きのう、自分のブログの確認をしていた。スポンサー・リンクとして、本文のすぐ下に三つの広告が載っている。そのトップの見出しに私は目を引かれてしまった。1000万円を儲ける話である。思わずクリックしてしまった。すると今から有効期間が切れるまで1時間何分何秒と出て、デジタル表示が刻々と変わって行く。しかもそのホームページは明日は閉鎖されると言う。しかも限られた人にしか配信していないと。じゃあ、急がないと。
もう私はここで引っかかっているらしい。
そして途方もない儲け話が次から次へと紹介される。当然、何をどうして儲けたのかは分からない仕組みだ。ただ、インターネットを使う事と、ある決まった事をすれば後は放っておいて良い事だけははっきりしている。
読み進んで行くと、「それでもまだお疑いなら、もう読むのはやめなさい」との忠告が出る。おっ、そこまで自信があるのか。そこまで言われてやめる訳には行かない。そして「何もしないで、現状のままで居る方がいいですか、それとも今、その一歩を踏み出しますか」と来る。
その教科書の価格は、本当は10万円以上にしたいのだが、それだと買いにくい。だから1万円でもいいのだが、それだと内容が疑われてしまう。そこで3万何千円かにした。でも2万9800円にするから、今すぐ申し込みなさい、となる。60日間フォローするから、必ず儲かる。それでも駄目なら何で駄目だったのかを本部で詳しく検証して、理由がきちんとあれば、返金する。それもフォローの出来る範囲の50名に限る。
それで何度も何度も出て来る「いますぐ申し込む」にあおられて、私もクリックしてしまいそうになった。
その時、息子が帰ってきた。そして私は頭から馬鹿にされた。そんなの典型的なやり方じゃないか。一人3万円で千人から集めたらそれで幾らになると思うかと。そうだよなあ。gooのブログだって130万以上ものブログがあるのだ。その1000人はわずか0・08%にしかならない。それくらいなら、申し込む可能性は高いだろう。
私だって、何度も何度も眉につばを付けて読んでいる。それでもあまりにも巧妙に引き付ける工夫がされている。本当に見事だ。私にはとてもこんな文章展開は出来そうにない。
ただ、ほかのブログも見たら、そこにも同じ広告が載っていた。限られた配信ではない事が簡単に分かる。それにしても、株式会社アクトとか株式会社トラストなどの取締役が広告塔になっているが、これもでっちあげなのか。そしてgooも広告なら何でも載せている訳ではなかろうに、とも思う。でも、もしかしたら、そうなのか。
なんて言うと、「心に青雲」のブログ主さんなどからは、馬鹿だなあ、とあきれられてしまうだろう事は確かだ。ほかの方々からも、だからあんたは甘いんだよ、と言われてしまうだろう。ただ、私は今経済的に行き詰まっていて、心が弱くなっている。そうした弱さは格好の標的になる。私自身、○○に騙されてはいけない、と発信しているのに。落語に、カネの無いのは首の無いのも同じ、と言う言葉がある。
でも、弱くなってはいけないのだ。雨雲のその上には晴れた青空がある。この広告が私に真実に今更ながら気付かせてくれた事だけは認めるとするか。
でも今日の東京新聞の「今日の運勢」には妻ともども笑ってしまった。妻と私の生まれ年は「高所の生活よりどん底の生活に黒光りがある」。ホント笑えるでしょう。これは運勢と言うよりも教訓である。教訓なら別に易者じゃなくても出来る。そう言えば、誰かも細木数子さんの占いは人生の教訓ばかりだ、と書いていたっけ。
もう私はここで引っかかっているらしい。
