詩と写真 *ミオ*

歩きながらちょっとした考えごとをするのが好きです。
日々に空いたポケットのような。そんな記録。

ケンカをすると

2015年03月27日 | 
ケンカをすると
お互い一人になって
私は部屋の真ん中にできた
真っ黒な裂け目をじっと見つめる
いつにない集中力で
自分と二人きりの対話が始まり
仲間からはぐれたマグロのように
ぐいぐいと物語の筋を追っていく
彼の愛を失ったら
という映画が始まる

めったにしないケンカは
必ず大袈裟な悲劇になってしまう
勇気も気力も一人では身に付けられない私は
きっとひどく惨めなことになるだろう
アスファルトにようやくへばりついている
といったふうになるだろう
一人暮らしをしていた頃のように
しょっちゅうめそめそしているだろう
ベッドから出られず天井を眺めて
一日と一生がおわるという考えに
金縛りになって過ごすだろう
あらゆる機会が彼のいた空気の感触を
呼び起こすスイッチになるだろう
でもようやく静かな諦めがやってきて
窓をこする枝のきゅっきゅっという音が
なぐさめになるのだろう

細々と生きて
ただ見て聞いて感じるだけのものになり
夜の帳に隠れて
心の部屋の小さな灯りをつけて
ノートにその部屋で映写されたものについて書くだろう
たった一人の友だち
といったふうに
ノートに語りかけてしまうのだろう
キャベツをバターで炒めて
塩とこしょうで味付けして食べた
それだけなのに、ものすごくおいしかった
それの、何が悪い?
とか、書いてしまうのだろう
ずっとわからなかった
私にはこれができる
(これしかできない)
私はこういう生き方がしたい
(こういう生き方しかできない)
ということをようやく知るだろう
ゴリゴリキシキシ骨をこすりあわせて
私はようやく本当の私になるだろう

これはもしかして
ずっと願っていたこと
ガーゼを破って
露わになる
皮膚の下の
がけの底を覗き込み
飛び込みたくなる衝動
張り裂けるように
ついに実現しようとしている
いまこそいまこそ


しかし……
それはもちろん架空の物語
自分でそれを選ぶことなんてできない
ただ可能性を空に放って
カーブの軌跡を試してみただけ
クライマックスは意外にあっさり
ひととおりの道を辿ると
なんとなく満足してしまって
勇ましい言葉はおもちゃのように
丸めて押し入れの奥にしまい込まれる
一緒に自分も丸め込まれている
丸め込まれているな
と感じながら
丸め込まれている
だましているのかだまされているのか
おしくらまんじゅうみたいに
なんだかよくわからない
もみあいになりながら
ともかく押入れにしまい込む
うっかり願望に似てしまう不安は
彼からも私からも隠しておかねば
自らを実現しようと
スクリーンを突き破ってしまうといけない

映画はいつも
求道者の自分が砂漠の道を去っていく
その後ろ姿に小さくさよならを言って
どちらかというと脇役の
情けない顔をした私が
ごめんねとかそういった類の
ぜんぶの言葉を両脇に抱えたまま
先に寝てしまった彼の布団に
もそもそもぐりこんでおわる
安堵の砂丘に光る落胆の粒
ああなんて他愛ないの
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しずく

2015年03月22日 | 
雨が繰り返し繰り返し叩く音
トタントタン
トタンを叩く
どこかの庇?
きっと冷たく街を沈める雨なのに
音には跳ねがついていて
くすぐっているような軽やかさをふくむ
掛布団をかぶり痛む傷口をかばって
体を丸めて横たわる背中を
優しく叩き続ける

頭を動かした拍子に
マットレスごと下へ沈み込んでいく
安楽を求める体が
柔らかさに受けとめられようと沈み
その重みを叶えようと地面が応える
絶え間ないその繰り返しで
固い砂が崩れるように落ちていく

