「東京新聞」社説 2021年11月21日
日本一の歓楽街、東京・歌舞伎町の一角に十一月の夜、改装したピンク色のバスが現れました。夜の街の少女たちを支えるため、一般社団法人「コラボ」が毎週水曜日の夜に開く「バスカフェ」。テントの下にテーブルやいすを並べた二十平方メートルほどのスペースは、少女たちが安心できる人とつながり合うための居場所です。
食事や着替えの洋服、下着などを提供し、希望があれば宿泊先や行政支援につなぎます。
自らも中高時代に路上をさまよった経験を持ち、十年前にコラボを設立した代表理事の仁藤夢乃さん(31)=写真。日々出会うのは中学生や高校を中退した十代です。親から虐待を受けて家にいられない子、地方から家出してそのまま歌舞伎町にやってくる子も。
幼さを残した少女たちを待ち伏せるように、街には買春目的や風俗店で働かせようと声をかける大人が大勢います。助けるどころか少女の苦境につけ込み、性を狙っているのです。
◆夜の街の少女に伴走
少女たちがツイッターに「#家出」「#泊めて」と投げると瞬く間に大人たちから返信がきます。おにぎり一個を買ってもらい家に連れて行かれてレイプされた子、アルバイトがあるとだまされてレイプされた子…。あまりにつらい現実が少女の身に起きています。
少女買春の野放しはおかしい。少女の性が搾取される社会を変えなければ。けれど誰が少女の代弁者になってくれるのだろう。
仁藤さんは十月の衆院選で「ジェンダー平等の実現」を掲げた野党の女性候補を応援しました。ジェンダー平等は男性と女性が平等に権利と機会を持ち、意思決定に対等に参加できる状態です。
衆院選では選択的夫婦別姓の実現などが注目されましたが、虐待や性暴力の根っこにも男女格差や性差別があり、これらの解決には憲法もうたう男女平等の視点は外せません。
政治家は票につながらない子どもの声になかなか耳を傾けようとしません。でも、仁藤さんの目に元職の彼女は違ってみえました。「#MeToo」運動が日本に根付く前から性暴力や性搾取の問題に取り組み、国会で質問し、前回選挙で落選後も、傷ついた少女の声を聞き続けてきた人でした。
仁藤さんは初めて選挙カーに乗って訴えました。「今の社会は立場の弱い人にしわ寄せが集まっている。私の元には少女からのSOSが届いています。子どもがありのままに生きられないのは、自分の責任じゃない。私たちの痛みを知る人を国会に送りましょう」
残念ながら、この候補は落選しました。自民党が議席を減らしながらも単独で過半数を獲得し、政権を維持しました。「経済」に重点を置いた自民党の公約にジェンダー平等の文字はありません。
野党がジェンダー平等を前面に掲げたことが票を逃した、との論評もありましたが、こうした見方には慎重でありたいものです。
性暴力や性差別の問題に取り組む人を攻撃する動きが近年、目立ちます。仁藤さんが応援した候補も攻撃されていると語ります。
◆余裕の問題ではない
それでも、自分の仕事はジェンダー平等を実現させること、性暴力の問題は政治が解決すべきだと果敢に訴えた姿勢が、選挙に関心がなかった人を含め、多くの有権者を勇気づけたことは事実です。
遊説先には、セクハラに遭っても、電車で痴漢に遭っても泣き寝入りだと、中高生ら若い女性が集まっていました。政治の中に、新しい希望を見いだそうとしている人もいるのです。
世界各国の男女間格差を測る「ジェンダーギャップ指数」で、日本は世界百五十六カ国中の百二十位です。経済や福祉などの次に「余裕があれば」とジェンダー政策を後回しに語る人もいますが、大切なことを余裕の問題と片付けるうちに、日本は国際社会から置いてきぼりになりました。
コロナ禍で少女の苦境はより過酷になっています。コラボが受けた昨年度の相談は、約千五百人から四千五百件。例年の二・五倍です。年齢層の高い学生らがアルバイトがないと言って、助けを求めにくるようになったのです。
来夏に参院選があります。多くの政党はまた、経済政策を公約の筆頭に挙げるのでしょうが、男女格差が残る構造のままで本当の経済回復はあり得ません。あらゆる政策に「性差別のない」という冠を付けるにはまず、痛みを知る人を国会に送らねばなりません。
寒くなったのでスズメバチもいなくなった。そこで、巣を作っていたコンクリート片を除去すると、こんな巣が現れた。通路から2mもない。巣があるのは知っていたが、横目でチラチラ見ながら通っていた。