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ながく、牧野紀之の仕事に関心を持っていただき、ありがとうございます。 牧野紀之の近況と仕事の引継ぎ、鶏鳴双書の注文受付方法の変更、ブログの整理についてお知らせします。 本ブログの記事トップにある「マキペディアの読者の皆様へ」をご覧ください。   2024年8月2日 中井浩一、東谷啓吾

民間給与の統計

2010年12月19日 | カ行
1、民間の平均給与(括弧内は前年比)

 1997年、467万円
 1998年、464万8000円(△2万2000円)
  ……
 2006年、435万円
 2007年、437万円(2万円増加)
 2008年、429万6000円(△7万4000円)
 2009年、406万円(△23万6000円)

2、2009年

 民間企業で働く会社員やパート従業員が昨年(2009年)1年間に受け取った給与の平均は406万円で、前年より23万7000円減っていたことが、国税庁の民間給与実態統計調査でわかった。下落額は1949年に同庁が統計を取りはじめて以来、最大となった。

 平均給与は、最も高かった1997年の467万円から、2007年を除いて毎年下落している。2009年の下落額は、過去最大だった2008年(7万6000円減)を大幅に上回った。「デフレ」が宜言された2009年の景気の悪化が給与に反映された結果と見られる。

 年収別だと、400万円以下の人数が前年より4%増え、全体(4506万人)の60%を占めた。一方、1000万円を超える人数は21%減り、全体の4%だった。

 事業所規模別では、従業員が5000人以上だと492万円だったのに対し、10人未満だと329万円となった。 (朝日、2010年09月30日)

3、2008年

 国税庁の調査では、民間企業の従業員の平均給与(年収)は、2008年、429万6000円で、10年前より35万2000円減った。

 転職サイトのDODA(デューダ)が昨年(2009年)、20~30代の会社員約1000人に聞いたところ、「副業経験あり」と答えたのは30.8 %。2007年の17.1 %に比べて約14 %も増えた。

 副業による平均収入は月4万2000円で、使い道の最多は生活費(29.6 %)だった。
 (朝日、2010年05月02日。渡辺周)

4、2007年

 民間企業で働く会社員やパート従業員の昨年1年間の平均給与は437万円で、10年ぶりに増加に転じたことが国税庁の民間給与実態統計調査で分かった。

 平均給与の過去最高は1997年の467万円だったが、その後は9年連続で減少し、2006年は435万円まで下がっていた。2007年の上昇は、昨年までの景気の緩やかな回復が給与に反映された結果とみられる。

   年収別

200万円以下の人
 2002年、853万人
 2003年、902万人
 2004年、963万人
 2005年、981万人
 2006年、1023万人
 2007年、1032万人(2002年の21.0%増加)

1000万円超の人
 2002年、217万人
 2007年、233万人(2002年の7.4%増加)

 つまり、格差が大きくなっている。

   性別

男性、300万円超500万円以下が多く、全体の34・5%
女性、100万円超300万円以下が多く、全体の49・4%

   業種別

1位、金融・保険業の691万円
2位、情報通信業の630万円
3位、化学工業の567万円

  (朝日、2008年09月20日)

   関連項目

公務員給与の仕組み
世帯平均収入

     参考(浜松市職員給与の実態)

 毎年、浜松市では11月05日の広報に「職員給与のあらまし」(言葉は違いますが)が発表されます。

 しかし、そこで発表される数字は「予算での給与総額」とそれを職員数で割った「平均給与」です。実際に1年間に支払われた年俸に基づいた数字は、集めてもいないようです。

 源泉徴収表の数字を元にすれば正確なものが出るでしょうが、これは税務以外に使ってはいけないことに法律で決められているそうです。

 しかし、偶然、浜松市の一般職員(部長以下)の本当の給与はどのくらいか。これを推定できる資料を人事課からもらいました。

 以下は、平成16年(2004年)の1年間(01月から12月まで)に旧浜松市職員が実際に得た年俸を多い順に並べてみたものです。人事課からもらったものです。

  第 1番の人   1253万2000円
  第 501番の人   905万1000円
  第1001番の人   841万3000円
  第1501番の人   780万9000円
  第2001番の人   705万9000円
  第2501番の人   581万7000円
  第3001番の人   468万6000円
  第3501番の人   344万7000円
  第3644番の人   191万8000円(255万7000円)

 (第3644番の人は新人で04月から12月までの給与の総額です。括弧内はこれを単純に12ヵ月にした推定額です)

 (平成16年11月05日の広報に載っている人数は3728人でこの3644人と少し違いますが、多分、技能職を入れるか否かの違いでしょう。以下では3644を取ります)

 さて、平成16年度の「予算ベース」での平均給与は 697万6000円でしたが、平成18年度の新市のそれは 664万4000円(平成16年度の95.2%で)、人数は5679人(同、155.8%)でした。

 これを適用して平成18年(01月から12月まで)に新市の職員が実際に得た年俸を推定しますと次のようになります。

  第 1番の人   1193万0000円
  第 781番の人   861万7000円
  第1558番の人   800万9000円
  第2339番の人   743万4000円
  第3118番の人   672万0000円
  第3897番の人   553万8000円
  第4676番の人   446万1000円
  第5455番の人   328万2000円
  第5679番の人   182万6000円(242万5000円)

 (第5679番の人は新人で04月から12月までの給与の総額です。括弧内はこれを単純に12ヵ月にした推定額です)

滋賀県の環境政策

2010年12月17日 | カ行
               嘉田 由紀子・滋賀県知事

 琵琶湖は冬になると、上層の冷たい水が湖底に潜り込む「深呼吸」が起こる。この大循環で酸素が行きわたり、セタシジミ、イサザなど多くの命が育まれてきた。

 気温が上昇し、湖水の温度変化が乏しくなると、この深呼吸ができなくなり、生態系に大きな影響を及ばす。湖底から栄養物質が溶け出し、水質が悪化する恐れさえある。温暖化は海の向こうの話ではない。

 滋賀県は、低炭素社会を実現するため、「2030年の温室効果ガスを1990年比50%削減」という目額を立てた。「20年に25%削減」の政府目標より野心的といわれる目標を達成するためには、必要な取り組み一つずつ洗い出し、費用を推計し、手順を示す「行程表」が有効だ。

 例えば、市街地への自動車の乗り入れ規制や自転車道の整備、次世代型路面電車の敷設、琵琶湖の舟運の活用などが考えられる。今後も人口増が見込まれる県では、家庭の太陽光発電や断熱材の利用促進、子どものころからの意識づけも重要だ。今年(2010年)03月、県はこれら190にのぼる事業を交通・運輸、生活、新エネルギーなど六つの体系にまとめ、実施時期を示した。

 計画が精緻なだけでは目標を達成することはできない。何より安定的な財源を確保しなければならない。その切り札として、CO2を排出するすべての化石燃料に課税する新環境税の創設を提案したい。

