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32 砂漠の九頭竜

2007-01-03 13:06:45 | 鋼の錬金術師
32 砂漠の九頭竜

 「アル!アルー!」
緑陰荘の浄化されきった空気を引き裂く悲鳴は夜明け前に起きた。
椅子の上で仮眠中だったラッセルが飛び起きて興奮状態のエドを抱きしめた。だが今までならロイかラッセルにしっかりと抱かれれば収まっていたはずのエドはその日だけは叫び続けるのをやめなかった。
「アルが砂に飲まれた。俺が助けるんだ。アルが!」
「エド!」
抱く腕に力を込めてもエドの意識は正常に戻らない。あまりに長い興奮状態は肉体に悪影響を与える。
(しかたないな)
ラッセルは思い切って強く眠りの陣を打った。肩に彫りこまれた練成陣が急に熱くなる。
「アル・・・ アルが・・・」
つぶやいた後急速にエドは眠りだした。
「夢か。お前の見る夢も自由にできればいいのにな」
ラッセルの手がエドの金の髪に触れる。旅をしていたときに比べ幾分細くなってしまった髪に。
エドの髪は肩を超えている。さらさらと手触りのよい髪をラッセルは手ですいた。

思っていたより早くエドは目を覚ました。
「アルが」
目を覚ますと同時に言い出した。
「いやな夢を見たのか」
小さなグラスにミネラルウォーターをついで差し出した。エドが飛びつくように飲み干した。
「アルが危ないんだ。助けに行かないと」
グラスを放り出してベッドを下りる。だが急には動けなかった。倒れかけたエドをラッセルが楽々と受け止めた。一見細く頼りなく見えてもラッセルの力は強い。このところ少し体調を崩しているがそれでもエドを受け止めるぐらいはわけも無い

「夢だよ。離れているから気になるのだろう」
「違う。アルが砂に埋まっていくんだ。夢じゃない。ロイに会わないと、アルの居場所はロイしか知らない」
また立ち上がろうとするエドをラッセルはベッドに押し戻した。
アルの居場所、それはラッセルも気にしていた。ここに来てすぐアルの不在に気づいた。そしてエドの口からアルの名が出ないことにも。ラッセルは自分がもっと鈍いやつなら良かったと思った。そうすれば何も気づかずにアルのことを訊けたのだ。なまじっか気配が読めるだけに訊くこともできなかった。ここに来さすとき弟にもアルの名を口にするなと厳しく言ってある。

 はるか遠い砂漠で、一人の少女が泣いていた。涙を見せたことのない彼女が始めて泣いた。
「アル!生きていて!リン様が必ず助けてくださる。だから生きていて」
砂漠の砂がランファンの声を飲み込んだ。今太陽はゆっくりと昇りつつある。彼女から二十メートルと離れていない場所で、アルフォンスは砂漠の流砂に飲まれていったのだ。
 あの日、30メートルにも及ぶ竜を呼んで(練成して)見せたことでヤオ族は一歩リードした。
アルはこれでリンが皇帝になれると考えていた。しかし、現実の政治はそれほど単純ではなかった。
竜の舞は確かに様々な階層に影響を与えた。竜を見た兵士階級はすっかり畏れリンを竜王と見ている。しかし、貴族階級は練成についても多少の知識があった。あの竜が本物でなく(もともと本物の竜がいるか否かは別として)砂を材料にされた作り物であることはわかっている。それよりもあのときのリンの堂々たる態度と風格が評価の対象になった。さらに地方にいたヤオ族の中堅達がやってきて死傷した者達にかわって戦力の中心となった。
リンはもともとアメストリスとの密貿易を含めヤオ族を富ませることに熱心だった。いやそれはリン以前の族長達からの伝統でもあった。その利益を惜しみなく賂として使いヤオ族は高級官僚や宦官達、大物武将や他の一族とも手を握っていた。
皇帝の第2子との将来の約束が結ばれたのはヤオ族の長年の努力の賜物であった。皇帝の第2子は女であった。すでに35歳であるが誰もそれを問題にしなかった。
「リンはその人を好きなの?」
鎧になったときから変わらない少年の高い声で訊いたのはアルだけである。
「会ったことねーよ。もう35歳だしねぇ」
アメストリスの言葉で会話は交わされる。
「好きでもないのに奥さんにするの?」
「皇后になれるなら相手が1歳でも気にしないだろうね」
「リンはどうなの?」
「俺は、皇帝になるために生まれたんだ」
リンは前にも言った答えを返す。
理解はできても納得はできないという風なアルにリンは笑いかける。
「アルは、元に戻ったら好きな女と幸せになれよ。お前いい男だし、兄貴と違って器も身長もでかいからもてまくるぞ」
「兄さんに聞こえてるかもよ。僕たちは繋がっているのだから」
「別にエドをチビとはっきり言ってるわけじゃないよ」
薄絹のカーテンを開いてランファンがひざまずいた。
「リン様、お時間です。アルを錬丹師達が迎えに来ています」
アルはこのところ錬丹術を学んでいた。今日は街中では行いにくい術を学ぶため砂漠にいくことになっていた。それは予感だったのか。リンは他の部族の者がアルを害する可能性を考え一族の腕の立つ者を20人つけさらにランファンを同行させた。
そして、やはり襲撃はあった。アルは戦う者達を援護する壁を作り、錬丹師達をかばって後退した。
叫びが上がった。
「助けてくれ!九頭竜だ!」
錬丹術師達が流砂に飲み込まれていく。九頭竜、それは砂漠の民に恐れられている流砂であった。
ランファンはすぐ助けに行こうとした。砂漠の掟では流砂に飲まれる者がいれば敵味方なく助け合うこととなっている。今まで掟に逆らったものはいない。しかし襲撃者は流砂に飲まれるものの姿を見ても戦いを止めない。アルが一人の錬丹術師を救い上げオアシスの方向へ投げた。さらに一人。だが、その足元が急速に埋まっていく。
「アル!逃げて!」
うなずくアル。しかし鎧の体を支えるには動き出した砂はあまりにもろかった。
踏み出した足もとが大きく崩れる。支えようとついた手が砂に飲み込まれる。
アルのほうに走り出したランファンに刀が迫る。左手が切られた。その襲撃者をヤオ族の若者が刺し殺した。
「アルー!」
すでに首だけが見えているアルにランファンは走った。
「来るな!」
こんなときなのにアルが笑っているように彼女には見えた。
「リンに伝えて。手伝えなくてごめんと。それと兄さんを」
鎧の姿が完全に消えた。さらに何もかも流そうとするように砂は流れていく。
少女の鳴き声だけが砂を見送った。

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