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ネコ好きSENの洋画ファン

ワン5ニャン9と共棲。趣味は洋画と絵画。ライフワークは動物・野生動物の保護救済、金融投資。保護シェルターの設立をめざす

初めて出逢った日のように・4

2015-08-10 13:14:39 | 小説はいかがでしょう★

 

 

 

初めて出逢った日のように

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこの病院ですか?」

「茨城の病院なんだけど」

「茨城か……」

「やっぱり、ちょっと遠いわよね……」

 

利布もうなずいている。

 

「でもいつ退院できるかわからないし、このままここにいても

流夏ちゃんが大変でしょう」

「茨城に行ったら学校はどうするの? バイトだってあるし」

「お父さんだけ行かせられない?」

「父さんをひとりにするの? 話しかける人がいなかったらきっと

淋しがるわ」

「向こうの看護士さんが流夏ちゃんの代わりにたくさん話しかけ

くれるわ。

看護学校がいっしょだった人でね、すごく面倒見がいいのよ」

 

病院側ではそんな話が出ているのか。

利布さんは優しく言ってくれているけど、担当が違っていたら

きつく言われていただろうな。

追い出されるかもしれない、とか。

 

利布さんはわたしの家の事情をよくわかってくれている。

きっとわたしのために一番いいと思ったからこそ話してくれて

いるのだ。

 

ベッドの横にもどると新井夫婦は曇った表情でうつむいている。

看護士との話し声が聞こえたのだろう。

流夏は父が目を覚まさないでよかった、と思った。

今の話を聞かれたくないし、自分のこんな途方に暮れた顔を

見られたくない。

 

将来は看護士になりたいと思っていたけど、それも無理かな。

 

ぼんやり天井を仰いで、ふと自分を見ている山田と目が合った。

《資本主義の終わり》、と書いてある文庫本を腹に乗せてい

るが、まったく文字は追っておらず、まっすぐに落ち込んだ

少女を見ている。

あふれるばかりの同情と、どこか強さのこもったまなざし、

流夏は恥ずかしくなって視線をそらした。

 

そのとき、廊下からヒールの甲高い音が聞こえてきた。

女性の声で、なにこれ、なんでこんなに粗末なの、と怒った

口調で言っている。

その声の主がドアから入ってきて、部屋はいっきに香水くさ

くなった。

 

二十五歳ほどの若い女で、ブルネット色の髪を肩のあたりで

跳ね上げ、流行の帽子をパールのピンで留めている。

化粧ばっちりの顔、アイラインは濃く、唇は赤く、着ている

スーツはシャネルで、まるでブランド雑誌のグラビアから出

てきたような女だ。

 

一緒に入ってきた紺色スーツの男が両手に花と果実を持って

いる。

 

女は右から左へと部屋の中を見わたし、その視線は流夏を

とらえたがすぐに離れ、奥のベッドに寝ている対象を向く

と、あらあらあら、と寄っていった。

 

「雄一、なんであなたがここにいるのよ。もっと病気に

なりたいわけ」

 

女の声は病人にも見舞客にも、廊下を歩く看護士にも聞こ

えた。

流夏はその声で父が起きるかと思ったほどだ。

 

山田は本を横に置いて半身を起こし、困ったような顔を

あげた。

 

「ああ、いや、珠姫(たまき)、あの、もう少し声を

小さく―――」

「何言っているのよ。ここはあなたのような男がいる場所じゃ

ないでしょう。

せまいところに大所帯で息がつまりそうだわ。すぐにパパの

病院に移してもらうように掛け合ってくるわ」

「いや、いいんだ。わたしはここで」

 

ええっ、と珠姫はつけまつげの目をバサバサさせた。

 

「なによ、正気で言っているの。こんなところにいたいなんて、

もしかして頭も打ったんじゃない?」

 

珠姫は自分のジョークに笑ったが、愛想よくしたのはいっしょに

来た紺色スーツの男だけで、山田はやれやれと肩をすくめた。

 

「どうせもうすぐ退院だし、荷物を動かすのが面倒だよ」

 

スーツの若者は山田に挨拶をすると花をサイドテーブルに、

果実は床に置いた。

 

「ほら、見なさいよ。こんなにせまくちゃお見舞いのメロンを

置くところもないわ」

 

自分は車にもどっています、とスーツの男が出ようとすると

山田は声をかけ、車いすに移してくれないかと頼んだ。

 

「きみの秘書を使って悪いが、看護士を呼ぶより早いだろう」

「それですぐに退院だなんて、よく言えたものだわ」

 

山田は秘書の手を借りてベッドから腰をあげ、片足をあげたまま

横に置いてある車椅子に移った。

 

「外で話そう」

「どうしちゃったのよ。パパが特別室を空けて待っていることは

知っているでしょう」

「その申し出は前に断っただろう」

「たしかにそう聞いたけど、まさか本気だとは思わなかったわ。

わたしがすぐにお見舞いに行かないのでわざとごねているのかと」

 