 県の行程表を全国に敷衍すると、必要経費は年約5兆円と推計される。新税は地方の温暖化対策を確かなものとしつつ、化石燃料依存体質から脱却し、太陽や水、風を利用する自然共生型社会への転換を促す一石二鳥のねらいを持つ。税負担を重くすることは社会全体に影響を及ばし、痛みを伴うが、未来のリスクを避ける事前投資として、国全体で大いに議論すべきだ。

 現在、目標実現に向けて策定中の条併の基本理念は「温室効果ガスの排出の抑制等と経済社会の持続的な発展との両立」だ。
化石燃料に依存しない低炭素社会の実現には、太陽光パネルやリチウムイオン電池など関連産業の活性化が不可欠であり、経済の持続的発展にもつながる。いずれ枯渇する化石燃料に依存する社会が永続することはない。

 物質に恵まれることが等しく精神的な豊かさを意味しないことを私たちは経験的に知っている。人にも生物にも住みやすい自然を孫子に残すために、「太く、短く」ではなく、「細く、長い」道を選ぶ時が来ているのではないか。

 県が努力しても、温室ガスの削減効果は地球の0.04%にすぎない。しかし、滋賀には異変を敏感に感じ、警告してくれる琵琶湖がある。1200年前、最澄が比叡山から広めた「一隅を照らす」にならい、地球の未来のために滋賀が先陣を切って取り組み、発信していきたい。

 (朝日、2010年12月01日)

下水道事業の意義

2010年12月16日 | カ行
        山田 淳(きよし)、立命館大学特任教授

 鳴り物入りで昨年(2009年)実施された政府の「事業仕分け」は、予算査定過程の一局面をオープンにした。しかし、下水道事業については「公共下水道」か「浄化槽」かの議論に終始し、「国から自治体に財源を移した上で、実施は各自治体の判断に任せる」と、結論を先送りしてしまった。下水道の持つ役割にもっと目を向けてほしかった。

 私は長年、琵琶湖、淀川流域を対象に都市の水循環を研究し、それを流域の施策に生かそうと、滋賀県の環境審議会やNPOの活動の中で努力してきた。

 下水道は水洗トイレの汚水や家庭雑排水を処理するだけではない。下流域の河川や湖沼、海域の水質を保全し、水道水や農工業用水としての再使用も目的にしている。

 川や湖の環境基準を守るため、河川管理者、水道事業者、下水道事業者が、お互いに協議、調整しながら事業を進めている。特に下水道事業は、流域の水質保全や都市雨水管理の要として、高度処理をはじめ、新しい技術の導入による健全な流域の実現が期待されている。

 「公共下水道」と「浄化槽」は、実際には同じ土俵で比較できない。まず排水の水質基準が違う。浄化槽の基準は相当甘く、検査も十分ではない。老朽化して浄化能力の落ちた施設を使っている例も多い。浄化槽から出る処理水は、湖や海の富栄養化をもたらす窒素やリンを十分にとれていない。最新の浄化槽なら両者の差は縮まるかもしれないが、浄化槽の利用者が下水道の利用者の何倍もの汚染物を流していることば事実だ。

 一方で、水問題への関心が比較的高い琵琶湖流域ですら、下水道の役割を理解している住民は少ない。下水道が完成しても接続せず、浄化槽を使い続ける人も多い。

 私が「事業仕分け」に期待したのは、今後の水環境問題や資源・エネルギー問題、ゲリラ豪雨対策に下水道事業をどのように関与させるかという政策議静だった。

 流域内の都市の水循環を考える時、環境改善のために下水道技術の高度化は不可欠だ。その効果は流域の多くの自治体にも及ぶ。それを個々の自治体の判断でできるだろうか。国がリーダーシップをとって政策を作り、自治体を支援することが不可欠だ。

 地球温暖化への取り組みにも関係する。下水処理場にたまる汚泥は産業廃棄物として処分されているが、再生可能なバイオマスエネルギーとして利用できる。単なる排水処理でなく、エネルギーの回収システムにもなるのだ。

 流域の水環境保全の課題は時代とともに変化してきた。国、自治体、民間が協力して新しい技術を開発し、成果を途上国など国際協力に生かすことも考えてほしい。

 (朝日、2010年01月24日)

キリスト受難劇

2010年12月15日 | カ行
           佐伯順子・同志社大教授

 ドイツ南部、オーストリアとの国境に近いオーバーアマガウという村は、十年ごとに村の人々による「キリスト受難劇」を上演することで知られる。1634年以来、ペストによる絶滅から免れたことへの感謝として続いている。今年(2010年)は5月15日から10月3日まで、計102回上演された。在外研究で滞在中の本年が上演年にあたり、ベルリンより足を運んだ。

 民衆劇といえば、日本の農村歌舞伎のような素朴なものを想像して出かけたが、舞台こそ屋外にあるものの、観客席は4720人収容で、しかも満員である。世界中から観客が訪れ、「村芝居」のイメージとはほど遠かった。

 芝居は迫力に満ちていた。キリストのエルサレム入城から、十字架上の受難、復活までを描き、人間が演じるという意味でも、イエスの人物像を表現する意味でも、文字通り等身大のイエスであった。十字架にかけられて全身から血を流すイエスの姿は、教会で目にするが、生身の人間によって再現されると、いかに残酷であるかがよくわかる。

 ロバに乗ってエルサレムに入城するキリストの姿には、既存の価値観への挑戦者としての誇りとともに、後の受難を予告するかのような哀愁が漂っていた。宗教劇が民衆の宗教理解にどれほど重要な役割を担うものであるかが実感できた。

 村の青年が演じるイエスは、新しい神の教えを説こうとする純粋さや熱意を存分に伝え、さらに、神の子という特殊な使命を負い、弟子たちにも距離を置かれ、孤独に死んでいかねばならぬ運命を目前にした恐れと苦悩を、まさに一人の人間(でありながら神の子)として説得力のある形で見せてくれた。キリストはあたかもカリスマのようであるが、実は悩みに満ちた平凡な一人の人間であったという遠藤周作文学のなかのキリスト像が納得される。間に休憩をはさんで前後3時間ずつの長丁場だったが、時間はあっという間に過ぎていった。

 日本の近代化には、キリスト教に影響を受けた知識人が大きな役割を果たしており、私がつとめる大学もキリスト教主義の大学である。特に明治以降の女子教育の発達にキリスト教が果たした役割は大きく、ミッションスクールといえば「お嬢さん学校」というイメージも定着している。

 しかし、私自身もすごしたミッション系女子校の優しく上品な雰囲気と、聖書が伝えるかくも強烈な人間の愚かさと暴力は、何と対照的であることか。キリスト教式結婚やクリスマスのような、日本におけるキリスト教の甘くやわらかいイメージは、聖書の内容をオブラートでくるんだよう。日本のキリスト教が誤りというわけではなく、本家の西洋でもキリスト教の解釈は多様であり、受難劇が伝えるキリスト像は一例にすぎない。また、かつての民衆劇は喜劇的要素が強く、教会からは涜神行為とみなされて頻繁に禁止令が出されたという(下田淳『ドイツの民衆文化』)。

