令和4年2月2日(水)
①の現代訳
石山寺のある石山の奥、
石山寺のある石山の奥、
岩間寺の後ろに国分山という山がある。
その昔、ここにあった国分寺の名を
伝えているのだろう。
ふもとにある小川を渡って、
緑の山に登ること三曲がり二百歩で、
八幡宮が建っている。
ご神体は阿弥陀の尊像、
阿弥陀如来だとか。
唯一神道の社職の家では、
神仏混淆をたいそう嫌うと聞いていること
ではあるが、
ここは神仏一帯の両部神道のこととて、
仏菩薩が本来の威光を和らげ、
衆生の利益倍増で有り難いことだ。
常日頃は参詣する人もないので、
常日頃は参詣する人もないので、
神々しく物静かなその傍らに、
人の住み捨てた草庵がある。
蓬や根笹生い茂って軒を囲み、
屋根は雨漏りし、壁は落ちて、
狐や狸の格好の寝床になっている。
名を「幻住庵」という。
住んでいたお坊さんは、
名を「幻住庵」という。
住んでいたお坊さんは、
膳所藩の菅沼氏で、
俳号を曲水という潟の叔父であったが、
今は無くなって八年くらいになり、
文字通りはかない幻の世に住んだという
「幻住老人」の名だけを残している。