長良の鵜 ズボラ余生

「ズボラ余生とは」:
何事も、前向きに捉え、楽天的に生きていくことです。

上には上がしたには下が

2012-08-04 07:28:13 | Weblog
川柳教室で一緒に川柳を詠んでいたKさんが、もう2年くらい休んでおり、最近はあまり音沙汰もない。
そこで、様子も分からないのに、直接電話しては失礼かと思い、その人とよく手紙のやり取りなどをしているNさんに電話をした。
そうしたら、そこの奥さんは半身不随で、川柳教室に来ていただんなさんが、面倒を見ているという。
そのだんなさんも、ペースメーカーを入れており、無理は利かないようである。
そして、Kさんについても、最近ははがきを出しても返事が無いということなので、電話することは止めにした。
なぜKさんの消息が気になったかというと、川柳教室に来ている人が、葬式の道案内にそのKさんの苗字が書いたのがあったというからである。
我が家も妻が悪いと思っていたが、まだまだもっと悪い人たちがいるということに気付かされた。

実力とツキ

2012-08-04 07:27:14 | Weblog

ロンドンオリンピックにおいて、柔道男子はついに金メダルゼロに終わった。
そのチームを率いていたのが、篠原監督である。
篠原監督といえば、選手時代に勝っていながら、世紀の大誤審で、オリンピックの金メダルを取れなかった男である。
それが、今度は監督として、金メダルゼロの監督となってしまったのである。
柔道は、一瞬に決まることが多い。
そのため、実力はあっても、なぜか負けることがある。
一瞬の業でひじを痛めたり、一瞬の技で押さえ込まれて負けたりするのである。
そのとき、ツキがあれば、その技を避けることが出来たかもしれない。
そんなこといっても詮無いことではあるが。
ところで、本当に実力はあるけれど、金メダルを取れなかったのか、実際に実力はなかったというべきなのか。
どちらかといったら、私は後者のほうである。
世界の柔道となって、技だけでなくて、体力も大きく勝敗に影響しだしたのである。
「柔よく剛を制す」なんていわれるけれど、日本の選手はきちんと組み合うと技がだせるけれど、組み合わない外国の選手には、なかなか技がかけられないのである。
篠原監督も、そんな時期に監督になったことも不運といえば不運かもしれない。