 だが、愛と慈しみの教えは同時に、恐ろしい人間の性をも見せつけ、それが世界の民衆の心をひきつける力となり続けているのであろう。
(朝日、2010年10月08日)

   参考

キリスト教

個人

2010年12月13日 | カ行
  参考

 01、何が個人に影響を与えるか、それがどのような影響を与えるか──これは本来同義だが──は、従ってただその個人にのみ依存している。(精神現象学225頁)
 02、絶対的であると思われている現実の個人への影響は個人を通ることで正反対の2つの意味を獲得する。即ち個人は、その影響してくる現実の流れを甘受するか、それともその流れを断ち切り方向を変えるか、である。(精神現象学226頁)
 03、従って環境と個人の相互関係にはいかなる必然性もないのである。(精神現象学227頁)

 04、個人の自然的身体的素質も精神的素質も初めから等しくないが、多様な偶然的な事情によって、それの発展は更に違ってくる。(法の哲学200節)
 05、国家は客観的精神であるから、個人自身は国家の成員である限りで客観性と真理性と人倫を持つにすぎない。……個人の使命は普遍的生活を送ることである。(法の哲学258節への注釈)
 06、能力や技能や性格というものは個人の特殊性に属する。個人は1つの特殊な仕事のために教育され、形成されなければならない。(法の哲学277節への付録)

 07、〔個人をアトムと考える〕原子論的な考え方は、抽象的な〔一面的な〕見方であり、市民社会の中で既に消滅している。そこでは個別者〔個人〕は普遍的なものの成員となっている。(法の哲学303節への注釈)
 08、いかなる行為の頂点にも、従って又世界史的な行為の頂点にも個人が立っているのであり、個人が実体的なものを実現する主体なのである。(法の哲学348節)

 09、人間は個々の点では自分をいつわり多くの事を隠すこともできるが、自分の心の内を全部隠すことはできない。人の心の中はその人の全人生行程の中に現われるものです。ですからこの点では、人はその人の行為の総和であると言わなければなりません。(小論理学第140節への付録)

 10、個人は民族の存在を、自分がそれに合体しなければならない、既に出来上がり固定した世界として自分の前に見出す。個人はひとかどの者になるためには、この実体的な存在が自分の感覚様式や技能になるくらいにまで我が物としなければならない。作品は眼の前にある。個人はそれを学ばなければならず、それに則って自己を作らなければならない。(歴史における理性67頁)

 11、個人と全体とはこの実体の産出期には合致している。それが分離するのは反省期においてである。(歴史における理性67頁)
 12、世界史にとっては個人は何の関係もない。歴史にとっては個人は歴史を進展させるための手段にすぎない。(歴史における理性76頁)
 13、人々は自分の利益を成就する。しかし、その時、それ以上の事が成し遂げられている。それはその利益の中にあるのだが、人々に意識されず、彼らの意図の中にはなかったものである。(歴史における理性88頁)
 14、いまだに精神的になっておらず教育されていない個人は単なる外面的存在でしかない。(歴史における理性90頁)

 15、個人を普遍化することは、主体が人倫〔習俗〕へと教育されることである。そして、人倫はまさにそのようにして〔現実に〕妥当するのである。特殊の中にあるこの普遍が特殊な善一般であり、現存する人倫である。その限りでこの人倫の産出は、常に再生産し続けるような保存であって、単なる死んだ持続ではない。(歴史における理性93頁)

 感想
・「勉強することは先人の成果を再生産することであり、それは遺産の惰性的継承ではなく創造的継承である」(牧野紀之「先生を選べ」)

 16、個人の価値は、その人が民族精神に合致していること、民族精神の代表者であること、全体的なものの仕事の1つに配属されていることのうちにある。(歴史における理性94頁)
 17、個人の道徳性は、その人が自分の属する身分の義務を果たすことである。(歴史における理性94頁)

 18、個人は、或る発展段階にある民族の子である。誰も民族精神を飛び越え得ないのは、大地を飛び越え得ないのと同じである。(歴史における理性95頁)
 19、或る人の今の姿とは、その人の行為の結果であり、一連の行為の結果であり、その人の作ったものである。(歴史における理性114頁)
 20、どの個人も民族の子であり、その国が発展している限りで時代の子である。誰も時代から遅れることは出来ないし、時代を飛び越える事も出来ない。(歴史における理性122頁)

 21、人格的な個人と偶然的な個人との区別は概念上の区別ではなくして、歴史的な事実である。……例えば身分は個人にとって偶然的なものであり、家族もまた多少ともそうである。(ドイツ・イデオロギー古在訳108頁)

 22、歴史的発展の過程で、そしてまさに分業の内部では不可避的である社会的関係の独立化によって、個人の生活の中にある種の区別が出てくる。即ち、人格〔個人〕としての生活と、労働の何らかの部門及びこれに所属する条件のもとでの生活との区別である。……身分〔社会〕では(それ以前の種族社会では尚更)この事はまだ覆い隠されていた。例えば貴族はどこまでも〔何をしている時でも〕貴族であるし、平民はどこまでも平民である。(ドイツ・イデオロギー古在訳117頁)

 23、或る人の発展は、その人が直接間接に交通している他の全ての個人の発展によって制約されている。(ドイツ・イデオロギー古在訳223頁)

 24、ヘーゲルが時代を重視したことは法哲学の序文において「各人が彼の時代の息子であるごとく、哲学もまた時代を思想において把握したものである」と言ったことによって有名であるが(なお哲学史講義17巻85頁参照)、精神現象学当時の重要な資料としては次の3つをあげることができる。①アフォリスメン51。「誰れでも自分の時代よりもよりよきものであろうと意志し、またそのつもりでいるが、しかし、よりよくある人とは彼の時代を他人よりもよりよく表現するものであるにすぎぬ」(ドタメンテ369頁)。(②以下略)(金子武蔵訳「精神現象学」461頁)


国有化

2010年12月11日 | カ行
  参考

 01、国有化は、土地の所有権の、即ち地代を受け取る権利の引き渡しを意味するが、決して土地そのものの引き渡しを意味しはしない。国有化は、すべての農民が土地を、誰の手にであろうと自分の意志に反して引渡すことを、いささかも意味するものではない。……

 国有化とは、地代を国家へ引渡すことである。農民は、多くのばあい、土地から何の地代も受けとっていない。つまり、国有化の際には、彼らは何一つ支払う必要がないばかりか、農民民主主義的国家は、累進所得税を実施して、小経営者の支払いを軽減するのである。国有化は、土地の動産化を容易にするが、しかし、小農民から彼らの土地を彼らの意志に反して取り上げることをすこしも意味するものではない。(レーニン邦訳全集第10巻165頁)

公害

2010年12月09日 | カ行
  参考

 01、おそらく、最初に公害という言葉を作った人は、英法に言うパブリックニューサンス(public nuisance)の訳語のつもりであったのであろう。……今日では、公害という言葉は、英法に言うパブリックニューサンスよりもはるかに包括的な内容のものとなっている。(庄司光・宮本憲一「恐るべき公害」岩波新書206頁)