そして途方もない儲け話が次から次へと紹介される。当然、何をどうして儲けたのかは分からない仕組みだ。ただ、インターネットを使う事と、ある決まった事をすれば後は放っておいて良い事だけははっきりしている。
読み進んで行くと、「それでもまだお疑いなら、もう読むのはやめなさい」との忠告が出る。おっ、そこまで自信があるのか。そこまで言われてやめる訳には行かない。そして「何もしないで、現状のままで居る方がいいですか、それとも今、その一歩を踏み出しますか」と来る。
その教科書の価格は、本当は10万円以上にしたいのだが、それだと買いにくい。だから1万円でもいいのだが、それだと内容が疑われてしまう。そこで3万何千円かにした。でも2万9800円にするから、今すぐ申し込みなさい、となる。60日間フォローするから、必ず儲かる。それでも駄目なら何で駄目だったのかを本部で詳しく検証して、理由がきちんとあれば、返金する。それもフォローの出来る範囲の50名に限る。
それで何度も何度も出て来る「いますぐ申し込む」にあおられて、私もクリックしてしまいそうになった。
その時、息子が帰ってきた。そして私は頭から馬鹿にされた。そんなの典型的なやり方じゃないか。一人3万円で千人から集めたらそれで幾らになると思うかと。そうだよなあ。gooのブログだって130万以上ものブログがあるのだ。その1000人はわずか0・08%にしかならない。それくらいなら、申し込む可能性は高いだろう。
私だって、何度も何度も眉につばを付けて読んでいる。それでもあまりにも巧妙に引き付ける工夫がされている。本当に見事だ。私にはとてもこんな文章展開は出来そうにない。
ただ、ほかのブログも見たら、そこにも同じ広告が載っていた。限られた配信ではない事が簡単に分かる。それにしても、株式会社アクトとか株式会社トラストなどの取締役が広告塔になっているが、これもでっちあげなのか。そしてgooも広告なら何でも載せている訳ではなかろうに、とも思う。でも、もしかしたら、そうなのか。
なんて言うと、「心に青雲」のブログ主さんなどからは、馬鹿だなあ、とあきれられてしまうだろう事は確かだ。ほかの方々からも、だからあんたは甘いんだよ、と言われてしまうだろう。ただ、私は今経済的に行き詰まっていて、心が弱くなっている。そうした弱さは格好の標的になる。私自身、○○に騙されてはいけない、と発信しているのに。落語に、カネの無いのは首の無いのも同じ、と言う言葉がある。
でも、弱くなってはいけないのだ。雨雲のその上には晴れた青空がある。この広告が私に真実に今更ながら気付かせてくれた事だけは認めるとするか。
でも今日の東京新聞の「今日の運勢」には妻ともども笑ってしまった。妻と私の生まれ年は「高所の生活よりどん底の生活に黒光りがある」。ホント笑えるでしょう。これは運勢と言うよりも教訓である。教訓なら別に易者じゃなくても出来る。そう言えば、誰かも細木数子さんの占いは人生の教訓ばかりだ、と書いていたっけ。
↓
そんなことはありませんよ。
「経済的に行き詰まっていて、心が弱くなっている」というのは、よくわかります。
私はただ、それでも、にもかかわらず、ブログではいっさいグチを言わずに意気軒昂を保とうとしているだけのことです。
武士は食わねど高楊枝です。
ところで、私のブログに、面白いコメントが投稿されました。
「唱歌・童謡論 浜辺の歌」
http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/38a548db5e1b383f172a9c8acc4d86ad?st=0
なかなかの教養人とお見受けするかたです。
歴史的仮名遣いについて論じておられます。
夏木さんはどう思われますか?
