金属中毒

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カカオ

2007-01-13 19:09:52 | 鋼の錬金術師
カカオ

(浮いちまってるなー)
ジャン・ハボックの手はタバコを探してポケットを探る。
さっきの1本が最後だったと思い出して小さく舌打ちする。
まぁ、残っていたとしてもここじゃ吸えないな。
子供達を追っかけるようにして入ったケーキ屋は、大佐が女を口説くときに使うような店だった。
窓には白い花模様のレースのカーテン。
テーブルはクリスタル。
飾られているのは1本で1万センシズはしそうな上等のバラ。
繊細な彫刻が施されたアラバスター製の花瓶に生けてある。
(この花瓶、30万センシズぐらいするよな)
つい、値段を考えてしまう根が貧乏性のハボックである。
椅子が小さすぎて座りにくい。
後の3人は平気で座っているのを見ると自分のような護衛タイプが入る店ではないらしい。
(わかっているけどな、大佐の大事なお姫様から目を離すわけにもいかんぜ)
店の外で待とうかとも思ったが万が一のことがあってはいけない。
エドワード・エルリックはマスタングのアキレス腱。それは今や軍の上部では知らないものはいない。
さっき、ラッセルはこのメンバーで恐れるものなどないとか言ったが、大有りだ。
そう、確かに国家錬金術師2人ではあるがエドは闘病時の高熱のせいで記憶があいまいになっている(そういうことにしている)。昔ほどの戦闘センスは期待できまい。
ラッセルは現役の軍属で、戦闘力は申し分ないが体力があまりにも乏しい。うかつに乱戦にでも巻き込まれたら、殺られるより前に貧血で倒れそうだ。(そんな気がする)
フレッチャーは挌闘者としては才能もあるし体力的にも信用できる。しかし、戦闘者としては実戦経験が乏しい。そして何よりも、もしも何かがあったときエドもラッセルも『弟』を守ろうとするだろう。それでは戦うに戦えまい。
つまりもし何かがあったときこのややこしい子供3人は俺一人で守るしかない。
上等すぎて味のわからない紅茶をすすりながら、ハボックは早く外に出てタバコ吸いてぇな-と切望していた。
紙より薄い銀の皿にご鎮座たてまつられたケーキは直径が3センチもない。
これ1個で2000センシズ。
エドはそのケーキを8種類も頼んでいる。
フレッチャーが5種類。
ラッセルは甘いものはだめだからとブラックコーヒーだけを置いている。
エドとフレッチャーの前に柔らかな湯気を立てるカップが置かれる。
小さなカップ。香ばしい香り。
一人分ずつに用意されたシロップとミルク。
香りには覚えがある。ハボックも子供のとき飲んだ。(無理やり飲まされた)
ココア。
しかし、記憶のあれはもっとにごったような色をしていなかっただろうか。
口の中がいつまでもべたつく、うっとおしい感覚。記憶にあるのはそれだ。
今見えているさらりとした香ばしい香りの液体が同じ名を持っているとは信じられない。
エドはシロップと全部入れてかき回す。ミルクは無視だ。
逆にフレッチャーはミルクしか入れない。
半宝石だろう、きれいな石をはめ込んだスプーンをくるりと回す。
それからケーキを一口で食べてしまったエドを見る。
エドの唇にクリームがくっついている。
唇に指がふれる。
細くしなやかな器用そうな指。それが誰の手かは見るまでもなくわかる。
緑陰荘では当たり前の行為になっていて誰も気にしないが、

(おいおい、お前ら、外でのそういう行為はまずいだろ)
ハボックは内心だけで突っ込む。どうせ声に出してもこの子供3人は言われた意味さえ理解しない。

唇をふき取っていった指を少し小さな手がつかむ。
大将(エド)は全体的に小作りだ。身長も肩幅も何もかも。本人はこれから大きくなるといきまいているが さてどうだろうか?
「お前、手ぇ、細すぎだ。なめてないで食え」
残っていた一皿のケーキをずいっとラッセルの鼻先に持っていく。
「あ、限定品のプチ・カカオ」
少し高い子供の声。
(俺の声が変わったのは13ぐらいだよな)
唐突にハボックは思う。
15でまだというのは少し遅めではないだろうか。いや、弟以前にこの兄のほうもちゃんと育っていんだろうな?
まさか、とは思う。経験なしで魑魅魍魎の横行する社交界を泳げるわけはない。しかし、どうしてだろうか、彼にはまるっきり生身の男の気配がない。
12のときから見ていた大将は 小さい! ながらもそれなりに育っているのは見ていればわかる。
経験はないかもしれない。今までの生き方を見ているとそんな暇があったとは思えない。それに経験どころか体すら無い 弟 のことがあった。
「ほら、口あけろ」
繊細なケーキを崩さないよう右手でつまんで、左手でラッセルの唇をこじ開ける。
その手を見て、ハボック、一応宿願はかなったんだなぁと実感する。
そう、エド、いやエルリック兄弟の宿願はほぼかなった。
弟は体を取り戻し、兄は腕だけとはいえ、生身に戻った。
それが錬金術上の奇跡とは焔の上司の言葉で知った。
エルリック兄弟は傍から見れば人体練成の成功例だ。
だが、それがこの現状につながっている。
アルがいない、現状に。

小さなケーキを1かけら、ラッセルがかじった。甘いものが苦手の彼には精一杯の妥協。
残りを口に放り込もうとしたエドに「僕にも味見」と下方向から声がする。
エドの手がその口元に向かう。エドの指先をほんの少し舐めるところまでフレッチャーがケーキをかじる。残りはそのままエドの口に入る。チョコパウダーのくっついた指をくわえようとする。
その指が横から来た手にさらわれる。
「ビターチョコか、エドにはスイートのほうが似合う」
チョコパウダーのついているところまでをきっちりとくわえてきれいにされた。
この空気に赤面しているのはハボック一人。子供3人は天然なのか確信なのか平然たるものだ。



カカオの香りに強いジンの香りが混じる。
「飲めよ。カカオ・フィズは好きだろ」
ついさっきまでつながっていた男がグラスを差し出す。
もう、あの時のやさしいチョコの香りはどこにもない。


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