 02、公害問題というのは差別の1形態であります。……実際に先ず公害の被害者というものは差別されます。……差別というものは全生活的なものでありまして、……被害者は常に被害を体全体で受けている。……差別の中身はどういうものだと聞かれて出来る唯一の答えは、「お前と俺と場所を入れ替えよう」ということしか出来ない。(宇井純「公害原論」1、亜紀書房36-9頁)

 03、能率をあげる思想が公害の元ではなかろうか。(宇井純「公害原論」1、亜紀書房63頁)

 04、公害には4つの段階があるらしい。それは起承転結である。……つまり、公害というものが発見され、あるいは被害が出る。それに対して原因の研究、因果関係の研究(第1段目)というものが始まりまして、原因が分かる。これが第2段目とします。

 そうしますと、原因が分かっただけでは決して公害は解決しない。第3段目に必ず反論が出てまいります。この反論は、公害を出している側から出ることもある。あるいは第3者と称する学識経験者から出される場合もあります。いずれにせよ反論は必ず出てまいります。そうして第4段は中和の段階であって、どれが正しいのかさっぱり分からなくなってしまう。これが公害の4段階であります。(宇井純「公害原論」1、亜紀書房98-9頁)

 05、〔公害問題に〕第3者は存在しないという〔第2〕原則。(宇井純「公害原論」1、亜紀書房107頁)

 06、活字よりはガリ版、ガリ版よりは手書き、手書きよりは本人から直接聞くこと、これが公害の研究の原則です。……第2次資料から始めてはいけない。(宇井純「公害原論」1、亜紀書房198-9頁)

 07、公害対策の最も根本的なものは原因の除去であって補償ではない。(宇井純「公害原論」1、亜紀書房243頁)





現実性、die Wirklichkeit

2010年12月04日 | カ行
  参考

 01、個体性によって貫かれた実在性、即ち現実性(精神現象学286頁)
 02、他者内反省と自己内反省の完全な相互浸透が現実性でる。(大論理学第2巻102頁)
 03、存在している理性、現実(小論理学6節)
 04、通常の感情にも既に、偶然的な現存在は現実というような強調した名前に相応しくない事が知られている。(小論理学6節への注釈)

 05、単なる現象よりも高いもの、それはさしあたっては現実性である。(小論理学131節への付録)

 06、現実とは、たんなる現象とは違ってさしあたっては内なるものと外なるものとの統一ですから、理性の他者として理性に対立するどころか、むしろ徹底的に理性的なものです。ですから、理性的でないものはまさに理性的でないが故に現実的なものではないのです。教養ある人々の言い方もそれに対応していまして、例えば立派な作品を書けない詩人や理性的な事の出来ない政治家は、本当の(wirklich、現実的な) 詩人とか本当の政治家とは認められないというような場合がそうです。(小論理学141節への付録)

 07、偶然的なものは無媒介の現実性ですが、それは同時に他者の可能性でもあります。といっても、それはもはや先に〔現実性の第一形態として〕現われたかの抽象的可能性ではなく、存在する可能性〔実在的可能性〕であり、つまり条件です。我々が、ある事柄の条件がどうのこうのと言う場合、そこには2つの事が含まれています。つまり、まず第1には、ある定存在、ある現出存在、一般にあるものが直接的な形で与えられているということであり、第2には、この直接的存在は止揚されて他者の実現に役立つ使命を持っているということです。

 さて、一般に、この無媒介の現実性はそのままではあるべき姿になっておらず、自己内で壊れている有限な現実性であり、従って否定されることがそれの規定(使命)なのです。しかし、同時に、この無媒介の現実性にもそれが現実性である以上〔自己内に〕本質を持ったものという他の一面があります。しかるに、この現実の本質はさし当っては内に隠れたものであり、たんなる可能性にすぎませんので、無媒介の現実性と同様に止揚されるという規定(使命)を持っています。かくしてそれが止揚された時、そこには最初の無媒介の現実性を前提として持つ新しい現実が現われ出てくることになるのです。このように交替する運動が条件の概念の中には含まれています。

 我々がある事柄の諸条件を考察する時、それは〔一目見ただけでは〕まったく単純な〔底のない〕ものに見えます。しかし、実際には、そのように見える無媒介の現実の中には他の全く別の物の萌芽が含まれているのです。この他者はさし当っては1つの可能者にすぎませんが、〔やがて〕それはその可能性というあり方を止揚して現実の中に身を移します。〔その時〕このようにして現われ出てきた新しい現実〔媒介された現実〕は無媒介の現実自身の内面であり、〔いわば〕媒介された現実は無媒介の現実を食い尽して現われ出てくるのです。かくして全く別の姿となったものが現われ出てくるのですが、同時に別の物〔新しい物〕は何も出て来ないとも言えます。というのは、それは最初の〔無媒介の〕現実の本質が定立されたにすぎないからです。犠牲となって滅びゆき食い尽くされる条件は、〔新しく生まれる〕他の現実の中でただ自分自身と一致するだけなのです。

 現実性の過程とはそのようなものです。現実性はたんに無媒介に存在するものではなく、本質的な存在ですから、それは自己自身の無媒介性〔直接的なあり方〕を止揚して、自己を自己自身と媒介するものなのです。(小論理学146節への付録)

 08、現実の3契機──条件、事柄、活動(小論理学148節)

 09、抽象的現実性、即ち実体性(法哲学270節)
 10、真の現実性は必然性である。現実的なものは自己内で非ts全的である。(法哲学270節への付録)
 11、現実性は常に普遍と特殊の統一である。(法哲学270節への付録)

 12、その現実における現実性、あるいは現実的なものとしての現実性〔本当の意味での現実性〕とは、感覚器官の対象としての現実であり、感性的なものである。真理と現実と感性とは同一である。感性的な存在だけが真の存在であり、現実的な存在である。感性のみが真理であり、現実である。(フォイエルバッハ「将来の哲学」第32節)



現象

2010年12月02日 | カ行
 現象を考える際の留意点は、普通は客観世界を現象と本質に2分し、その叙述を「現象」から始めるのに、ヘーゲルの論理学では最初の段階は「現象」を扱うにも拘わらず「存在」として、「現象」というカテゴリーは「本質論」で論じたのか、です。(⇒参考の02はこれを言っています)

