天下りを無くせ。野党時代の民主党は、国家公務員の天下りを厳しく批判して国民の支持を集め、自公政権を追い詰めた。政権交代から1年。マニフェストの柱にも据えられた「天下り根絶」が、空手形となりそうな気配になっている。
党を真っ二つにした民主党代表選。小沢一郎・元党代表は「口だけの政治主導では役人になめられてしまう」と菅直人首相を批判した。菅首相は「政治主導かどうかば予算編成が終わった時点で評価されるべきだ」と反論。政権交代後に薄れていた「脱官僚」が改めて問われる展開になった。
だが、「官僚から国民の税金を取り戻す」として1年前に打ち出した「天下り根絶」については、両陣営とも特段の言及をしなかった。代表選前に出された政権構想でも、小沢氏は終盤に「天下りは全面的に禁止する」との1文を入れただけ。菅氏は「行政の無駄削減を断行」としたが、天下りには直接触れなかった。
総務省の9月の発表によると、昨年度省庁から天下りをした国家公務員(課長、企画官級以上)は1185人で、前回調査(1423人)から減ってはいる。しかし、民主党の「天下り根絶」は、この1年でずいぶんと後退してしまっている。
その経過を説明する前に、天下りのシステムについておさらいしたい。
国家公務員の天下りは、次のような流れだ。
①人事は省ごとに行われ、役職と給与は上がり続ける(=年功序列)
②ベテラン職員のポストは少なく、ポストにつけない職員は退職を勧められる(=肩たたき)
③退職する職員は、省庁と関連の深い独立行政法人などのポストをあてがわれる(=天下り)
こうした人事が慣習化してきた。
従来は各省庁などが天下りポストをあっせんしてきたが、昨年9月、鳩山内閣が省庁によるあっせんを禁じたため表面上はなくなっている。
ただ、天下り先にいる「先輩」が退職予定の「後輩」に天下りポストを内々で紹介するケースがある。役所の表だったあっせんがないこうした「裏ルート」は規制の対象外で、今なお残っている。
総務省によると、独立行政法人や公益法人などの幹部ポストのうち、同じ省庁出身者が5代以上続けて占有しているポストは338法人に422(昨年5月時点)。この多くが、裏ルートによる天下りとみられる。
兵庫県立大大学院の中野雅至教授はこう指摘する。
「あっせんのない『裏ルート』は数字には表れず、確認しにくい。民主党は野党時代、それを問題視してきたのに手をつけていない。役所のあっせんがなくなって天下りはある程度減ったが、根絶できたとはとても言えない」。
天下りが問題視されるのは、省庁が職員を押しつける代わりに、天下り先に対し、補助金や事業の発注、許認可、情報提供などで有利な取り計らいをするからだ。
会計検査院が昨年まとめた調査によると、天下りがいる公益法人への省庁からの支出額は、いない法人の約7倍になっていた。現役時代に公益法人の設立にかかわった官僚OBは「天下り先のポストを用意するのも仕事だ、と先輩に言われた」と振り返る。
官庁が天下り先に流す金は、天下り役員の高給や、採算を度外視した「箱モノ」の建設など、無駄遣いになりかねない。「官製談合」や「民業圧迫」にもつながる。
野党時代の民主党が天下りを追及していたときの、自公政権のお決まりの逃げ口上は、「役所があっせんした天下りではない。受け入れ先が(天下りした人物を)自発的に選んだだけだ」。民主党は「あっせんがあろうとなかろうと天下りは問題だ」と批判。「4500団体に国から2万5000人が天下り、年間12兆円の税金が流れている」と、根絶を訴えていた。
民主党はその勢いを駆って、昨年の総選挙で「天下りの根絶」をマニフェストのトップに据えた。だが、この時すでに内容は後退していた。「天下りのあっせんを全面的に禁止します」とし、「あっせんのない天下り」を禁止の対象から外していたのだ。
政権交代後、民主党の姿勢はさらに弱くなる。昨年10月、日本郵政社長に元大蔵事務次官の斎藤次郎氏を任命。天下りではないかと批判を受けると、鳩山内閣は「府省庁のあっせんを受けていないから天下りではない」と逃げた。それは自ら批判してきた、自公政権の逃げ口上とまったく同じものだった。
一方、天下りあっせんの禁止だけを先行させたため、ベテラン職員が各省に滞留し始めた。すると政府は今年6月、「退職管理基本方針」を閣議決定。独立行政法人、民間企業などへの出向枠を広げた。このルールでは、公務員は出向先で2年ほど役職員を務めた後、元の省庁に復帰する。しかし、50代半ばの職員が2年ほどの出向期間を経て、形式的に役所に戻って退職するだけなら、実態は天下りと変わらない。「新たな天下り」と指摘された。
民主政権は8月、みんなの党からの質問主意書で、新たな出向は天下りとどう違うのか、問われた。政府答弁は「職員は国へ復帰するのだから、天下りではない」。木で鼻をくくった内容だった。
民主党は、天下りをなくすことと併せ、「公務員が定年まで勤務できる態勢を築く」としていた。65歳までの定年延長、総人件費の2割削減など関連政策を掲げはするものの、人事制度を抜本的に見直す公務員制度改革はほとんど進んでいない。
背景には、有力な支持母体である労働組合の強い反発や、官僚自身の抵抗がある。子ども手当、高速道路無料化といった「政治主導」の政策が思うように進まず、官僚の協力を仰がざるをえない状況も影響している。
民主党の参院選マニフェストには、末尾に小さくこう記されている。「あっせんによらない隠れた天下りはいまだに続いており、政権交代前の天下りを一掃することはできていません」。
前出の中野教授は言う。
「民主党がこれ以上、天下り根絶を進められるとは思えない。滞留するベテラン官僚をどうするのかを議論する覚悟も、人事組織を組み替える覚悟もなかったのだろう」。
「天下り根絶」と「脱官僚」は、コインの表裏。管改造内閣はこの問題に向き合えるのだろうか。
(朝日、2010年10月02日。野口陽)
関連項目
天下り(01、天下りを根絶せよ)