美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

ブリティッシュ・フォークの名曲(その2)「Murder of Maria Marten」

2014年08月02日 23時36分41秒 | 音楽
「Murder of Maria Marten」は、シャーリー・コリンズ&ザ・アルビオン・カントリー・バンドのアルバム『No Roses』(1971年)に収録されています。同アルバムは、前回ご紹介した、フェアポート・コンベンションの『Liege and Lief』とともに、ブリティッシュ・フォークの最高峰を成すと評価されています。個人的にも、その評価に異存はありません。同曲の主なパーソネルは、ヴォーカルがシャーリー・コリンズ、エレクトリックギターがリチャード・トンプソン、ベースがアシュレイ・ハッチングスです。リチャード・トンプソンとアシュレイ・ハッチングスは、前回ご紹介した「MATTY GROVES」でも登場した名前です。そのことからもうかがわれるように、当時のブリティッシュ・フォーク・シーンを演奏面でリードしていたのがリチャード・トンプソンなら、アイデア面でリードしていたのはアシュレイ・ハッチングスだったと言っても過言ではありません。

フェアポート・コンベンションのメンバーをはじめとする二六人ものミュージシャンがなかば自然発生的に彼らのもとに集まりました。お互いのプレイに興味を示しながら和やかにレコーディングが進み、とてもいい雰囲気だったそうです。同アルバムに収録された曲の多くはリハーサルもなしに即座にレコーディングされ、ひょっこり訪ねてきてはそのまま居残って、レコーディングに参加するミュージシャンたちでスタジオがいっぱいだったそうです。「幸せな時間だった。私たちは多くのミュージシャンが集まったということで、その一団に名前を付けるってアイデアを思いついたわ。The Albion Country Bandはアシュリーと私が思いついた名前よ」と語るのは、ヴォーカルのシャーリー・コリンズ。彼女とアシュリーは、同アルバムの録音時には結婚していました。新婚ホヤホヤだったわけです。

「Murder of Maria Marten」の背景について説明しておきましょう。同曲のモチーフは、一八二七年のビクトリア王朝期のイギリスで実際に起きた殺人事件です。それは、地主の放蕩息子のウィリアム・コーダーが、身持ちの悪い不良少女マリア・マーテンと肉体関係を持ち、マリアから子供が出来たことを理由に結婚を迫られたので、思い余って彼女を殺した事件です。殺人が発覚したコーダーは処刑されました。当時は処刑されたコーダーの頭皮がロンドンの店でショーウィンドーに飾られたり、事件の舞台となった小屋の屋根や壁板が剥がされたりと、かなり大衆の注目を集めた事件だったようです。

それが、″腹黒い地主ウィリアム・コーダーが無垢な若い娘マリア・マーテンを慰みものにした挙句、領内にある赤い屋根の小屋で彼女を殺してしまう。小屋の床下にマリアの死体を埋めた彼は、何食わぬ顔で資産家の娘と結婚しようとするが、命運尽きて悪事がバレてしまう″という大衆好みのメロドラマに仕立て上げられることになり、マリアの継母が夢の中で彼女の死を告げられたとか、マリアの幽霊が死体発見に関与したとかいった尾ひれ背びれが付け加えられた三文小説も数多く出版され、ついには舞台劇まで作られてしまったというわけです。またその後映画化もされ、コーダー役の怪優トッド・スローターが一世を風靡したこともあります。この物語の人気は根強くて、現在に至るまで様々な劇団によって再演され続けているそうです。

アシュレー・ハッチングスは、以上のことを十二分に踏まえたうえで、不条理で倒錯的な美の味付けをして、ビクトリア朝の一断面を現代に蘇らせています。

以上から、お分かりいただけると思いますが、「MATTY GROVES」と同様に「Murder of Maria Marten」も、歌詞を分かったうえで聴くと、その劇的な効果が高まる曲です。以下に掲げます。


Shirley Collins & The Albion Band - Murder of Maria Marten


Murder of Maria Marten

“If you meet me at the Red Barn
(レッド・バーンに来てくれるなら)
As sure as my life
(命にかけて)
I will take you to Ipswich Town
(お前をイプスウィッチ・タウンに連れて行き)
And there make you my wife ”
(そこで娶ろう)

He straight went home and fetched his gun
His pickaxe and his spade
(鶴嘴(つるはし)と鋤も持ち出した)
He went unto the Red Barn
And there he dug her grave
(そこで彼女の墓穴を掘った)

Come all you thoughtless young men
(さても、思慮浅き若人たちよ)
A warning take by me
(わが警告を謹んで聴け)
To think on my unhappy fate
(不幸なわが運命をよく噛み締めて)
To be hanged upon a tree
(木に吊るされるわが運命を)

My name is William Corder
To you I declare
I courted
(口説いたのだ)
Maria Marten
Most beautiful and fair

I promised I would marry her
Upon a certain day
Instead of that I was resolved
(甘言の裏で、私は決めていた)
To take her life away
(彼女の命を奪うことを)

I went unto her father’s house
The eighteenth day of May
And said,“My dear Maria
We will fix our wedding day.”
(婚礼の日取りを決めよう)

With her heart so light she thought no harm
(浮き立つ娘は、何の不安も抱かずに)
To meet me she did go
I murdered her all in the barn
And laid her body low
(彼女の死体を土深く埋めたのだった)

After the horrid deed was done
(身の毛のよだつ振る舞いの後)
She lay there in her gore
(彼女は血の海に沈んでいた)
Her bleeding, mangled body lay
(ずたずたになった血まみれの彼女の死体は)
Beneath the Red Barn floor
(レッド・バーンの床の下)

Now all things being silent
Her spirit could not rest
She appeared unto her mother
Who’d suckled her at her breast
(乳を吸ったその母に)

For many along month or more
Her mind being sore oppressed
(母はひどくふさぎ込んだ)
Neither at night not yet by day
(夜となく昼となく)
Could she take any rest
(母にいかなる安息が訪れようか)

Her mother’s mind being so disturbed
(心がひどくかき乱されて)
She dreamed it three night o’er
(母は、三晩続けて夢を見た)
Her daughter she lay murdered
Beneath the Red Barn floor

She sent the father to the Barn
When he the ground did thrust
(父が地面を突き刺すと)
And there he found his daughter
Lay mingling with the dust
(土塊にまみれて横たわる)

My trial was hard I could not stand
(裁判は辛くて、耐え難かった)
Most woeful was the sight
(最もおそるべき光景は)
When her dear bones was brought to prove
(彼女の愛しい骨が証拠として差し出されたときだ)
Which pierced my heart quite
(私の胸をぐさりと突き刺した)

Her aged father standing by
Likewise his loving wife
And in her grief her hair she tore
(母は悲しみのあまり頭を掻きむしる)
She scarcely could keep life
(やっと生きているような有様だった)

Adieu, adieu, my loving friends
(さらば、さらば、わが愛しき友らよ)
My glass is almost run
(わが砂時計の砂はもうすぐ尽きる)
On Monday next will be my last
When I am to be hung

So all young men who do pass by
With pity look on me
For murdering of that young girl
I was hung upon a tree

ラストの効果音は、処刑場へコーダーを運んでいく荷馬車の音ではないかと思われます。毒気を含んだコーダーの眼差しが浮かんできますね。
コメント
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