 更に、根本的には、そのいわゆる「本質」を2分して、本質の上に「概念」(観念という主観的なものだけでなく客観的な意味も持つ概念)を置いたのか、です。

 現象と本質の関係については03と04があります。

  参考

 01、本質は必ず現象する〔つまり、現象しない本質など存在しない。そこでこれ迄の過程を振り返って、これを考えてみよう〕。

 本質の自己内での反省〔Schein〕〔純粋な反省諸規定〕の結果、本質は止揚されて無媒介性になった。しかしその無媒介性は形相であり、他者内反省であり、自己を止揚するあり方であると同様、自己内反省であり、自立(質料)であった。〔つまり、その無媒介性は、根拠から出てきたものとしては、他者内反省と自己内反省のとしての現出存在であり、形相と質料の統一としては物であったが、その物は自立していると同時にその形相と質料の矛盾によって自己止揚するものでもあり、その結果として現象となったのであった。従って〕反省(Schein)こそは本質を存在から区別して本質たらしめる規定なのだが、その反省の発展した形態が現象なのである〔あるいは本質の内なる自己内反省が外へ展開されたものが現象だと言ってもよい〕。だから、本質は〔カントの言うように〕現象の背後や彼岸に隠れているというようなことはないのであって、〔本質はみな現象の中に出てきているのである。換言するならば、根拠から出てきたというだけの〕現出存在するものが本質であることによって、現出存在は現象なのである。(小論理学131節)

 02、現象というのは感性的な知と知覚に対して存在しているままの世界のことではなく、それが止揚された時の世界であり、それの真理である「内なる世界」へと定立された限りでの感性的世界のことである。(全集第3巻118-9頁。精神現象学)

 03、概念に一致していないような実在は単なる現象、主観的なもの、偶然的なもの、恣意的なもので、それは真理ではない。(大論理学第2巻409頁)

 04、現象は確かに本質に適っているが、他の面からみれば適っていない。なぜなら、現象は偶然性の段階であり、「非本質的なものへの関係における本質」だからである。(法哲学82節への付録)


言語

2010年12月01日 | カ行
 1、言語は個体・種族信号である。

 言語が信号(条件刺激)であることは間違いない。言語は断じて生得的なものではない。民族による言語の違いがそれを雄弁に立証している。言語はさらに第1次信号にも第2次信号にも、一般に高次信号にも成りうる信号である。この点でも言語以外の信号と変わらないが、言語以外の信号では高次条件反射の可能性が小さいので、言語は高次条件皮射の可能性を広げ、かつ現実化したという特質はあるかもしれない。この点はいわゆる「意味の世界」との関連から重要なのだが、現在の我々の問題にはこれだけでよい。ともかく、言語以外の信号でも高次条件反射は可能である。

 それでは言語の特質はどこにあるのか。我々は先に、無条件反射と条件反射との命名に関連して、種属反射と個体反射という命名が唯一の本質的な命名であると述べておいた。その理由は真の言語論への展望とともにいま、与えられる。

 無条件反射は種属反射、すなわち個体が生まれながらに自己の属する種属に固有の形で持っている反射である。従ってその種属に共通の反射である。この用法にしたがって、無条件刺激を種属刺激と呼ぶ。
 条件反射は個体反射であった。ということは、個体が誕生した後に、その生活行程のなかで、個々別々に形成する反射であり、原則として、個体によって異なるということである(複数の個体がある条件下で同じ条件反射を形成することもある)。この刺激を個体刺激、個体信号と呼ぶ。

 こう考えてくれば、言語による反射は条件反射の一種であるから個体反射ではあるが、同時に種属反射でもあることに想到するのは容易である。言語は他の個体にも同様に妥当することを「本質」としているからである。というよりもむしろ、言語は発生的にはおそらく複数の個体に対して同時に形成されたのであろう。従って、言語による条件反射は、実に、無条件反射と言語以外の信号による条件反射との統一だったのである。従って言語は個体・種属信号とでも呼ばれるべきものだったのである。

 2、言語の論理的性格

 言語の論理的性格もすでに与えられている。言語は作られた信号であり、目の前に、自然的に、直接的に与えられる信号ではない。注(8)に引用したヘーゲルの言葉にもあるように、信号は一般に、そのあるがままの姿では妥当せず、それによって信号づけられるもの(被信号)として妥当する。しかしどんな信号とどんな被信号とが結びつくかは、自然的条件反射の場合には、その条件反射形成の時の外的事情によって決められている。外的事情によって決められているということは、偶然的で、直接的なものに拘束されているということで、第1節で述べた「衝動」と同じである。しかるに、言語は作られた信号であった。従って、日本語で「犬」と呼ばれるもの dog で信号してもよいのであり、子供にどんな名前をつけるか選択の余地があるのである。ということは、信号と被信号との関係が直接的ではなくなったということである。つまり言語の論理的性格も又「直接性を断ち切ること」だったのである。

 3、言語になりうる刺激の条件

 我々は言語の本質を確認した。残る問題は、言語という一種の自然物(音声、文字等も広義の自然物)が他の自然物と違ってかかる質的に異なった刺激になりえた根拠を問うことである。答えはすでに与えられている。個体刺激が同時に種属刺激にもなりうるためには、その刺激はどの個体にも経験可能なものでなければならない。どの個体にも経験可能なものであるためには、その種属に属する個体によって作られる信号でなければならない(人間の言語も犬にとっては自然信号と変わらない)。従って、「作られた信号」なら言語になりうるわけだが、多様な世界の関連を信号するには、単純ないくつかの単位とそれらの組み合せで出来ていて、発展可能で、容易に作られうるものがよいことは自明である。これが話し言葉と書き言葉である。

 4、言語=第2信号系の間違い

 言語は第2信号「系」である、とバヴロフが言っているかのように誤解している人が多い(古在・粟田編『哲学小辞典』岩波書店刊の条件反射の項もその1例)。しかし、条件反射理論で「系」とは神経系のことである。従って、第2信号系とは言語刺激に対応する神経系という意味になる。パヴロフにも不正確な表現があるが(例えば『選集』229頁で、「現実の第二信号系」と「第一信号の信号」とを等置したりしている)、大部分の所では正確に、第二信号系は「神経系の働らき」といったように、神経系の意味に使っている。

 たしかに「体系としての言語を第2信号系というのだ」と強弁することもできよう。しかしここではバヴロフが問題である以上、第1に、条件反射理論を首尾一貫して論理的に捉える用語でなければならず、第2に言語と言語刺激に対応する神経系とは現実に違う以上、後者を何と呼ぶのかも含めて用語を決めなければならない。体系としての言語は第2信号の体系と呼べばよい。

 5、ソシュールの意義と限界

 「ソシュールの有名な定式によれば、言葉は記号(signe)であって、意味するもの(signifiant)と意味されるもの(signifié)がそこで結びついているが、この結びつきは一般に随意的であり、特定の音声が特定の意味を表す必然性はなく、それ故に異なった多数の言語体系が存在している」(田島節夫著『構造主義と弁証法』せりか書房184頁)。

 事実はそのとおりである。事実を説明するのが科学である。私は、意味するもの(信号)と意味されるもの(被信号)との結びつきに「必然性がないことの必然性」を論証した。(以上、牧野紀之「労働と社会」73~79頁)

  参考

 01、言語と労働とは〔言葉を使って労働する時には〕、個人はもはや自己のもとに留まっておらず、内なるものを全部、自己の外へと表し、内なるものを他者へ委ねる。言語と労働とはそういったものである。(精神現象学229頁)

 02、言語の音及びその音同士の結びつきは事柄そのものではなく、自由な意思によって事柄と結びつけられている〔つまり、恣意的である〕。それは事柄に対して偶然的である。(精神現象学230頁)

