6月14日付 読売新聞編集手帳
詩人にして読売新聞の政治記者でもあった中桐雅夫は書いている。
〈戦いと飢えで死ぬ人間がいる間は/おれは絶対風雅の道をゆかぬ〉と(「やせた心」)。
地震と津波の災禍に区切りがつくまでは花鳥風月を取り上げぬ――と、
先輩記者にならって誓いを立てたわけではないのだが、
小欄を借りて季節の花を愛(め)でる機会がなかなか見つからない。
サクラはいつのまにか咲いて散り、
フジの花房も見損ねた。
〈紫陽花(あじさい)や白よりいでし浅みどり〉(渡辺水巴)。
色の七変化ではことに初々しい「浅みどり」も、
今年はどうやら見のがしたらしい。
梅雨入りを控えた福島県では、
原発事故現場から20キロ圏内の警戒区域にある家屋の雨漏りが心配されている。
屋根瓦が大きな揺れで壊れたまま放置されており、
柱が腐れば、住民は自宅に戻れたとしても住めない恐れがあるという。
被災地に親類縁者がいない人のなかにも、
東北地方の気象情報にそのつど耳を傾けている方は多かろう。
身近な花に気のまわらぬときもある。
せいいっぱい美しく咲く花たちには、
なんとも張り合いのない初夏だろう。
人が泣けば、花も泣く。