夏木広介の日本語ワールド

駄目な日本語を斬る。いい加減な発言も斬る。文化、科学、芸能、政治、暮しと、目にした物は何でも。文句は過激なくらいがいい。

公然わいせつ罪だって何だろう

2009年04月24日 | Weblog
 草?剛の公然わいせつ罪で、昨日からテレビが大騒ぎをしている。そりゃあ確かに大きなニュースである。本人とその行為とのギャップがあまりにも大き過ぎる。
 でも、前々からずっと不思議に思っているのだが、誰もが持っている、しかも非常に重要な体のある一部を見せるとわいせつ罪になる。「わいせつ」を平仮名で書くと何でもないが、「猥褻」と漢字にすると、実にイメージが明確になる。何で体が猥褻なんだ?
 15世紀末のイタリアに史上非常に有名な男が居る。その名をチェーザレ・ボルジアと言う。塩野七生著『チェーザレ・ボルジアの優雅なる冷酷』は話題を呼んだ本だが、その中に次のような部分がある。
 チェーザレの前に立ち塞がった宿敵の一人にカテリーナ・スフォルツァ伯爵夫人が居る。「最高の精神と度胸を持った女、疑いもなくイタリアのプリマ・ドンナ」と讃えられた女傑であった。
 カテリーナは13歳の時に父親を暗殺され、24歳の時には夫も家臣によって暗殺された。第二の夫も暗殺される。この時の彼女の復習はイタリア中を震駭させたほどのすさまじさだったと言う。そして第一の夫が暗殺された時の話が面白い。

 陰謀者たちが城塞の外に彼女の子供を連れてきて、その城塞を明け渡さなければ子供を殺すとおどした時、城塞の上に立った彼女は、やおらスカートをまくり、大声でどなり返したものである。
 「馬鹿者め、子供などこれであといくらでも作れるのを知らないのか」
 唖然として口を開けたままだった陰謀者たちは、時をかせぐという彼女の計略にまんまと乗ってしまったのである。子供が殺されなかったのはいうまでもない。(新潮文庫版同書から)

 多分、スカートの下には何も着けていなかったはずだ。日本だって、東京・日本橋白木屋の火事の時、女性達は着物の裾がめくれ上がって大恥をかいたので、それ以降、下着を着けるようになったと言う。火事で逃げ出した女性達が公然猥褻罪で捕まったとは聞いていない。
 子供を作ると言う人間にとって最大の重要事に必須の器官が何で猥褻なんだろうか。我が家の愛犬は仰向きになって寝るし、体を撫でてやる時にもその姿勢でうっとりとしている。でも、絶対に猥褻なんかじゃない。亡くなった叔母は風呂から上がった時、「ああ、いいお湯だった」と一糸まとわぬ姿で家族の前に現れるのがいつもの事だった。我が家ではそうした事は無かったから始めは驚いたが、その内にすぐに慣れた。何しろ、叔母の一家はみんな当たり前に思っていたのである。
 猥褻だと思うから猥褻になるのである。
 猥褻だと言うんなら、顔が猥褻な人間だって居るじゃないか。存在その物が猥褻な場合だってある。ね、そんな事言われたら、立つ瀬が無いでしょうが。

 性器が猥褻になるのは、それを使った行為を猥褻だと考えるからである。そんな猥褻な行為を世界中の大人どもが年がら年中やっているのである。馬鹿言っちゃいけない。
 先日も書いたが、痴漢の疑いで、被害者と称する女性は常に正しくて、加害者と名指しされた男性は常に犯罪者になる。それは裁く人間ども、そのほとんどが男性だが、彼等が自分も痴漢になり得ると考えているからである。
 そう、自分が猥褻だから、世のすべてもまた猥褻になるのである。

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
そんなバカ騒ぎです (kojitan)
2009-04-24 12:59:40
ことのほか大きな騒ぎになったと思います。職場の人間が数日前に全裸で徘徊する女性を見かけたという話を聞いたばかりです。陽気な人がいっぱい出てくるのかと思っていた矢先にこの事件です。

逮捕というか、まず酔っ払いなんだから保護という表現を優先したいですね。心情としても。

裸=犯罪というのであれば乱暴な話ですね。だいたい公衆浴場は全員水着着用とかになっちゃいますね。真相には興味がないです。酒乱は自分を含めてたくさんいます。女性に見せびらかしていたわけではないのだし、送検(されたようですが)するほどの話じゃないですね。

そして裸そのものに犯罪性があるとは私にも思えません。犯罪性があるのなら、それこそ裸婦のモニュメントやダビデ像とかそういうものも芸術である前に犯罪になる。間違っても教科書なんかに載せれる代物ではなくなってしまう。「たぶんそんな馬鹿な」と思うかもしれませんけど、そんなバカ騒ぎをしているんですね。
返信する