 03、人間にとっての内なるもの、表象、その他人間が自分のものとする全てのものの中に言語は入りこんでいる。そして、その言語の中には、隠れていたり、不純であったり、はっきりした形と〔形はいろいろだが〕、カテゴリーが含まれている。(大論理学第1巻10頁)

 04、人間は知性に固有の信号手段として言語を持っている。(大論理学第2巻259頁)

 05、言語は思考の作り出したものだから、普遍的でないものは言語の中では言い表すことは出来ない。(小論理学第20節への注釈)

 06、言語、それはいわば思考の肉体である。(小論理学第145節への付録)

 07、広がりを持ち首尾一貫した文法は思考能力の作ったものである。思考は思考のカテゴリーを文法の中で明確にするのである。(歴史における理性166頁)

 08、言語は本来の意味での理論的知性の行為である。なぜなら、言語はその知性の外界への外化だからである。言語なしには想起も空想も単なる内的な外化にすぎない。(歴史における理性166頁)

 09、思考の地盤そのもの、観念の命の外化される地盤、即ち言語は、感性的な本性を持っている。(マルエン全集補巻1、544頁)

 10、思考とか観念とか意識といったものの生産は、さしあたっては人間の物質的な活動と交通〔生産関係〕との中に組み込まれている。これが実際生活の言語である。ここでは、考えたり想像したりといった精神的な交通はまだ、物質的な振る舞いから直接出て来たものである。〔直接的でなく、媒介されて出て来た観念形成物である〕民族の政治、法律、道徳、宗教、形而上学についても同じことが言える。つまり、人間は自分の観念や思想の生産者である。しかし、その人間とは、その最も先の形成物〔観念等〕に至るまで、その人間の生産力の或る発展段階とそれに対応する交通〔生産関係〕によって条件づけられた、実際の生きている人間のことである。意識とは、意識された生活過程のことである。(マルエン全集第3巻26頁。ドイツ・イデオロギー)

 11、言語は意識と同様に古い。言語は実践的な意識である。即ち、他の人間に対しても存在し、かくして又自分自身にも意識される本当の意識である。そして、言語は意識と同様、他の人間との交通の必要と欲求から初めて生まれるのである。(マルエン全集第3巻30頁。ドイツ・イデオロギー)

 12、言語は労働の中から労働と共に発生したという説明が、唯一の正しい説明である。これは動物と比較してみれば分かることである。(エンゲルス「サルの人間化」)

 13、言葉を音声の道具的使用だと解釈すると、道具を使うことは言語的甲同にほかならない。(今西錦司「人類の起源」河出書房新社313頁)

 14、近代言語学ほソシュール以来、言語活動をラングとパロールにわけて研究することを常識としている。ラングというのは、ドイツ語のシュプラッヘに相当し、一つの国語において形成されているような多くの語彙や音韻や文法規則の総体としての言語のことであり、これにたいしてパロールは語られ、また聴きとられる個々の言語的行為のことである。(田島節夫「構造主義と弁証法」せりか書房237頁)

 15、Aの口もとからBの耳もとへ、またその逆の移行は、言語の全生活となるだろうし、これは発言主体らの心霊をへる移行を、そのたびに前提としているのである。その重層的複合単位を用いるためには、少なくとも二人の個人がなくてはならないのであり、たった一人では言語は何の役目も果さないにちがいない。言語は同胞たちと意思疎通するためにできているのだ。言語は結局は社会生活によってこそその目的を受けとめるのである。だからあくまでも、言語のなかには、対応している1つの重層的側面かあるのである。言語は、「社会的 / 個人的」なのである。(ソシュール著山内訳「言語学序説」勁草書房9-10頁)


研鑽(けんさん)

2010年11月27日 | カ行
1、一般的意味

 ①研とは研磨することであり、みがくことである。鑽は錐(きり)のことであり、錐で深くうがち進むことである。従って、研と鑽がまとめられて研鑽とされた時、その意味は物事の真相を研究する(みがききわめる)ことと同義だったのであろう。何度も繰り返して考えることで考えは精細になっていくことと、何度もこすって研磨することとの類似性によって研の字が選ばれ、鑽は一点を深く掘り下げることの譬えとして取られたのであろう。従って、辞書の説明では、研鑽は研究と同じだが、研究の「着実さ」と「深さ」とに力点が置かれているようである。

 ②「研鑽を積む」という句があるように、そしてその句は「修業(行)を積む」という句を連想させるように、研鑽という語は、研究という客観的ニュアンスの強い語より、どことなく人格上の錬磨を伴なった主観的響きを持っている。客観的対象についての客観的研究には多かれ少なかれ人間修業という主体的な面も伴なわれているからだろうか。

 ③修業(行)も研鑽と同義だが、修行は行(行為)という字から連想されるように、本を読んだり考えたりだけというより、行動的練習に力点があり、研鑽は必ずしも行動的練習を伴なわなくてもよいように思われる。

 ④研鑽を積むのも修業(行)を積むのも、基本的には個人の事柄と考えられるのが普通である。もちろん集団で話し合って研鑽することもあるが、その場合も集団としての研鑽ではなく個人としての研鑽を集団でするのである。

2、山岸会の研鑽概念

 山岸会が自分たちの生きる姿勢の根本を表わす語としてこの語を採用した時、それは次のように定式化された。「良いとか悪いとか早計にキメつけないで、悪いと思う時は無論、良いと思う時も再三再四零位〔れいい。思考の出発点である先入見の無い状態〕に立ちかえって、考え考えあくまでキメツケを持たないで、今の段階としてやってみる気持でやること」(山岸会の機関紙『けんさん』に掲げられている言葉)。

 この研鑽概念の特徴は、第1に、個人の研鑽を含むとはいえ、主として集団の意志決定方法として考えられていることと、第2に、キメツケは間違いだという真理の相対性の主張に力点があることとである。そして、山岸会ではこのような研鑽態度の前提として、腹の立たない(腹を立てない、ではない)人間になること、物や金に執着しないことを要求している。実際の研鑽としては、日々の生活の中に種々の研鑽会という話し合いを制度的に組み入れていて、各自が順番に発言するシステムを採っている。その特徴は、書き言葉に頼る面がきわめて少なく、話し言葉が主であることと、個々の行動に関した話し合いだけでなく、研鑽姿勢自体を反省する話し合いもあることとである。

3、自然生活運動の研鑽概念

 自然生活運動は、この点に関しては、民主主義の名による話し合いでは実際には口が巧くて押しの強い人の意見が通っている、といケ判断から出発する。そして、これが民主主義を主張し、人間解放を目指す運動の中に抑圧権力を生むことにつながっていると見る。