どっしりとしたカーテンが
そっと開かれる

あの公園の木はいまごろ
指の見せ方を工夫している
といった様子の枝振りを
濡れてますます陶然として
すらりと伸ばしていることだろう

あのビルの壁は涙と泥が混じったように汚れて
陰鬱な窓たちをいくつも抱え
途方に暮れていることだろう

気まぐれな水溜りは車を誘い
勢いよく水を跳ねあげ
傘を言い訳に顔をあげない歩行者に
よお、調子はどうだい?
陽気な声を浴びせるだろう

私にいま、彼らを見に行く力があれば
彼らを覚えているということを
伝えに行くことができれば
なぜかいま
それがとても大事なことのような気がする

少しただれながら
軽々と滑っていた頃
気にもとめなかった
ひとつひとつの姿が
見えない糸で一本一本つながっていて
記憶をあちこち引っ張る
体はだめになっていくのに
感じる私がいつまでもあとに残っている
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密やかで着実な変化

2015年03月17日 | 
何日も雨の降り続いた次の日
駅を行き交う女性たちは
ほとんどブーツを履いていないのだった
それに気付いてみると
確かにそうだこの膝下まで
包んでくれているものは
もう温かい安心感よりも
ぬるい空気を滞留させ
まとわりつかせている筒なのだった
ぐるりと見回せば
ブーツを履いている足はいまや
馬を蹴りあげる軍靴のように重たい
つい昨日、つい先ほどまで
しっくりしていたものが
姿を変えずに
がらりと姿を変えてしまって
はみだしものになっている

毎朝天気予報を見て
気温もチェックしているはず
昨日という断片を取り上げて
カタコトの数字に頼って
そう変わらないな
昨日は、その前の昨日、その前の昨日
向かい合わせの鏡の中のように
無限に波乗りしながらつながっていることを忘れて
そう思うけれど
いつのまにか
体の中にはもう温かい潮流がある

そうだ
日々すれ違う木々にも
いつのまにか
柔らかい産毛を生やした
子やぎの角のような芽や
小さな王冠や
かわいいひづめのような芽が
育っていた

空気の中で体の中で
もう春の風がとっくに
外へ出ようと渦を巻いていた
そうだ、春はもうそこ
個々の兆候を結び合わせて
それはつまりこういうことだと
ぴったりするのはいつもあとからで
(ぴったりさせるのはいつも風で)
毎年のことなのに
毎年、春に出し抜かれて
うっかりウサギのように驚いてしまう

この木のつぼみはもうまもなく
くすんだ中から
花嫁のドレスの色をのぞかせて
恥じらいながらゆっくり開いていくのだろう
私の中にも毎年
朽ちて落ち
また新しく、柔らかい皮に包まれて生まれ
開いていくものがあるだろうか
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恐れ

2015年03月12日 | 
恐れはすぐ隣にあって
腫れあがった身を押し付けてくる。
正体を見極めようと
目を見開いて
共振してしまう。
乗っ取られまいとして
戦士を集めるように
擦過傷の思い出を探す。
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いつも欠けている月

2015年03月01日 | 
あなたはいつも欠けている月
煌々と明るいのに
見えない部分のクレーターは
失われた文明のように深い
その影の濃さが
教えてくれる大切なこと

物事への距離
届かないことに焦らない
願っている自分への距離

なぜなら

とおいとおい
あなたはとてもとおい

わたしには見えない
とおくを見ている
いつも半分を失いながら
おかまいなしで
星くずをこぼしながら

わたしから
とてもとおいところで

あなたはいつも欠けている月
煌々と明るいのに
沈黙が太古の森のように深い
目を惹きつけてやまないのに
何も明かしてはくれない
樹々の黒く細い編み目から覗く
その無慈悲な在り方が
教えてくれる大切なこと

物事の価値
あるがままを愛せよと
自分にとっての自分さえ

なぜなら

とおいとおい
あなたはとてもとおい

わたしには聞こえない
とおくを聞いている
いつも半分を得ながら
おかまいなしで
涙はこぼす前に乾いている

わたしから
とてもとおいところで
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