山田は車椅子で廊下に出てしまい、待ってよ、と言いながら珠樹が

後に続いた。

 

「せまくて悪かったわね」

 

新井夫人がドアに向かって言い放った。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

流夏のイメージ

 

 

 

 

 

 

 

 


不定期連載小説「初めて出逢った日のように」3

2015-08-08 23:34:27 | 小説はいかがでしょう★

 

 

 

「初めて出逢った日のように」

 

第3回

 

 

 

 

ばかよねえ、若い人に混ざって荷物運びのバイトなんてするから。

流夏は脱脂綿を濡らして、父の乾いた唇に当てた。

 

「流夏ちゃん」

 

声に振り返ると、新井の奥さんが苺を乗せたクリームたっぷりのショー

トケーキを差し出している。

 

「あなたのぶんも買ってきたの。どうぞ」

 

流夏は礼を言って受け取った。

ケーキを食べるのは久しぶりだ。

甘いクリームが口の中で広がって、ふいに自分が17歳だったことを思い

出した。

 

17歳らしいことしていなかったからかな。

でも17歳らしいことってなんだろう。

学校に行って、部活やって、恋なんかもしちゃって―――

 

「流夏ちゃんも偉いわよねえ。ひとりでお父さんの面倒を見てるんだから。

その歳なら友だちと遊びたいでしょうに」

「いいの。わたしなら平気よ」

 

だって、父さんにはわたししかいないのだもの。

愚痴をこぼしても仕方がないわ。

わたしだって父さんがいなければひとりぼっちになってしまう。

甘いはずのケーキが今なんとなくちょっと苦い気がした。

 

「そういえば、流夏ちゃんは知ってる? 新しい治療法があるらしいわよ。

テレビで言っていたけど」

「新しいって? どんな治療なの?」

 

流夏は思わず身を乗り出した。

 

「詳しいことは知らないけど、脳にダメージを受けた人には画期的な方法

だとか」

「おい、まだ臨床段階だろう」

 

半身を起こしている夫が言った。

 

「あんまり期待させるようなことを言うなよ」

「そこまで聞いたら期待しちゃうわよ。なんていう治療法なのかしら。

この病院でもやってくれるかな」

「流夏ちゃん」

 

担当の看護師が戸口のところで手招きしている。

岡田利布といって明るい性格で、誰にも優しく、この病院でいちばん

人気のある看護師だ。

 

廊下に出て行くと、岡田は神妙そうな目で見ている。

いつもならジョーダンを飛ばし合うのに。

 

「流夏ちゃん、ずいぶん疲れた顔をしてるわ、むりしてない?」

「だいじょうぶよ、ねえ、それより新しい治療法が見つかったんですって? 

いま新井さんから聞いたんだけど―――」

 

それより、と利布は言いにくそうに顔をくもらせた。

 

「あのね、担当の先生から、もう少し安い病院に移ってはどうかって話、

聞いているでしょう」

 

その話か。

 

かれこれ五十万円ほど入院費を滞納している。

保険のきかない新薬を使ったときなどは値段の高さに気が遠くなった。

 

でも哀れな父には何でもしてあげたい。

 

少しでも効く可能性があるなら試してやってほしい、そう思ってきた

けど……

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 


初めて出逢った日のように・2

2015-06-21 13:56:14 | 小説はいかがでしょう★

 

 

みなさん、こんにちは。

小説の第2回目です。

 

 

 

初めて出逢った日のように

 

 

 

その2

 

 

広い敷地にある総合病院、流夏はバスから降り、向かいにある花屋に

寄った。

おじさんばかりの殺風景な病室だから、花くらい置いてもいいでしょう。

花びらの甘い香りに誘われて父さんは目を覚ますかもしれない。

 

父の病室は四人部屋で、となりにいるのが新井という三十代くらいの男。

女房と子供たちがよく面会に来ている。

楽しそうな笑い声が聞こえてくると、流夏はほんの少しうらやましくなった。

 

向かいの窓側にいるのが山田という男で、鼻が高く彫りの深い顔をして

る。

口の周りにひげを生やし、流夏が見かけるときはたいてい銀縁メガネを

けていて本を読んでいる。

オランダ人みたい、と流夏はひそかに思っている。

カステラの箱に描いてあったオランダ人、あの絵に似ているわ。

 

新井の女房から聞いた話では、五日ほど前に病室にきたとき、

右足に包帯をした格好で、寝台ストレッチャーの上で、

個室にしてくれ、と大声でわめいたそうだ。

 

個室か特別室に替えてくれと叫び、看護師が、どちらも空いていな

いと応えると、それじゃストレッチャーから降りない、と言い張ったと

いう。

 

いい歳してね、と女房が笑う。

けがをした時よりも、個室が空いていないと言われたときの方が

ショックだったみたい。

女房の話に理世は声を出さずに笑った。

 