 れに対する対策としての研鑽は次の特徴を持つ。

 ①言論の自由を保証し、各人の発言権を保証するためのラウンド・システムを採る。これは川喜田二郎氏のKJ法に学んだものである。出席者が順番に発言する。その順番は並んだ順番ではなく、意図的順番にならないように、カードなどを使って決める。一通り全員が発言するのを1ラウンドと称する。ある人の発言中には他者は発言しない。そのラウンド内での先行する発言への批判は次のラウンド以降でのみ許される。ラウンドとラウンドの間に適当な小休憩を入れる。感情的発言はしない。なるべく全面的に考える、などが準則である。

 ②書き言葉を話し言糞と同程度に重視し、本を読み、自分の考えを文章にすることを重視する。会議の議事録を残し、発表する。後から何度でも考え直し問題にしてよい。

 ③自分たちの運動についての情報をなるべく外部にも発表し、外部からの批判や質問にはなるべく答えるようにする。

 ④一緒に運動している仲間の間では、自分の私事は仲間に話しても話さなくてもよいが、公的言動は隠さず出し合う。自分の問題を出し、仲間の問題を親身に考える。独断専行を避けると同時に、全体の問題に対する傍観的態度も戒め、事前に関係者でよく話し合ってから行動する。

 ⑤立場の異なる外部の人とも話し合う。それは言い負かすためではなく、互いの考えの異同を明らかにし、互いの考えを深めるためで、1回の話し合いは2ラウンドで済ますようにする。悪や不正と言論で戦い、その戦いを仲間に発表する。

 ⑥それぞれの専門の事柄についてはもちろん、考える能力や研鑽する能力についても個人によって高低があることを認め、自分が低いと思い向上したいと思う人は、適当な人を選んで師事することを奨励する。この場合、師として選ばれた人はその弟子に対してその点に限っての師であり、師弟の関係は真理の相対性の内部での上下関係にすぎない。

 ⑦以上の研鑽の原則が十分に守られているか、一層の改善の余地が無いかなどを反省する。つまり、研鑽の形式の反省を自覚的に追求し、これを反省することを含めて「民主主義の時間」を制度化する。

 以上の事を実行しても親分肌の抑圧的権力者の発生を絶対に防げるとは言えないが、それを防ぐには各人が運動内部の悪や不正を黙視せず、言論で戦う勇気ある人間になることであろう。

 自然生活運動の研鑽概念は民主主義と民主的師弟関係についての考えの具体化であり、それは真理の客観的性格と相対的性格と絶対的性格とを具体化したものである。
(1987年03月08日)

     関連項目

議論の認識論

形成、die Bildung(「教養」とも訳す)

2010年11月24日 | カ行
  参考

 01、私の有機的身体を技能へと作り上げたり、私の精神を形成したりすることも、同様に、身体や精神を多かれ少なかれ完全に占有取得し[自分のものにし]、貫徹することである。私が最も完全に自分のものに出来るのは[身体ではなく]精神である。しかし、この精神の占有取得が実際に行われるには、単なる自由意志で完成される財産の占有取得とは違う。(法の哲学第52節への注釈)

 01の説明

 勉強という行為を社会的に見ますとそれは精神的財産の相続・継承と言うことができます。君たちがピタゴラスの定理を学ぶことによって、君たちは、人類の知的財産であるビタゴラスの定理を継承するわけです。そしてこの継承ということは、人類全体の立場から見るととても大切なことなのです。なぜなら、もしこういう継承がなされないとすると、後から生まれた人々は前の人たちと同じ苦労をしてその真理を再発見しなければならないことになるからです。そして、こういうことをしていたのでは人類の進歩はとても遅いものになってしまうからです。しかるに歴史を見ますと、現実には、交通が未発達であったとか学派の対立とか、あるいは商売上の理由とかで、せっかくある所で発見された真理が他の人々に伝えられず、したがって後代の人がまた大きなエネルギーを割いて同じ真理を再発見しなければならなかったという例は、たくさんあったのです。

 それはともかく、勉強とか、あるいはそれに対応する行為であるところの教育とかは、それによって前の世代から後の世代へと人類の知的財産を相続・継承していく行為であると言えるわけです。しかるに、その勉強には、知的財産を新たに発見し人類のものにしていく行為であるところの研究と同一の性格があるということでした。したがって、その継承は単なる継承一般ではなくして、創造的継承と言わなければなりません。ここに創造的という形容詞をつけたことの意味は、その継承が研究と同一性格をもった創造的な努力を介してはじめて可能になるような、そういう継承だということです。

 と言うことは、更に、創造的でない継承というものがあり、その創造的でない継承とは違うということでもあります。創造的でない継承とは、言わば惰性的継承であります。これはどういう継承かと言いますと、親から物的財産をもらう場合です。いま一億円の財産を持った人が死のうとしているとします。その時その人が自分の息子に向って「その財産をゆずる」と言うとします。その時、息子はその財産を相続するのに特別の努力は要らないのです。もらう意志さえあればいいのです。ですから、このように、その意志があるだけで簡単に相続できるようなのを「惰性的継承」と言うのです。

 それに反して、死のうとしている親が世界的な学者であるとか世界的な芸術家であったとします。その時、その親が息子に向って、自分の学問や芸術を譲ろうとしても、息子はその学問を簡単には、つまり物的財産を相続する時のようには受け継ぐことはできないのです。親や先人の精神的財産を受け継ぐには、人は誰でも勉強とか修業とよばれている苦しい創造的な努力をしなければならないのです。ですからこれを創造的継承というのです。(牧野紀之「先生を選べ」12-4頁)

 02、形成を絶対的な規定として捉えると、それは解放であり、一層高い自由の働きである。即ち、もはや直接的・自然的な形態を脱して精神的で普遍的な形態へと高まった無限に主体的な人倫の実体性への絶対的通過点である。(法の哲学第187節への注釈)

 03、理論的形成──知性と言語の形成、実践的形成──技能の形成(法の哲学第197節)

 04、形成された人間[教養ある人間]とは、自分の全行為に普遍性という刻印を捺すことが出来、自分の特殊性を放棄して普遍的原則に則って行為する人のことである。(歴史における理性65頁)

 05、教養は、内容に普遍性という性格が刻印されされているという1つの単純な規定を表現している。(歴史における理性66頁)


経験論

2010年11月18日 | カ行
  参考

 01、経験論には、真なるものは現実の中になければならず、知覚に与えられなければならない、という偉大な原理がある。(小論理学第38節への注釈)

 02、経験をするために、経験論は殊に「分析」という形式を使う。(小論理学第38節への付録)

PS

 最近、「第2マキペディア」(教育のひろば)で本来の「マキペディア」的な記事を増やしています。

介護保険支援子さんへ

2010年11月17日 | カ行
 考えるとは複数の選択肢の比較である

 ブログ「浜松市政資料集」に介護保険支援子さんが「何も出来ない自分」という題で次のコメントを下さいました。まずその全文を引きます。

        記(何も出来ない自分)

 介護[師]の資格を取るための福祉養成学校に講師として勤めています。

 先日卒業させた生徒さんの中に、刑務所生活43年間という初老の方がいらっしゃいました。初日に私にそっと自分の身の上を話されました。

 うちの学校は卒業後の就職支援も兼ねているのですが、1か所有料老人ホームへ就職を希望されたので、パイプ役になろうと思いましたが、本人が履歴書には真実を書かないと言われるために、私文書偽造の関係もあり紹介はできませんでした。

