 パブロ・ラライン
出演 クリステン・スチュワート、ジャック・ファニング、ティモシー・スポール、サリー・ホーキンス、ショーン・ハリス
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『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』(寄稿しました)

2022-08-11 | 映画レビュー(す)

 リアルサウンドにイルディコー・エニェディ監督の最新作『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』のレビューを寄稿しました。エニェディの過去作『私の20世紀』『心と体と』を参照しながら、監督にとって初の原作モノでありながら一貫されている作家性、テーマについて書いています。そして見所はもちろん絶好調レア・セドゥ!御一読下さい。


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