美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

桶谷秀昭『昭和精神史』に対して異論あり

2014年07月22日 05時40分51秒 | 戦後思想


桶谷秀昭氏の『昭和精神史』は、戦後編を含めると、文庫版で一三〇〇ページほどの大著です。そうして、その多岐にわたる叙述は、大東亜戦争の敗戦までにいたる精神史の流れとその敗戦を背負っての戦後の精神史の流れをめぐるものである、とまとめることが許されるでしょう。だからこそ、長谷川三千子氏が『神やぶれたまはず』で鋭く指摘しているように、桶谷氏は、昭和二十年八月十五日に、心ある日本国民が、玉音放送を聴きながら、呆然自失の状態で聴き取った「天籟」(てんらい)に執拗にこだわるのです。言いかえれば桶谷氏は、大東亜戦争という完膚なきまでの敗北に終わった「いくさ」が民族精神の流れに刻み込んだものを何とか言い当てようとして筆を進めているうちに、いつの間にか一三〇〇ページの書物が出来上がってしまったのです。本書が生まれるまでの経緯は、おそらくそういうことなのではないかと思われます。

フロイトが言うように、自覚することは超えることです。つまり桶谷氏は、敗戦コンプレクスを乗り超えるために、本書を書いたのです。そうして、それを乗り超える主体が、桶谷氏個人であるのみならず、心ある日本国民でもあることにおいて、本書は、民族精神史上の「事件」である、と言いうるのではないかと思われます。本書は、心ある日本国民が戦後レジームからの脱却を果たすうえでの精神的な意味における出発点である、というのが、私の本書に対する評価の核心です。

以上を踏まえたうえで、『昭和精神史』に対して異論がある、というお話しをこれからしようと思います。まずは結論を先に申し上げます。私たち日本人が敗戦コンプレクスを内在的に乗り超えるうえで、沖縄戦における県民の戦いぶりをどう認識するかは、決定的な意味を有します。しかるに本書において、沖縄戦における県民の戦いぶりについての精神史的な考察はたったの一行もなされていません。私見によれば、そうである以上、敗戦コンプレクスの乗り超えは、はじめから不可能の刻印を押されているというよりほかはない、という結論に至ります。

本書が沖縄戦について触れているのは、次の箇所だけです。文庫本で、わずか七行の分量です。

沖縄守備軍約九万名が、八十三日にわたる死闘ののちに玉砕したのは六月二十一日であつた。このなかには沖縄一中をはじめ中学一、二年生までを動員した鉄血勤皇隊やひめゆり隊の女学生も含まれる。
 さらに非戦闘員の島民十万人が犠牲になつた。
 米軍は上陸総兵力十八万三千名のうち、約五万名の戦死傷者を出した。
 「秋をまたで枯れていく島の青草は皇国(みくに)の春に蘇へらなむ」といふ辞世をのこして、牛島軍司令官は切腹して果てた。


以上です。読み手からすれば、さらっと読み流して、はい次、という扱いになってしまいますね。その後、「戦われざる本土決戦」についての精神史的考察が五ページほど続いているのと比べるとき、沖縄戦についての淡々とした事実の叙述の素っ気なさには異様なほどのアンバランスを感じてしまいます。私はなにかむずかしいことを言おうとしているわけではありません。大田実海・軍司令隊隊長が「沖縄県民かく戦えり」で訴えたように、沖縄県民は、人口の三分の一を失うほどの本土決戦をあの狭い島で戦い抜いたのです。彼らは、単なる戦争の犠牲者ではないのです。繰り返します。彼らの心根に即するならば、彼らは間違いなく本土決戦を最終過程まで戦ったのです。そのことが、「昭和精神史」の名を冠する本のなかで、まったく精神史的考察の対象となされていないのは、異様と形容するよりほかはありません。

私は、最近アップした文章のなかで、次のように申し上げました。

本土の人々は、精神的な空白状態と戦後のどさくさによって我を忘れ、沖縄の存在をすっかり忘れてしまったのです。それと同時に、沖縄県民が、あの小さな島で民族精神としての本土決戦を戦い抜くことによって、図らずも思想戦としての大東亜戦争の義を命がけで守り抜くことになったこともすっかり忘れてしまったのです。
http://blog.goo.ne.jp/mdsdc568/e/4d30316038c1eaa14c211029694604f5

私見によれば、これは、昭和精神史上における重大な事実です。端的に言えば、この事実が、われわれをして敗戦コンプレクスからの脱却を不可能ならしめているのです。そうして、いま私が申し上げた一切が、本書にはっきりと刻印されているという不幸な事実そのものが、逆に、敗戦コンプレクスからの脱却という課題の大きさを証明していると私は考えます。

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2 コメント

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Unknown (ノーネーム)
2016-12-27 12:35:28
文章は分量じゃないんだよ。
もう1度じっくり読みなさい。
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はて? (美津島明)
2020-09-05 15:47:41
「自分は、ここをこう読んだので、お前の意見は浅薄だと思う」という、あなたの視点の具体的提示がまったくないので、事実上、当方に対して「エラそうにしたい」という気持ちだけが浮かび上がっていますよ。
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