「文語文」の「現代仮名遣い」表記の問題ですね。
私は自分の教養のなさに恥じ入ります。
以下が「まへかは様」のご指摘です。
~~~~~~~~~~~~~~
戦後の「国語改革」の是非について、さまざまな考へがあると思ひますが、この「改革」が、古典との断絶を助長したことは否めないでせう。
しかしながら、少くとも学校で学ぶ教科書においては、文語文は「歴史的仮名遣」で表記されてゐます。「現代仮名遣い」は「口語文」に適用するのが原則ですから当然のことではあります。
ところが、一般書籍にあつては、古文漢文などの文語文でも「現代仮名遣い」に改変されて出版されるのが最近の傾向になつてきました。従つて古文ならぬ「文語詩」たる唱歌の歌詞は、随分前から「現代仮名遣い」で出版されてきました。
唱歌が「現代仮名遣い」になつてゐるのは、おそらくその手の出版物から引用されたためでありませうが、唱歌も文語文である以上、やはり「歴史的仮名遣」で表記される方がよくはないでせうか。
原典尊重の意味からもさうですが、若者には昔のかなづかひでは難しからう(あるいは古い仮名遣では若者に買つてもらへないだらう)といふ出版社の思惑が、どうにも納得がゆきません。
書くのは確かに若者に難しいでせうが、読む方はすぐに慣れますし、何といつても文語文を「現代仮名遣い」表記に改変すると滑稽な矛盾も出てきてしまふからです。
今回の記事でいへば、たとへば次の一節。
■男児 志を立てて郷関を出ず
「出ず」は「出づ」と表記しなければ「でず」としか読めず、全く正反対の意味になつてしまひませう。
「螢の光」の一節、「さきくとばかりうたふなり」は、むかしから「ウトーナリ」と歌つてきました。ところがこれを「うたうなり」と仮名遣を変へてしまふと「ウタウナリ」としか読めなくなつてしまひます。歴史的仮名遣であれば「ウタウ」とも「ウトー」とも、時に応じて読み分けることが可能なのですが、「現代仮名遣い」ではさうもゆきません。
そんなわけで、「文語文」の「現代仮名遣い」表記には、大いなる疑問を感じてゐます。(長文失礼しました)
ところで、ずいぶんと難しい問題を振ってくれるじゃありませんか。私だって漢字廃止論なんかとんでもないと思うし、色々と言いたい事は山ほどありますよ。ただ、それと旧仮名遣いの問題は全く別ですからねえ。
私は古い人間なので、旧仮名など何の雑作も無く読めます。書くのは難しいですけど。時には旧仮名遣いになっている事に全く気付かない事だってあります。それほど自然に読めてしまいます。元々、旧仮名遣いが自然だったからだと思っていますが。
だから、古文は当然に旧仮名遣いで表記すべきであると思います。古語は現代語とは違う訳で,古語として成立する表記でなければならないのはごく当然の事だと考えます。ただ、難しい事もあるのでは。例えば「白妙」は「しろたへ」です。これを古くは文字通り「しろたへ」、もっと古くは「しろたふぇ」と発音していたと思います。だからと言って、現在、古文では「しろたえ」ではなく「しろたへ」と読め、と言う事にはならないのだと思うからです。
取り敢えず取り掛かってみましたが、この事は折に触れて、もっと考えてみたいと思います。
// ここから一回め
もと出版社勤務。定年後、擴張ヘボン式なる翻字式ローマ字を提唱してをります。
これで轉寫してみると歴史的假名遣の合理性が判然。
考へてみれば現代假名遣と言はれるものは、いはばローマ字化のための一里塚であって、ローマ字で書き表さない假名の使用を贅澤だと制限しただめに生じたこと。だから制限假名字母表記。ヰヱヲやヂヅ、それから轉呼するハ行假名を原則的に用ゐさへしなければ、だれもとがめだてしないでせう。
歴史的假名遣を實踐すれば、すぐに見破られる。現役の人、特に文部省管轄下の教育機關の方の場合は實踐するのに勇氣が必要だらうことが少し判ってきました。私の場合も現役時代にはできなかった。
また歴史的假名遣で書く場合は間違ひかさうでないかが問題になる。最初から間違はずに書くのも難しい。
表音小英和といふ辭典では、四假名は知ってゐる限りにおいてですが、歴史的假名遣にした。はっきり切替へることにしてからは三省堂『新舊かなづかひ便覽』を手放したことがない。
さういふことをメルマガ「頂門の一針」に書いてをります。
1815號「ハハが老いてババ、チチが老いてヂヂ」
1831號「三省堂『新舊かなづかひ便覽』」
