詩と写真 *ミオ*

歩きながらちょっとした考えごとをするのが好きです。
日々に空いたポケットのような。そんな記録。

虫の声

2016年08月27日 | 
そのどきどきでいろんなふうに聞こえる。
虫の声。

ステンドグラスの欠片が落ちている。蝉の翅の切れ端。色の濃さ透明さに思いきり身を震わせて破れてしまった。鋼を擦るような音がガラス製だ、と気付いた翌日の朝。

小さなヴィオロン弾きが無数に隠れている、鬱蒼とした樹々の間を自転車で駆け抜けていくとき。じぶんが水底へしずんでいく代わりに、明るいほうへ昇っていくあぶくたちが笑っているように聞こえる。

夜になり、熱気がきれいに地面に落ちて、さっと拭われたなら、パラフィン紙を重ねて息を吹きかけるような音が続く。紙は何枚も何枚も重ねられていて、風を通す一枚ごとに淡いスケッチが滲む。水風船。思い出すように耳を澄まして一枚一枚めくっていく。

思いに耽って、耳を伝い流れ落ちていた音が、はっと奥まで射し込んで、虫たちの多種に気付いたなら、闇の中に、色とりどりのしずくがぱっと飛び散る。昼間会った優しい笑顔が浮かんで消える。よくないことを告げるから、優しく穏やかな顔。

声は重なりあっていて、どの持ち主のものか聴き分けられない。パート練習だったり、三重奏、四重奏をふくらませていたり、大合奏だったりする。ハーモニーを楽しんでしまって、パズルを解いて、名前に結びつけたりしない。

いま、窓を閉めた。
外の暗がりが、室内を反射するガラスの明かりで閉め出された。スライドしながら景色を隔てて重ねる運動が、いまどの気持ちの風景も映していない顔の前を通り過ぎた。その瞬間、わたしはわたしを離れて、靴の中の小石のような気がかりを思いながら窓を閉めているじぶんを横から見ていた。何かをわかった気がした。けれどそれが何かをわからないまま、それが、わかる、ということなのかさえ、わからないまま、その瞬間は遠ざかった。虫の声は遠ざかった。隔たって。重なって。

眠るとき、まだ眠れないんだと騒ぐ声が外からじんじん響いてくることがある。布団に起きあがり、そっとカーテンをめくる。街灯が誰もいないアスファルトを白く照らしている。
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