 何とか社会に貢献できる人生をと思うのですが(本人も同じ)、真実を述べると大半の人に拒絶があることを本人は固く信じておられました。

 保護司の方から何か一筆書いてもらい仲介役になって頂くことを勧めましたが、どうしても学校からの就職支援で職に就きたいと言われます。代表に相談をすれば、身の上を知っている以上隠して紹介をするわけにはいかないので送りださないように、との指示です。当然です。

 私は社会福祉士でもあります。こんな時に何も手が出せない自分に悲しくなります。方法はあるにも関わらず、私も組織の中の小さな一員なので何もできません。生徒さんには本当にごめんねという気持ちでいっぱいです。(引用終わり)

 感想を箇条書きにします。

 1、この「初老の方」は今は何で生計を立てているのでしょうか。生活保護でしょうか。これが分かりません。

 2、この方にとって、「老人ホームで働くこと」と「学校の就職支援」とどちらが大切なのでしょうか。

 3、これらを確かめた上で、学校としては「支援」はできないこと、及びその理由をきちんと話すのが第1だろうと思います。

 4、しかし、そこで終わらないで、少し前にこのブログでも紹介しました「行持院」のような所もあることを紹介するとか、その方の知らないであろう役立ち情報をネットで調べてお知らせすることなら出来るのではないでしょうか。

 この方の犯罪の一因は「物ごとを一通りにしか考えられない」ことだったかもしれませんし、今まで、誰にも「丸ごと受け入れてもらえた経験」がなかったからかもしれません。

 5、それ以外としては、その方の生い立ちとか、これまで聞きかじった事を「聞き書き」スタイルでまとめて、「こんな物をまとめてみたのですが」と言って渡す、というのはどうでしょうか。それで更に信頼してもらえるなら、もう少し詳しい話を少しずつ聞いて、その「聞き書き」を詳しくしていくなどというのはどうでしょうか。

 根掘り葉掘り聞き出すのではなく、問わず語りに話してくれた事だけをまとめるだけでも意味があると思います。自分を客観視することは無意味ではないでしょう。

 「聞き書き甲子園」を思い出しましたので、勝手な感想を書きました。無礼をお許し下さい。

宮城県・行持院(ぎょうじいん)と眞壁太隆さん

2010年11月14日 | カ行
 行く当てのない人を無条件で受け入れる寺が、宮城県にある。事情は聞かない。何ヵ月いてもよい。曹洞宗の僧侶の眞壁太隆(まかべたいりゅう)さん(61)は「この人たちを絶対、信頼する」と許す。その言葉のすごみと温かさを感じながら、滞在者は自立に向けた準備をしている。
                
 仙台からJR東北本線で南ヘ七つ目の槻木(つきのき)駅。そこから阿武隈川を渡った先に、木々に囲まれた行持院がある。

 記者が訪れたときは30~60歳代の11人が共同生活をしていた。さまざまな理由から職や家を失った人ばかりで、女性も1人いた。生活の一切が約束される。収入のない人は無料だ。生活保護などを受けている人は実費として1日500円を負担する。

 朝6時の釣り鐘の音が起床の合図。当番が用意した朝食をすませると、みんなで寺の中や庭先を掃除する。そのあと職探しや役所の手続きなどに出かけていく。

 50代半ばの男性がアパートに移る準備をしていた。入居申込書を差し出された眞壁さんは、連帯保証人の「本人との関係」欄に、慣れた手つきで「知人」と書き込んだ。もしかすると家賃の滞納や失跡などの事態があるかもしれないが、「何か起こりもしないうちに心配することはありません」と淡々としている。

 「到着署名簿」と書いた大学ノートがある。ここにやってきたときに、名前と出身地だけを書いてもらう。偽名かもしれない。しかし、身元を公的に証明するものを求めはしない。共同生活のルールを説明するだけで「ゆっくり考えたらいい。あとは好きにしなさい」。

 50歳代の女性は過去を問われなかったことに感動し、「こんな人がいるんだ!」と思った。「あれくらいドンと構えられるとね、裏切ることはできない。だから、ここにいるあいだは、せめて自分にできる役目はきちんとやろうと思っているんです」。

 ふだんはジャンパー姿で、僧侶には見えない。滞在者からは「社長」と呼ばれる。実際、僧侶であると同時に、理容店と美容院30店舗を持つ企業グループの代表なのだ。1日1度は仏さまにあいさつに来るが、寺に住んではいない。

 廃屋だった民家を自費で買い取り、新寺建立を目指して修復した。困った人の受け入れは、リーマンショック後の2009年l月から始めた。運営のため、月に約20万円の持ち出しとなる。自分の小遣いは1日千円だ。

 「私は布施行をさせてもらっているわけで、ここに来る人たちに感謝しています」。

 幼いころ、両親と別れなければならなかった。祖父母は田畑を切り売りして、進学させてくれた。キリスト教系の高校に進んだとき、朝の礼拝ではなぜか熱心に説教に耳を傾けた。地の塩。世の光。そうした言葉が印象に残った。人の役に立て、というメッセージと受け止めた。

 「いまになって分かります。あれは、おやじの小言として聞いていた。こころに空いた穴を埋めようと何かを探していたんですね」。

 実社会ですぐに役立つ知識を得たいと、大学では経済学部で会計学を学んだ。35歳くらいのころ、会計事務所に勤めていたが、「何かが足りない」というむなしさや不安感を覚えた。仏教書に手を伸ばし、幅広い知識を教える東京国際仏教塾で学んだ。

 そのなかで、ろうあ者などが布教の対象外とされた歴史があったことを知る。初めは自分の救いを求めていたのだが、社会的に弱い立場に置かれた人たちに目が向いていった。のちにライフワークとなる手話の勉強を始める。そのため、得度したときには48歳になっていた。

 駆け込んで来る人に事情を聴かない理由を尋ねると、反対に「信頼するほかに何がありますか?」と質問された。

 「みんな、赤っ恥をかきながらここに来たね。ふつうに暮らしていたときは、まさかそういう身にはならないと思っていたわけです。その方の胸の中にね、土足で踏み込むようなことはしません」。

 大学時代に授業料の滞納で2度、除籍されかけた。つらい経験があるから、人の痛みが分かる。滞在者には「同情はしませんよ」「おれに難しいこと聞くな、仏さまに聞け」と言う。それは、どう生きたいのかを自問自答しなさい、結局は自分の足で歩くしかない、というメッセージなのだ。

 寺を離れる人に「ここにいたことは忘れなさい」と伝える。それぞれの顔を思い出し、ふと「元気で暮らしてくれよ」と祈ることがある。ここで人生の仕切り直しをした人は、すでに70人を超えた。
(朝日、2010年09月13日。磯村健太郎)

   メモ

 行持院の住所は、宮城県亘理町逢隈小山字与平谷地61飢。電話は0223-32-0168