詩と写真 *ミオ*

歩きながらちょっとした考えごとをするのが好きです。
日々に空いたポケットのような。そんな記録。

地下鉄のリズム

2019年07月30日 | 
地下鉄では駅から駅へと運ばれながら
人と時のあわいに
貝のように剥き身になる
近すぎる距離には明るすぎて
つり革に絡まり
青白い炎を窓に並べて
目をつむれば海がある
わたしはことこと揺れている

わたしの降りない駅で降りていく人たち
発車してホームが後退すると
電車をのんびり歩いて追いかけている
さようなら
心の中で誰にともなく手を振ってみる
改札を出たら階段を上り
右に左に折れていくひとりひとり
いろんな行き先があるのだろうな
糸で結んで少しだけ追いかけて
力を抜いてぜんぶ手放すと
夢想が散った

ペースを守って海藻をいただいて
水門に寄せる声紋を聴いている

楽譜には海の生物が溢れている
音楽は海のように
わがままになれる広がりを飾るものだから
耽りたい水と戯れたい水を
淀みなく巡らせる

じぶんでは決して見えない場所に
美しい模様を寄せている
そのように思いたい
と思っていると
地下鉄はいつのまにか夜を飛んでいて
車窓の闇の広がりの奥
こぼれた真珠がいくつも光っていた
地上に出ればあと数駅で終点になる
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ひんやりの思い出

2019年07月24日 | 
冷たいもの
長ネギ
ボタン

ボンレスハムを巻き付けるタコ糸のように、ぎゅうぎゅう詰め込んだショッピングバッグを肩にかけると、ひんやりとしたものが頬にピタリと触れた。不意打ちのキスでもされたように、年甲斐もなく恥じらい、慌てて両手で持って遠ざけると、外に飛び出している長ネギの、つるりとした白い肌だった。

日が傾き始めた日曜日。テレビも音楽も鳴っていない部屋で、ひとり洗濯物を畳んでいると、ひんやりするものが指に触れた。幸福な場所を信じさせてくれた父がいなくなってみると、まるで魔法が解けてしまったように、家族は灰色じみて、何より、わたしの無力を知らされる。そう思って、同じ色に染まって、ぼんやりしていた。触れたのは、柔らかく手が埋もれるウールの白いポロシャツの。胸もとを律儀に留めていく貝ボタン。

尖った冷たさでなく
こちらに寄り添う温度差で
触れてくるのはどちらも
夏になっても
ひんやりしている媒質に
包まれていたものだから
土と水と。


冷たいもの
ノート

何も書けない、と倒れこむ頬の下の白いページ。書くべきことなどないように思っても、音楽のように風景が流れ続ける。なぜか少し翳りのある。電気をつけずにいて、ふと部屋の暗さに気が付いたとき。母が買い物から帰ってくるのを待っていた。ひんやりは幼い頃の楽しいぜいたくだったから。

セミの騒がしさが屋内のしずかさを印象づけるように、夏はひんやりに触れた思い出の季節だから。



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放たれた目

2019年07月15日 | 
マス目に合った足の運びで
クジャクが羽を忘れていったように
目を放射状に放つ

おびただしいビルが震えながら退いて
木々の枝はしな垂れていく
なにより
折り目のないズボンが足を引きずっている
街灯がこぼしたスープから
陰口を啜って生き延びている
そのかぎりでは逃げてはいない

水の流れている絵がまぶたの裏に焼き付き
止まっていて
しずけさの極みなのに
滝の内側のような
轟音に体が落ちていく
なまめかしく閉じられている
たくさんの目
ゆるやかに時は流れる

天として父の目があり
遍在する喜び
揺り動かされて
いマスネ

枠の中に収められた拝受として
そのかぎりでは逃げてはいない
逃げてはいけないのかもしれない
どんなに逃げていてもいいから
窓辺で本を開くなどして

寄る辺ない旅人として
認められたい曇った卵が
大きく抱きしめられていて
どこでだってきっと生きていける
書き記したり測量したりおもんぱかったり

足を生み
手を生み
羽を生み
まるで
内なる目を放射状に放って

天として父の目から流れる
涙のような雨が
殻とともに街に注ぐのは
愛と呼ばれる何かなのです
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イートインコーナー

2019年07月03日 | 
小さなケーキ屋のイートインコーナーで
様々な角度から大きなイチゴの乗った
カスタードクリームパイを眺めた後
ようやくあなたはフォークを口に運んだ

とても自由になりますでしょうね
あなたをきれいに型抜いて
外が暗くなり始めていた

サクサクした生地をまぶしてあるモンブランを
とっくに食べ終えていたわたしは
紅茶を飲みながら
路地の角にあるこのケーキ屋の
細い道を隔てた向こう側に建っている家を見ていた

雨や埃で黒ずんだコンクリートの壁
二階のこちら側は洗濯物を干す
屋上のようなスペースになっていて
鉄柵は三階にあがる外階段と同じように赤錆びていた

子どもの頃よく訪れた海の家の町
海岸をぐるりと囲むように
ひな壇式に建っている家々の中に
そんな家があったような気がして

見えている景色の中で
ケーキ屋の斜め向かいの家がその同じ家で
波が寄せたり引いたりする中で
潮にざらざらとなだめられ
見えない景色の中で
変わらず何十年も
同じ場所に建ち続けているような気がした

でも世の中一般の
網の目に刈り取られた齧歯類は
とてもよくひっかかります
その様子は点でつながれた
山から見える海沿いの町の夜のようです
そうですね、よくわかります

ようやく食べ終えたあなたは
今度はケーキが乗っていた金色の厚紙容器を手に取り
様々な角度から観察を始めた

ですが
頭の中のどこか
襞の間に隠れているはずの景色のために
何十年かかってもいい
ふさわしい縁飾りを彫り上げることができるなら

最後までしがみついていた
オレンジ色の光が
斜め向かいの家の三階の縁を
ついにつかみ損ねて
建物の形を見届けるのは
実体を失った光の残滓だけになった
それは青みがかった緑色に見えたが
何色と呼ぶべきなのか
目を凝らすほどにわからなくなった

口の形や喉の太さなどで
見えない声が似てしまうように
きっと思い出すことができると思うのです

わたしはあなたの隣のテーブルに座っていて
まだ紅茶を
形だけで飲んでいた
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