「特別室だなんて、きっとお金持ちなのね」

「子供が苦手なのかもね。家族もいないみたいだし―――」

と言いながら女房が顔を寄せる。

 

あのヒトね、いつもはぴったりとカーテンを引いてるのに、夕方になっ

て、流夏ちゃんが来るころになると、あんなふうに開けているの。

それで、流夏ちゃんが帰ると、またカーテンを閉めるのよ。

きっと流夏ちゃんに気があるんだわ。

 

 

「こんにちは」

流夏は新井と女房に頭を下げて父親のベッドに行った。

ちらりと山田をのぞいたが、相変わらず無表情に本を読んでいる。

ちらりとこちらを見て、流夏と目が合うと、あわててそらせた。

 

流夏はくすぐったい気分で父親の横にすわった。

「父さん、おそくなってごめんね」

白髪になった頭、深いしわの入った額、浅黒い肌、色の失せた唇、

それでもぐっすりと眠っている。

 

「フリージアを買ってきたわ。この花、わたしけっこう好きなんだな。

千円も出したのに三本しか入れてもらえなかったけど」

 

花びんに挿すと薄むらさき色の花びらから甘酸っぱい香りがただよ

ってくる。

風が吹いたら消えてしまいそうなほどさりげなく。

 

「父さん、今日はいい表情しているわ。なんだか今にも笑いだしそう

な感じ。

きっと楽しい夢をみているのね。

母さんのことかしら、そこにわたしもいるの? ねえ、父さん」

 

濡らしたタオルで父の頬をそっと撫でる。

頬に受けた傷はうっすらとした痕だけになり、腕と指先の包帯もとれた。

だが意識はまだ薄い。

 

配送会社で働いていた父が倒れたのは酷暑のつづく午後だった。

夜でも暑い日が続き、眠れず身体は疲れていた。

その日父は三十キロはある荷物を担ぎあげていた。

目的の階を目指して非常階段を上がっていた。

マンションの屋外にとりつけてある階段で、汗を滴らせながら父は

うめき声をあげた。

 

「葉山さん、大丈夫っすか?」

 

「ああ、これくらいなんでも……」

 言い終わらないうちに意識が飛んだ。足もとはよろけ、

コンクリートの階段を転がり落ちた。

脳血管が切れたのだ。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 


座礁7

2015-04-29 12:33:42 | 小説はいかがでしょう★

 

 

不定期連載SF小説  座礁

 

 

 

 

 

古い皮カバン、金メッキを塗った留め金も褪せている。

シンは目を細めてあきれ顔になった。

 

「よかったらおれが開けてやろうか?」

「無理に開ければ中のものが壊れる。とてもデリケートなんだよ、

きみと違って」

 

レンはジャケットの袖をめくって腕時計を見た。

 

「時間がない。今後きみとどうすれば連絡がとれる?」

「よしてくれ」

「直接アクセスできるかな?」

「逢う気なんかないね」

 

ボイスが鳴った。

 

「D区に入ります」

「アビィ、速度を落とせ」

「落とすな、追いつかれる!」レンが叫んだ。

「金を払えば機嫌を直すのか?」

「その可能性は……おまえのそれ、女に言うみたいなセリフだな」

「わかった、OK。そんじゃ五日後に【オール・シングス・グッド】で逢お

う。D区の繁華街にある店だ」

「オール、シット……」

「【オール・シングス・グッド】だ。ミュージシャンのいるライブハウスだよ。

いや、まあ、とりあえずそういう看板だけど、扉の向こうはストリップとイカ

サマ師だらけのカジノになってる」

 

シンはヒューっと口笛を吹いた。

 

「最高の社交場か」

「D区に真っ当なやつはいないって? そういうこと」

 

レンはシートに手をつきながら後部に移動し、指先で壁を撫でるように

してサブユニットの在り処を確かめている。

 

「おいおい、ヒトのものに勝手にさわるなよ」

「その店にミンダミンというやつがいる。カバンを見せれば、好きなだ

けの金を払ってもらえるだろう」

「ほう」

 

シンはシングル銃にかけた手を放した。

 

「だったらもうおまえに逢う必要はないな」

 

ユニットのキィロックがはずれ、レンはふりむいた。

 

「シン、ぼくにはきみが必要だ」

「ご利用ありがとうございました」

「忘れるなよ、五日後に―――」

「リーレイレイが接近中です」

 

レンはレバーをひいてサブユニットに飛び込んだ。

一人用シート、腰を入れると即座に電気系統が点滅し、スタートボ

タンが点いた。

 

 

「逃げ足だけは準備を怠らないってことかな」

 

 

サーキットが流れてエッグ型ユニットは宙に放り出された。

しばらくきりもみ状態でころがった後、水平になり、勢いよくジェッ

ト噴射した