詩と写真 *ミオ*

歩きながらちょっとした考えごとをするのが好きです。
日々に空いたポケットのような。そんな記録。

伝言

2015年05月09日 | 
穏やかな日和
練習し始めたエオリアンハープ
波のように繰り返して
深く浅く
黒い音符をたどたどしく辿る指が伝える
幾つもの傾きが角度を変えながら交差する
つながりと隙間が
ピタリピタリと望みを言い当てて
白く眩いほどなので
ひとり黙って座っているまるみの中は
とてもにぎやかになっている

くたびれて
手をとめると
隣家の庭の木々や鳥が
レースのカーテンを揺らして
しきりに伝言をする
これは一体どこだろう
そうだ、きっとあのあたり
今度は自分が爪弾かれ
本棚の前に誘われて
もう何年も開いていなかった本を手にとる
春の風は気まぐれなので
次々新しいメッセージを送り込む
数時間後の部屋の中
野原のように
本やスケッチブックや楽譜の花が
あちらこちらで咲いている
時間はたっぷりあるし
恐ろしいことなどこの世にひとつもないみたい
不安は厚い透明な壁の向こう側に追いやられ
強迫の声はいまはここまで届かない

そろそろ夕食の準備という頃
台所は陰りを帯びてくる
明日届くはずの本を待つ
ソワソワした気持ちは
嵐を知らせる風や雲のように渦を巻いて
鍋をかきまわす腕も
怪しい期待をふくらませていく
霞の向こうに何があるのだろう
磨りガラスが伝える桃や紫
途上の色
何か未知のものを含んで……

やがてそれらも
秘密を抱きかかえたまま沈んでしまう
すると時計の針が何を詰め込んでも
今日はもうあとこれしかないと
警告を刻み始める
私の夢も細かくなって
乾いて掃き出されてしまう

夕食後、ふきんで拭いたテーブルに
ご祝儀袋を置く
慣れない筆ペンでていねいに書いても
名前は落ち着きなく曲がり
ねじれてしまった
がっがりしてチラシの裏に何度も名前を書き直す
先に練習すればよかったのに
いまさら遅いよね
つぶやくと
人生と一緒だよ
(取り返しがつかない)
と恐ろしいひとことが返ってきて
春はピシリと立ち止まった
なんとなく、そんな気がしてた
そんな気が、ひびになり
まだ部屋の隅に残っていた夢のかすと混ざり
いちめんに暗緑色がひろがって
すっかり夜なのだ
ざわざわと波立つ水面の意味を
考えないことにして目をつぶって眠る
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする