テレビの朝のニュースワイドショーでは必ず新聞各紙の色々な記事を紹介する。そしてそれは記事をそのまま見せるだけである。そこにテレビ局独自の取材など皆無である。なぜか。取材をしていないからである。テレビが取材をしているのは、大きな事件とかで報道各社が一斉に出動する時だけのように見える。テレビの今までのニュースを録画している訳ではないから、明確な事は言えないが、事、情報に関してはテレビは遅れていると思う。
テレビは新聞社から情報を貰っているのではないのか。そのテレビを見て、総理は今度の事件を知った。今回のテレビ報道が一番早かったのだろうとは思う。何しろ常に情報を流しているのだから、新聞は太刀打ちが出来ない。だが、それと総理がテレビで情報を知った事とは関係が無い。
総理を経験したら、やめられない、と聞いた。何がそんなに魅力的なのか。聞く所によると、それは情報力だと言う。どんな情報も入って来ると言う。知らなくても良い事までもが入って来る。それはきっと面白いだろう。居ながらにして、裏の裏まで分かるのである。もっとも、それは官邸の力次第でもある。
情報は何で官邸に集まるのか。それは情報が金になり、権力や利権に結び付くからだろう。何の得にもならないのに、御注進、御注進、とばかりに情報を持ち込むのは腰巾着くらいのものだろう。官邸には黙っていても情報が集まる仕組みなのだ。
それが菅総理の官邸には無い。総理に力が無いからである。利権を餌にしていないらしいのは良いのだが、良い人材を登用すると言う方法はある。しかしそれすらしていないようだ。総理には、何よりも組織の長としての力が必要だ。それは人間性だけでは駄目だ。人間としての魅力も無い、組織力も無い、では当然に求心力が無い。多分、どんなに号令を掛けても情報は集まらないだろう。こうした時、普通は「私の不徳のいたす所でございます」と反省する。でも、総理には開き直りしか見えない。
私は民主党内閣は不慣れでもあるから、初めからうまく行かなくても仕方がないか、と思っている。不慣れを問題にするなら、慣れた自民党内閣なら良い政治が出来る事になるが、そんな訳が無いのは国民がよく知っている。だからこそ、不慣れを承知で民主党を支持したのではないか。
だが、不慣れもここまで来るとお手上げになる。一体、どれくらいの時間があれば慣れると言うのか。これはどうも慣れの問題ではないらしい。資質の問題である。「玉石混交」と言う言葉があるが、石ころばかりの中に二つとか三つくらい玉がある程度だろう。中には石ころではなく、どっかと居座った邪魔な石もある。なお、この「玉」は「たま」ではなく「ぎょく」である。「ぎょく」とは宝石の事である。
宝石ばかりの内閣なんてあり得ないだろうから、仕方が無いが、それにしても石ころが多過ぎるのではないだろうか。菅さんはどうも磨いても光らないようだし。昔は光っていたように見えたけどなあ。その光だってまやかしだったようだから、もう、何をか言わんや。
でも、こうやって、日本には情報力が無い、と言う事が世界中に知れ渡ってしまう事が恐ろしい。もっとも、そんな事はとっくの昔に知れ渡っていて、だから中共もロシアも日本に対して勝手をし放題なのだ。情報力も無い、知恵も無い、力も無い、となったら馬鹿にされるのは火を見るよりも明らかである。
テレビは新聞社から情報を貰っているのではないのか。そのテレビを見て、総理は今度の事件を知った。今回のテレビ報道が一番早かったのだろうとは思う。何しろ常に情報を流しているのだから、新聞は太刀打ちが出来ない。だが、それと総理がテレビで情報を知った事とは関係が無い。
総理を経験したら、やめられない、と聞いた。何がそんなに魅力的なのか。聞く所によると、それは情報力だと言う。どんな情報も入って来ると言う。知らなくても良い事までもが入って来る。それはきっと面白いだろう。居ながらにして、裏の裏まで分かるのである。もっとも、それは官邸の力次第でもある。
情報は何で官邸に集まるのか。それは情報が金になり、権力や利権に結び付くからだろう。何の得にもならないのに、御注進、御注進、とばかりに情報を持ち込むのは腰巾着くらいのものだろう。官邸には黙っていても情報が集まる仕組みなのだ。
それが菅総理の官邸には無い。総理に力が無いからである。利権を餌にしていないらしいのは良いのだが、良い人材を登用すると言う方法はある。しかしそれすらしていないようだ。総理には、何よりも組織の長としての力が必要だ。それは人間性だけでは駄目だ。人間としての魅力も無い、組織力も無い、では当然に求心力が無い。多分、どんなに号令を掛けても情報は集まらないだろう。こうした時、普通は「私の不徳のいたす所でございます」と反省する。でも、総理には開き直りしか見えない。
私は民主党内閣は不慣れでもあるから、初めからうまく行かなくても仕方がないか、と思っている。不慣れを問題にするなら、慣れた自民党内閣なら良い政治が出来る事になるが、そんな訳が無いのは国民がよく知っている。だからこそ、不慣れを承知で民主党を支持したのではないか。
だが、不慣れもここまで来るとお手上げになる。一体、どれくらいの時間があれば慣れると言うのか。これはどうも慣れの問題ではないらしい。資質の問題である。「玉石混交」と言う言葉があるが、石ころばかりの中に二つとか三つくらい玉がある程度だろう。中には石ころではなく、どっかと居座った邪魔な石もある。なお、この「玉」は「たま」ではなく「ぎょく」である。「ぎょく」とは宝石の事である。
宝石ばかりの内閣なんてあり得ないだろうから、仕方が無いが、それにしても石ころが多過ぎるのではないだろうか。菅さんはどうも磨いても光らないようだし。昔は光っていたように見えたけどなあ。その光だってまやかしだったようだから、もう、何をか言わんや。
でも、こうやって、日本には情報力が無い、と言う事が世界中に知れ渡ってしまう事が恐ろしい。もっとも、そんな事はとっくの昔に知れ渡っていて、だから中共もロシアも日本に対して勝手をし放題なのだ。情報力も無い、知恵も無い、力も無い、となったら馬鹿にされるのは火を見るよりも明らかである。