金属中毒

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26 帰国

2007-01-03 01:41:03 | 鋼の錬金術師
26 帰国

ランファンが帰国を言い出したのはノックスがとんでもないオペを見せられてから20日ほど過ぎた朝だった。
「ここでできることはもう無い。帰りたきゃ帰れ」
医者の役目は終わったと言いたげにノックスは振り向きもしないで答えた。
細かい理由は知らないし、知りたくも無い。ロイのくそガキがいきなり連れて来た女というより娘。左腕はノックスが切断した。もはや皮1枚でつながっているだけのそれは切り落とすしかなかった。娘は当初何も言わなかった。うわごともシンの言葉なのでわからなかった。
それでも一緒に暮らすうちに緊張が解けたのか、具体的な単語は無かったが大事な人がやむを得ず国に帰ってしまった。早く帰国してお役に立ちたいということを訛りのある言葉で言った。
 多分この娘もデタラメショーにかかわっているのだろう。めんどうを押し付けたロイはその後この娘のことを尋ねもしない。

(リン様、国はどうなっているのですか?)
この国にはシンの情報は入りにくい。
リンは本国からの緊急連絡でやむを得ず帰国していた。
ヤオ族の戦力の中心となるべき者たちが半数以上殺害されたというのだ。残りも重軽傷を負いすぐには使い物にはならないという。襲ったものは山賊ということだったが山賊に擬した他の部族の襲撃であることはあまりにも明らかだった。
帰国するときリンはある存在を伴った。不死の鋼鉄の巨人と見せかけることのできるアルフォンス・エルリックを。
アルにはアルのシンに行きたい目的があった。すべての流れがひとつの形をとろうとしているときに彼の兄は死病に倒れたのだ。『あと1年持つかどうかです』。アメストリスの医師に見捨てられた兄のために弟はたった一つの可能性に賭けた。皇帝侍医たる神農に兄を治させることを。そのためになんとしてもリンに皇帝になってもらう必要があった。

「おまえか」
伸び放題の庭木によりかかっていたのはあの時とんでもないオペを見せた若者である。名はトリンガムとかいった。
青白い顔に紫がかった唇、あまり調子がよくないらしい。
「何の用だ」
家の中に入れるとあの娘がいる。どちらもロイがらみだから会わしてもかまわない気もするが外で終われる程度の用なら外で済ませたい。
「いきなり、すいません。先生にお願いがあって」
答える声もどこか苦しげだ。
ロイがらみならお願いというより強制だろうとノックスは思う。あのガキは平気で人に面倒を押し付ける。
倒れられても面倒なので家の中に入れた。
埃まみれのいすを勧める。この家には寝に戻るだけだ。もう何年も掃除したことも無い。
「R18を手に入れていただけませんか」
いきなり言い出したのは統制のきびしい鎮静剤の名である。
「あんなものをどうする気だ」
軍が直接生産から廃棄までかかわっているそれは裏ルートでは出回っていない。
「このごろ背中が痛むんです。たぶん精神面だと」
おそらく手に入る薬はもう試したのだろう。
「あんなものどこで知った」
あれはイシュヴァール戦のときごく一部の者に、壊れかけた国家錬金術師に渡されただけのはずである。
「准将の家にありましたから」
あのくそガキは処分していなかったらしい。いずれ、また使う可能性を考えたのかもしれないが。
ラッセルが額の汗を細い指で拭いた。だが暖房すら入ってない部屋は寒いほどである。冷えのせいかノックスの腰は痛み出している。
実のところ手に入れるまでもない。ノックスはまだあのときの薬を持っている。
(限界か)
それほど詳しくこの若者を知っているわけではないが、一見温和に微笑む彼が高すぎるほどのプライドを持っているのはわかっていた。その彼が誰かを頼るというのはすでに限界だということだろう。
「待ってろ」
イシュヴァール戦から帰って以来放り出したままの荷物を探る。薬はまだそこにあった。
3瓶のうち一番少ない1本を渡す。
ノックスは何の注意も与えない。すでに使った以上この薬の効果も危険性もわかっているはずだった。

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