日本車の"脱エンジン"は軽から本格化する
「EV化は不向き」といわれてたが…
PRESIDENT Online
安井 孝之 Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
「軽EV」は補助金を加えれば100万円台半ばで買える
軽自動車の電気自動車(EV)化が加速している。EV化の中核部品である電池の価格が高く、手頃さを売りにしている軽自動車に導入するのは難しいとみられていたが、搭載する電池量を減らし航続距離を短くしても日常的な使い勝手に支障はないと判断し、価格を下げる動きが出ている。2025年までには国内のすべての軽自動車メーカーがEVを発売することになりそうだ。
日産自動車と三菱自動車は8月末に新型の軽自動車サイズのEVを2022年度初頭に発売すると発表した。提携関係にある日産と三菱の共同開発で、開発は主に日産が担当し、三菱の水島製作所で生産する。国の購入補助金を使った実質価格は約200万円とし、自治体の補助金を加えれば100万円台半ばの購入価格になるとみられている。日産の軽自動車、デイズやルークスの売れ筋価格は150万~170万円で、フルに補助金を使えば既存の軽自動車とほぼ同じ価格帯となる。
低価格を可能にしたのは1回のフル充電で可能な航続距離を約170キロと短くし、搭載する電池の容量を20kWhと少なくしたこと。日産リーフ(航続距離458キロ)に搭載されている電池容量の3分の1程度だ。軽自動車は自宅近くの買い物や通勤などに使われることが多く、一日の走行距離は20~30キロ程度とみられており、1回の充電で400キロ以上走れなくても不便さを感じることはないという判断から航続距離を約170キロと短くしたのだ。
EVの普及には400~500キロの航続距離は必須というのが「常識的」な見方となっている。それを実現するには大量の電池を搭載しなければならず、価格は高くなるというジレンマをEVは抱えている。電池の搭載量が増えると今の技術では充電時間も長くなるので使い勝手もよくない。現状ではそのジレンマが解消されないため、購入をためらう消費者が多いのが現実だ。
街乗りに割り切ることで、これまでの「常識」を打ち破った
一方メーカーは電池の高性能化とコストダウンという難問に取り組み、ジレンマの解決を目指す。トヨタ自動車は9月7日に新型の電池開発に2030年までに5000億円をかけて性能アップと50%のコストダウンを実現するという。こうしたメーカーの改善努力は今後も続くだろう。
だが今回の日産と三菱の軽自動車サイズのEVは航続距離を短くし、街乗りに徹すると割り切ることで、これまでの「常識」を打ち破った。
日産の日本マーケティング本部の柳信秀チーフマーケティングマネージャーは「お客さんのニーズを徹底的に分析し、EVを買っていただけるように考えた。軽自動車のEVは日本のEV化の足掛かりになると思う」と話す。
想定される客層は一戸建てに住み、登録車と軽自動車を併有している家庭だ。軽自動車より大きな登録車を保有しているので、家族で長距離のドライブも可能なので、軽自動車の方は街乗りに徹することができる。そういった家庭なら軽自動車のEVは十分購入対象になる。
「軽のEV化が地方の移動弱者といわれる人を助ける」
また自治体からも公用車として使っている軽自動車をEVに代えたいとの要望が多く日産には寄せられているという。8月末に来年4月以降の軽タイプのEVの発売を発表したのは、来年度予算での各自治体によるEV導入を促したいからだ。
軽自動車のハイブリッド化やEV化といった電動化は難しいと見られてきたが、私はむしろ軽自動車こそEV化を進めるべきではないかと考えていた。拙著『2035年「ガソリン車」消滅』(青春新書)では、軽タイプのEVの航続距離を150キロほどでいいと割り切れば、電池容量は20kWh程度となり電池コストは中国製なら30万円程度、日本製でも60万円程度で収まると指摘した。EVの場合、車体価格の3分の1が電池コストといわれている。軽タイプのEVの価格を100万円台に抑えることは十分可能だと拙著で書いた。
初代日産リーフの電池開発者であり、現在はベンチャー企業の代表を務めている堀江英明さんも「私は軽自動車こそEV化に向いていると思います。また軽のEV化が地方の移動弱者といわれる人を助けるとみています」と話す。
ガソリンスタンドの減少が、地方では深刻な問題に
軽自動車は公共交通機関が減少している地方にとってはまさに「生活の足」なのだが、ガソリン車を支えるインフラがどんどん弱くなっている。2000年3月末に5万5153カ所あったガソリンスタンドは20年3月末には2万9637カ所となり、20年間で半分近くまで減った。ハイブリッド車など低燃費のクルマが増え、ガソリンの消費量が減ったためである。電動化が加速する今後もガソリンスタンドは減り続け、過疎地ではさらに給油が不便になる。軽自動車がガソリン車のままでは「生活の足」としての地位を失いかねない。
一方、自宅で充電できるEVを使えば、ガソリンスタンドでガソリンを給油する必要はなくなり、地方に住む人たちの社会課題の解決につながるのだ。
他社の動きはどうか。
2025年までには軽メーカー全社がEVを発売することになる
2040年までにガソリン車とハイブリッド車を廃止し、EVと燃料電池車(FCV)に移行することを4月に表明したホンダは軽タイプのEVを2024年に発売する。日経新聞によると、7月に複数のメディアの取材に応じた三部敏弘社長は「軽自動車の利用者を分析してどういうEVが受け入れられるかを考えている」と答えた。
またスズキの鈴木俊宏社長は7月のトヨタ自動車、ダイハツなどとの共同記者会見で「軽自動車ならではのやり方でEVを開発する。EVの特長であるゲタ代わりのポジションを極める。バッテリーの量を減らしながら、どうやって走らせることができるかを考える」と語った
三部社長、鈴木社長の発言から透けて見えてくるのは、消費者が軽タイプのEVに求める航続距離がどの辺にあるのかを見極め、電池量を減らすことで手頃なEVを開発するという方向性だ。
軽タイプのEVはホンダの2024年に次いで、スズキが2025年までに発売すると表明している。日産・三菱の市場参入の動きを受けて、それぞれ発売が前倒しされる可能性もある。
ダイハツもそうした動きに追随せざるを得ず、国内の軽自動車メーカーは全社が2025年までにはガソリン車並みの価格のEVを発売することになるだろう。
国内のEV市場の牽引役は、当面の間、軽自動車になる
宅配便などの分野ではすでに軽タイプのEV化が進み始めた。佐川急便は2022年秋ごろから中国製の軽タイプのEVを導入し、2030年までに宅配用の軽自動車をすべてEVに切り替える。こうした動きはヤマト運輸や日本郵便にも広がっている。配送センターから個人宅などへの近距離の配送には航続距離が長い必要はないからだ。
2050年のカーボンニュートラル(CO2排出量の実質ゼロ)の実現に向けて、政府が電動化、中でもEV化促進の旗を振っても、その使い勝手やお買い得感がなければ普及は進まない。だが2022年に登場する軽タイプのEVが先駆けとなって、商用車、公用車、そして自家用車としてEVが身近な存在になっていくだろう。2025年までに軽自動車メーカー全社がEVを出すので消費者には選択肢も増え、市場は活性化する。
全個体電池などの高性能な電池が実用化されるのは2020年代の半ば以降である。それまでの間は登録車ベースのEVは多くの消費者を十分に満足させる航続距離と値ごろ感を実現できないだろう。EV化には不向きと見られていた軽自動車が実は当面の間、国内のEV市場の牽引役になるとみてよい。
安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
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庭の花。
オオハンゴンソウ。