1836號「玉を改むれば行を改む」
などを御參照いただければさいはひです。
// ここから二回め
早速讀んで下さいまして有難うございます。
メルマガ「頂門の一針」に昨年はだいぶ書きました。
それが眞道重明といふ方のサイトの言葉の詮索(三)の「言葉の諸問題」で讀むことができます。A4で80頁弱。目次は末尾です。
「懷かしい唄」といふところへのリンクもありますが其の二に「濱邊の歌」もありますので、そのうち覗いてみて下さい。
なほ、其の一にあるリンクの C は擴張ヘボン式についてのもの。これも御參照いただければさいはひです。
kmns(underscore)tsw at yahoo
假名遣についてメルマガ「頂門の一針」に書いてをりますが、學者ではありません。思ひつきが最初にあります。それが強みの場合もあるでせうが、弱みの場合もあるかと思ひます。
1841號に書いたこと、末尾にハングルの轉寫法から思ひついたことを書きました。
四假名(ジヂ、ズヅ)をサ行音に制限したのが文部省式。しかしハングルではタ行音ととる。
タ行サ行の違ひが清濁の違ひより大きいとするのが平安時代の表記法。このことは今でも變ってないやうに思ふものです。ですからムツカシイ、ムズカシイと分けたことはとんでもないことであった。
假名字母を制限することが問題なのですが、制限するなら文部省式を逆にして、ヂヅを原則として、連濁の場合はジズとした方が簡單だったのではないでせうか。
ツヅク、チヂム等の説明が如何にも苦しく思はれます。
サ行といふ問題の立て方が何時の時點で可能になるのかもしりませんが、その場合當然タ行なるものもあったとするのでせう。さうすると、タ行サ行の關係はどのやうなものであったかが氣になります。體系としてはホメオスターシスが働くはずだからです。
戰前のヂやヅが今ならばディあるいはドゥと表記されるやうな場合に用ゐられたといふこと、これは今の我々の知識から十分に推測できることだと思ひますし、その場合に破擦音も摩擦音もジズで表現しなければならなかったといふことはあったと思ひます。
ハングル假名對應表
http://kajiritate-no-hangul.com/kana.html
をみるとザ行音はチヂと同じ(擴張ヘボン式でかけば ch もしくは j)ですが、サ行は s であって ts の場合の音節は認めてない。
子供のときに百人一首などやったことがない。何かのやぶれた頁で覺えたのは喜撰法師の「わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり」。これが宇治と憂(ウシ)と掛け詞だとされる。では、チとシは如何なる音であったか。そんなことが理由でツァだったなどといふのでせうか。
いづれにしても括弧にくくるべき(エポケーすべき)事柄のやうに思ひます。
どうもとりとめがありません。ところでこのコメント、上限はどれほどでせうか。
さ tsa
ざ dza
す tsu
ず dzu
そ tso
ぞ dzo
これに対して「ち・ぢ」は「ti di」「つ・づ」は「tu du」になっています。
ただ、「せ・ぜ」はそこでは「se ze」になっていますが、これは宣教師が居た時代には「しぇ・じぇ」だったはずです。何しろ,関東では「しぇかい」(世界)を柔らかく「せかい」と発音する、と書かれていますから。せ→しぇ→せと変化したとは思えません。
旧仮名遣いについては、私にはとても難しいので、少しずつ考えて行きたいと思っています。ですから、このあたりで、一応は打ち切りたいと考えています。
日本語のサ行は古くはツァ・ツィ・ツ・ツェ・ツォだっといふこと、さしあたってエポケーすべきことではないかと申しましたが考へが到りませんでした。
他の行はいざ知らず、サ行だけの問題だとするなら、そんなことは考へにくい。何故なら、音韻は他との區別の體系だから、ツァ・ツィ・ツ・ツェ・ツォではタ行に接近しすぎるし、とくに s より發音しやすい音でもないから、せいぜいが、さういふ發音をする人もあったかもしれないといふ程度だらうとは思ひます。
さうであればこそ、なぜ ts であったとされるのか、これは大いに興味をそそられること。それで最寄りの圖書館で中央公論社『日本語の世界』を何卷もめくってみたのですが見つけることができませんでした。もし、詳しく思ひ出されたら教へて下さい。