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「梅雨」という季節の用意した喪に服する

2011-06-05 19:35:43 | 編集手帳
  5月28日付  読売新聞編集手帳


  文芸春秋の編集者で随筆家の車谷弘氏に、
  『菊池寛文学全集』の刊行当時を回想した文章がある。
  1年をかけて全10巻を編んだ。
  全巻がそろったとき、
  ちょっと困ったという。

  函(はこ)の色はセピア(暗褐色)とし、
  どのインクを何%ずつ…と、
  調合を細かく指定したのだが、
  全巻を並べてみると色合いが微妙に違う。
  ひとつの全集で函の色がばらばらでは体裁が悪い。
  印刷所の責任者から、
  〈日本の気候風土によるのだ、ときいたときはびっくりした〉(『銀座の柳』)。
  四季によって湿度が異なり、
  インクの乾き方が違って色合いに差が出たという。

  半世紀も前の話であり、
  印刷物の乾燥方法は進歩しただろうが、
  人の心の乾燥方法は今もそう進歩していない。
  しばらくは湿気に心の色のくすみがちな天気がつづく。
  きのう、関東甲信と東海の各地方が梅雨入りした。

  セピアといえば、
  亡き家族の写真を倒壊した家屋から掘り出した被災者の方も多かろう。
  いつもならば「梅雨入り」と聞いて、   
  ため息まじりのボヤキが口をついて出るところである。
  今年は、
  季節の用意した喪に服するような、
  しんとした気分でいる
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