金属中毒

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69 人間兵器

2007-01-03 16:12:00 | 鋼の錬金術師
69 人間兵器

ラッセルが何をする気なのか本当のところブロッシュにはわからない。
あれほど近くにいるエドとロイでさえ、相手の練成を100㌫理解していないと聞く。以前ラッセルは笑って言った。
「理解しろと言うほうが無理だな。何しろ本人でさえわからないところがあるから」
本気か冗談か、本人はどちらのつもりだったのだろう。
だが説明位しても良いではないかと思う。15分ほど体育館の壁に手を付いていたかと思うと、次の言葉は人質を回収しに行こうである。
あの上司の大型で豪快極まる術に慣れているせいだろうが、ラッセルのやり方は理解しにくかった。
だが、その不満も角を曲がるまでだった。意地で平気な顔を見せていたのだろう。彼は息を乱し座り込んだきり立てなくなっていた。
「まったく」
「だって、フレッチャーに報告するなんて言ったから」
弟に言われたくない一心で意地を張ったらしい。
(ひょっとしなくてもこの人エド君より子供だ!)
「練成光は?」
ようやく違和感に気づいた。練成には付き物のはずの光が無かったのだ。
「低出力なら目立たない」
「??」
返答はあったが理解できない。
「練成光は余分なエネルギーの放射だろう。低出力なら出なくて当然だ」
ブロッシユはそれほど錬金術に詳しくは無い。しかし、練成光無しの練成など聞いたことがない。

青い顔をした子供たちが体育館から飛び出してきた。中には自分で歩けず上級生に抱えられている子もいる。
「いったい何が」
飛び出してくる子供たちの中に孫の姿を見つけ老中将は軍人から祖父に戻ってしまった。
12歳になる孫はこの祖父の自慢だった。文武両道に優れいずれは祖父のように優れた軍人になると期待されていた。
その孫が祖父を見たとたんに半泣き顔になっている。
「おじい様、化け物が、犯人が化け物になった」
人質にされた恐怖で孫がおかしくなったのではと祖父は孫の目を覗き込む。
しかし、孫は真剣だった。彼は見たものを見たままに言っているだけだった。
どうやらすべての原因は少し前に姿を消した、銀色の青年にありそうだった。
彼が今年唯一の推薦枠合格者であることはわかっている。
国家錬金術師、一名を人間兵器。

少し前の話になる。
相手が子供ということで油断したのか、犯人たちは一箇所に人質を集めて3人が銃を持って見張るだけで特に縛り上げたりはしなかった。彼らは威嚇のつもりか時折子供たちに銃を向けてくる。
(小さい子がいなければ)
トーマスは抱きついて震える下級生を宥めるように背中をたたいてやる。
祖父からはいつも『軍人たるものは…』と言われている。祖父の理想はあのアームストロング元将軍である。弱い民を助けることこそが軍人のあるべき姿と祖父は言う。もっとも祖父がそれを完全に実行しているかは疑問があるが。
トーマスは護身用に銃を持っている。違法だが祖父が中将ともなると襲われた回数は片手では足りない。
一人ならば何とかできる。最悪でも自分が死ねば終わる。
「僕はシラキ中将の孫だ。人質は僕一人で十分だろ。ほかの子は返してやれ」
見張りの一人が濁った目をこっちに向ける。何か薬を使っているのかもしれない。
「確かにほかのはいらねぇなぁ」
ぐいっと一番小さい子をつかみ出す。
ひぃーと子供の悲鳴が上がる。
「何をする!」
「こいつを連れて行って見せしめにぶち抜くのさ」
見張りの銃が子供の胸に当てられた。
「ばーんてな」
「やめろ!」
無意味と気づいたのは相手に銃を向けてからだった。
(最悪という言葉で作文が書けそうだ)
ここにいるだけでも3人。しかも撃ち慣れているらしいテロリスト達。
残り二人の銃が自分の方を向く。
(おじい様。約束を守れませんでした)
覚悟を決めてテロリストを睨み返す。せめて俯いて死にたくはない。
異常に気づいたのはその直後だった。
何か細い線のような物がテロリスト達の足元から上へと這い登る。
「                 」
声にならない叫びをあげて、テロリストが倒れた。
(何だ?)
そこから先はもし見たくない物を一つあげろといわれたらためらうことなくこの数分間(正確にはわからないが)を挙げたくなるシーンだった。
 以前、学校の実習で様々な環境下での死体の観察実習があった。水中、湿地帯、高温高湿、乾燥地帯などあらゆる環境下で死体が腐敗し変質していくのを観察する。死体に不自由しない軍幼年学校ならではのそれは一応希望者のみとなっていた。興味深いのは超高温の炎で焼いた後の腐敗の進行であった。
 トーマスがこれだけはいやだと思ったのは大きく膨れ上がる水死体であった。逆にまだしもましだと思ったのは砂漠の乾燥死体であった。
黒バエのうじに皮膚を残して脂肪層を食い荒らされた死体。うじの動きに応じて空っぽの手が動いたのは偶然とわかっていたが食欲を無くすのには十分だった。
古代人はミイラを作って埋葬した。乾燥死体は埋葬といえないこともない。
しかし、その乾燥プロセスを時間圧縮で、生きている状態から目の前で見せられるのはとうてい愉快とは言えない。
子供達が泣き叫ぶ。女の子が吐く。
トーマスは責任感と逆に強すぎるショックのせいで嘔吐を免れた。
テロリスト達は干からびていった。
皮膚にしわがよる。指の皮膚が骨に張り付く。目が大きく開かれたまま一気にくぼむ。口が開く。叫び声は無い。
見えているのは手と顔・首までだが、服の下でも同じことが起きているのだろう。

下級生の泣き声でトーマスは自分が硬直しているのに気づいた。テロリストに銃を向けたまま近づき足でけった。
かさりと乾いた音がした気がした。
生きているかはわからなかった。そんなことはどうでもよかった。逃げようと思った。そのときにはほかのテロリストがどうなっているかなど考える余裕は無かった。小さい子を抱え、泣く女の子をひきずって体育館を出る。他の子供に低い声で付いて来るように言った。祖父の顔を見たら気が緩んだ。
泣いた。

70 罪を盗む

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