詩と写真 *ミオ*

歩きながらちょっとした考えごとをするのが好きです。
日々に空いたポケットのような。そんな記録。

星々

2019年10月22日 | 
よく考えるととても悲しいことなのかもしれないけれど。
そんなことは大したことではないと軽く考えてしまう。

よく考えなくてもとても悲しいことだったはずなのに。
まるで何事もなかったかのように軽く考えられてしまう。

愛し方さえもスタイルのひとつにすぎなかったかのように。
ひとりにとってのすべてなのに。


物悲しい時間。
ぴったりの音楽が頭の中を流れていたので
ピアノのところへ行く。
手に移し、まるでそういう海だったかのように浸ってしまう。
遥か、バラ色の空と海の間に動かない徴。

イメージの部屋の窓がひらいて
外は内になり内は外になる。
あなたは遠く、どこまでも広がっていく。

幼い頃のわたしは。
羊歯の葉のような手の甲をひろげて
先生は同じところを続けて三回
間違えずに弾けないと許してくれなかった。
永遠に思えた。
楽譜は色とりどりのクレヨンで染まって
わたしの手の見えない内側には
赤ちゃんの芽がつぶつぶと並んでいる。
自覚もなく。
愛し愛される……
愛し愛し愛したい赤ちゃんの芽が。
つぶつぶと。

カーテンがふくらんだりしぼんだりしているのを気配で感じていた。
その気配とは。
音。だったのか。
影の移ろい。だったのか。
思い出すことが手に取ることが
白くまぶしくよく見えない。

早く。
目を覚まして。
風が起こりカーテンがめくれあがった。
クレッチマーの分類によると、
粘着質のゆるやかな段階にあるあのひとの夢。
わたしの夢?
水がところどころでたむろしていて
プクプクと声を鍛えている。

帰るべき場所の反対方向へと歩き始めた
いつかの夜。
あなたは隠れた鎖を持つべきかもしれない
とアンドロメダが言った。
さそりだったのかもしれない。

夏の星座。
冬の星座。
春はいつもわたしの中に。
常にオーバーフロウしているこの街のエネルギーに。

流れていく光にまなざしが追いついて
秋になっていて
地上では虫の座標が広がっている。
今日の過ちの粒たちをねぎらって
ひんやりした空気に溶かしてしまう。

壁に背をもたせかけてミント色のカバーの小説を読んでいた。
評伝を読んでいたことになっていて、その人はミント色の水の中に奇妙な鮮やかさで閉じ込められていた。だれもが手に取れる本屋に平積みされている本だったのに、わたしにだけ、いまそれが見えるのだと思うと、隠れた中庭のように特別な恩寵のようでもあるし、とてもあたりまえの感触のようにも思った。何かひっかかっているのだけれど。
届かない光へ。
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いつまでも

2019年10月17日 | 
灰色の景色の中に人は少なく
わたしはゆっくり坂を下っていった
向かい風のように
次々飛び立っていく鳥たち
 
この世に生を受けて
ふかふかとタオルのように吸収体である
コップの外側にびっしり吸いつく玉の色のように
見えない水分をかき集め
印象を色として青ざめていく
 
無作為な心の軌道の中で
誰かの言葉ひとつで発生する気持ち
そこから広がっていく歪な同心円
これもきっと何かの縁
往く道と還る道が
そっとハイタッチするように
白く幾度も交わっている

ひとりでは思い出すことが多すぎて
体液が熱く
砂糖を煮詰めたように
粘った泡がきらきら光り
炭酸水のコップを首筋に当て
パチパチと冷たい拍手で
巡る温度を下げていく
わたしはなんと答えるべきだったのか

どこか暗がりで眠らずに起きていて
「わたし」に逆巻く野生が
向かう道を探し続ける
そういう遺伝子であれ

はるかな日々をついばんで
目に見えない道を作り続けている
高層ビルの間を飛ぶ鳥たちのように
いつまでもそれを実現している
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未来を手放して

2019年10月09日 | 
未来を手放して
わたしはいまとわたしにどっぷりと浸り込んだ
するとわたしは
わたしを離れていった
細い隅っこのねじれたカーテンに
濃密であろうと脇目も振らず

この街のどこか
スタンドをつけて
ひっそりとノートを開き
スタンプを押している
インクの染み方
ゴムのなじみ方
文字の離れ方
夜との重なり方
一個一個、耳と指を使って確かめていく

左手を右肩において
ゆっくり首をまわす
体を労っても
心は放っておいてもいい
そう思うと楽だった
たんたん
とんとんと
語りかけるように
だれのためにも
なにのためにもならない仕事を続け
月のように満ちていくと
こぼれそうになった

指折り数えていく
わたしを一番強くしたものは
わたしを一番弱くした
あれから何年
バラというバラは枯れた
乾いた土に水を遣る

行為が感覚となる
包丁で大根の皮を剥き
密かに気に入っているペンで返事を書く
毎日会社に行く
たわむわ
そして
ほころびの奥に種を植え付ける
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