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プロポーズ小作戦5

2009-03-24 00:00:43 | コードギアス
プロポーズ小作戦5

涙は共鳴する。
笑顔は感染する。

誰が言ったのか知らないが、この日の天子はその典型だった。朝、またすぐ切られちゃうかもとびくびくしながら星刻に電話をかけた。
やっぱりすぐ切られてしまった。くすんと泣いていたら古株の女官に怒られた。
「天子らしくしなさい」
天子らしくと言われても、天子には何が天子らしい事なのか分からない。
しょんぼりしていると星刻が選び抜いた教師に発音が悪いと怒られた。ブリタニア語、とくに古語は難しい。ブリタニア人でさえも禄に話せない人も多い。でも政治に携われるなら、必須の言語である。気持ちが落ち込んでいるせいかこのところ帝王学の講義もなかなか進まない。

豪華絢爛きわまる朱禁城だが、中には自然に近い場所もある。
たんぽぽやスミレが咲く小さな庭。天子のお気に入りの場所である。
もっとも、ジノは気が付いた。一見自然のままに見せかけているが実は巧妙に管理されている。野性の野バラが1本のとげも無いなどありえない。空が見えてはいるが、ここは温室構造だ。
巨大な箱庭と言うわけだ。声に出さずジノはつぶやく。
あの男の天子に対する過保護振りがわかろうというものだ。ジノはさりげなく野バラの枝に上着をかけた。

中華連邦大司馬の公館で長い髪の男が舌打ちした。この館の主、黎星刻である。書類を裁いた後、それには捕虜の処刑や地方軍の粛清も含まれている、お気に入りの庭でお茶にしている天子を見ていたらいきなり画面が消えた。ジノのかけた上着のせいである。上着をかける直前のジノの顔、声にはしていないが唇の動きで分かる。「星刻、こういうのはストーカーだぜ」

上着をかけた後、ジノは天子の髪をなぜた。
とたんにポロリと落ちる涙。
(あー、我慢していたんだな)
ジノは天子を抱きこんだ。ジノはもうずいぶん以前、スザクにもこうした事がある。相手が女の子だという認識は薄かった。

「星刻は私が何もできないから怒っているのかしら」
泣くだけ泣いてようやく天子はそう言いはじめた。
「もう公務はしているでしょう」
何もできないわけじゃないとジノは言ってやる。
「星刻がいないとわからないの。わたしはこの国のことさえ知らないの」
それは天子の責任ではない。3歳になるかならないかの頃、天子にされ、以来10年間お人形だった。それからの運命の変転は彼女をお人形から国主にかえたが、いまだ自分の国を見てまわる暇も無い。本来なら各地を回りたいところだが、中華は荒れている。民族独立運動、分断統治派、盗賊、黒の団を名乗るテロリストグループ、天子が安全にいられるのは洛陽のそれも朱禁城近辺に限られた。
それでも彼女は国が乱れ、日々刻々大量の死者や被害者が出ていることに心を痛めている。
「あまり我慢していると痛いのがわからなくなる」
だから泣いていいとジノは彼女の髪をそっとなぜる。
「違うの」
激しく天子は首を振る」
「それも悲しいけど、それよりも、星刻が隠すの。戦場に行くことも誰かを殺す事も、私が何もできないから」
(あ、スザクと同じだ)
大切にしたいたった一人の人だから、もう僕にはナナリーしか守りたい人がいないから、そう言って俯いたスザク。もしあの時自分が無理やりにでも『お前が抱えているのはなんだ!』と問い詰めたら、アッシュフォードで出会った「先輩」と呼んだ人は生きていてくれただろうか。
考えても仕方がない。そう思って記憶の底に押し込めた後悔。ゼロ・レクイエムに関わった者はそれぞれに押し込めているものがある。
ジノのそれは、生きているのに死んでしまっている同僚への感情がからみより複雑だ。

「天子様、古語のご教授は進んでいますか」
天子の鳴き声で飛んで来た女官を適当に追い払い、お茶のおかわりだけ受け取って神楽耶が戻って来る。
「・・・怒られたの」
しょぼんと天子は答える。
「私も古語には苦労しました」
「神楽耶も」
天子にとって神楽耶は何でもわかっているお姉さんだ。その神楽耶が苦労したの?
「あぁ、古語はもう言葉じゃないからなぁ。私もずいぶん苦労した」
しみじみとジノが答える。
「まぁ、」
これには神楽耶も驚いた。
「私はみそっかすの4男で期待されてなかったからなぁ。兄達は子供の頃から普通に使って覚えていたけど」
軍人を選びナイトオブスリーになって、初めて覚える必要に迫られたジノは戦場よりも語学に苦労した。それゆえに、天子の苦労がわかる。
だから、次の言葉はすんなり出てきた。
「少し気分を変えて.私を家庭教師にしてみないか」
「お兄ちゃんが?」
「そうですね。ぜひそうなさいませ。天子様。ジノは深く考えるのはできませんが、頭はいいですよ。それに護衛の役にも立ちます。1台2役でお買い得ですわ」
「褒められている気がしないけどなぁ」
明るい笑い声は温室のガラスさえも軽々と超えて、空に消えた。



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