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金属中毒

心体お金の健康を中心に。
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102-9日記より  housaku1024

2008-01-01 14:55:41 | 鋼の錬金術師
(いちばんたいせつなひとだから。だからこそ兄さんはぼくにエドさんを託したのに。それなのに、こんなことに)。昇りつつある月が兄の瞳に重なる。
『エドを頼む』
あの兄が一番大切な人を託してくれたのに。それなのに「ぼくは何も出来なかった」
フレッチャーは唇を噛みしめた。エドが起きているときには決して見せない表情。不安、あせり、後悔、恐れ。そういうマイナスの感情がフレッチャー・トリンガムの瞳を陰らす。
「にいさん」
つぶやく声は誰の耳にも届かない。
エドワードとフレッチャーは誘拐された。

「フレッチャーの緑陰荘日記」より抜粋および参照
〈守れなかった。兄さんが託していった人を〉
1915年12月28日の日記はこの一文で終わった。

1915年12月28日、少し遅めの昼食を終えた。
「な、お昼食べたからいいだろ」
エドワードさんが上目遣い(身長が僕より低いのでどうしてもこうなる)に見上げてくる。
外で遊びたいと言うのだ。遊ぶといってもせいぜい庭の中で愛犬のデンを散歩させるだけだが、ここで甘い顔をしてはいけない。一緒に暮らしてみてわかったことだが、エドさんは子猫みたいな人で一つ許すと次々にやりたいことをしたくなるのだから。(この兄を制御していたアルの偉大さがよくわかる)
お昼のメニューはシチューににんじんのすりおろしのゼリーよせ。離乳食みたいなメニューだ。消化力の落ちたエドさんに合わせるとこうなる。ご相伴した僕としてはもっとお腹にたまる料理が欲しいが、兄が戻るまでは毎食離乳食で我慢するしかない。
「だめです」
「ラッセルはいいって言ったし、」
「僕は兄とは方針が違います」
小声でつぶやいたエドさんにぴしゃりと決め付けた。

お昼が済んだら次はお昼寝タイム。
すっかり老犬になったデンもこの時間帯はいつも昼寝をする。だがこの日に限りデンは激しく吠えた。一度は横になったエドワードさんは起き上がってガラス窓越しに庭を覗き込む。
「デン、やけに吠えていますね」
「何かあったんじゃないか。俺見てくる。フレッチャーは危ないからここにいろ」
(あぁ、この人は)
エドさんの言葉に僕は思う。
(何があっても自分自身がどんなことになっていても『兄』なのだ)

『兄』の言葉に感動したからといってエドワードさんを簡単に外に出すわけにはいかない。
「いいですよ。内線で警備主任に訊きますから」
あっさりかわして電話を手にする。しかし、いつもなら3コール内に取られる電話を今日は10コールを越えても誰も出ない。
デンの吠え方が激しくなる。と、その声がぷつりと消えた。
(何かあった!)
そう思ったとたん背中にざわざわした感覚が走る。
〈このとき僕はそのざわめきを武者震いだと思った。だが、後に軍で正式の訓練を受けてからあのときの感覚は素人が暴力に感じる恐怖心だったと考え直した。この緑陰荘のなかで、僕は戦闘に対する唯一の素人だった〉
すぐ紅陽荘へのホットラインを手にする。だが。
「でない」
いつもならワンコールで取られるはずのホットラインがただ鳴り続けるばかりである。
すでに紅陽荘も制圧されたと見るべきだった。
ギャン
いちどとぎれたデンの声がいやおそらく断末魔の叫びが響いた。
その声を聞くなりエドワードさんは外に向かって走り出した。すぐさま僕はエドさんを追った。エドさんの生身の腕を掴みぐっと引き戻す。
「だめです。エドワードさんはここにいてください」

建物の構造上からも、エドワードさんの部屋は一番安全な場所を選んでいる。最悪の場合、建物の壁や天井を落として(壁の石は1.5メートルの厚さがある)エドワードさんの部屋だけを要塞化することもできる。だが、(僕には、出来ない)。
シリコン系の錬金術はアームストロング家のお家芸。アームストロング家の建築物には必ずこの仕掛けがあるそうだ。この仕掛けの使い方をマスタング准将はやり方を聞いただけでマスターしたそうだ。兄は何度か手を取って教えてもらって『たぶん出来ると思う』と言っていた。
しかし、ずっと治療に特化していた僕はまだとてもそこまでいっていない。

引き寄せたエドワードさんの腕を手早くベッド柵に縛る。有無を言わせずオートメールの腕も縛る。もちろん縛る位置は両手を打ち鳴らせない位置を選んでいる。
あんまりな扱いに口を開けても言葉が出てこないエドワードさんに僕は言う。
「ごめんなさい」
「お前、言う事とやることが違いすぎだ」
「ごめんなさい」
もう一度僕は言う。
さっきは立ったまま、今度はひざを突いて、エドワードさんを見上げて。
こうすると、小さいころのように『兄』を見上げることになる。
「僕、エドワードさんには一番安全でいて欲しいから。だから、ここにいてください」
声が震えた。必ずしも芝居ではない。頼りになる人が誰もいない不安感が僕を追い詰めていた。
言い終えると同時に僕は走り出した。もし、『兄』としてのエドワードさんの声を聞いたら決意が鈍って動けなくなると思ったから。
マスタング准将の部屋に入る。ここには銃がある。
(両手で持って引き金を引けば弾が出る)


正式に習ったことは無くても、軍事国家のアメストリスでは子供でも銃の撃ち方ぐらいは知っている。といってもこのときのフレッチャーはかなり動揺しており、自分の手にした銃の銃身には鉛が詰めてあり、使えなくしてあることにまるで気付かなかった。


(これはひとをころしたりおどしたりするどうぐ。でも、今はこれが大事な人を守るためにいるんだ)
僕の手に、銃は想像していたよりずっと重かった。


銃を握り締めて外に飛び出した。
〈なぜ得意技の錬金術を戦いに使おうとしなかったのかと疑問に思われる方も居るだろう。ラッセルも昔のエドも使っているのだからと。しかし、錬金術を戦闘時に用いるにはそれなりの訓練や慣れが要る。フレッチャーの立場では錬金術を使おうとしなかったのは賢い判断だと評価していい〉
冬バラが咲き誇る庭は一見何の異常も無い。
(   ?何も無い。でも電話がつながらなかったしそれに、あ、デン!)
つるバラの根元にデンが倒れていた。口もとが血にまみれている。
デンの歯はもう数本しか残っていない。わずかな牙でエドワードさんの敵に立ち向かったのだ。
(デン、あとは僕が、あの人を守るから)
デンの死因を確かめる暇もなく、僕は周りを警戒した。
ふと甘い匂いをかいだ。甘い心をとろかしてしまいそうな、有機溶剤に似た匂い。
(薬?毒ガス?麻酔?)
そのガスを吸ったのはわずかに一呼吸だった。
それでも次の1歩はもうふらついていた。
「にいさん」
とっさに口にしたのは兄の事。兄がいないのはわかっているのに。


入力者書き込みメモより 
結局、フレッチャー・トリンガムはその人生全てが『弟』というキーワードで説明がつく。彼は『兄』のために父によってつくられ兄に守られ生涯をすごし、最期は四肢を失い正気を失った『兄』を心中に導いた。