何故「パワハラ」などという奇怪な言葉を使うのか:
お陰様でテレビでは連日連夜塚原夫妻のパワハラ騒動で持ちきりだ。私は独り密かに悲憤慷慨している。無駄な言動だとは百も承知でいうのだが、こんな英語の熟語はないし、文法的には破綻している。でも有識者も、立派であるべき評論家も弁護士さんたちも躊躇わずに「パワー・ハラスメント」か「パワハラ」と言う。何故「権力者による不当な圧力か嫌がらせ」という日本語を使わないのかと、私は怒っているのだ。
それだけではない。新聞の投書欄を見ても一人の英語教師からの「このような出鱈目なカタカナ語を使うのは止めよう」という意見が出てこない。英語を教えておられる方々はおかしいとは思わないのかと、おかしいと思っている。誰か一人くらい出鱈目振りを指摘してくれないかと願っている。英語の先生方とすれば「メンタルは形容詞」であり、「パワー」を「力がある」か「力強い」という意味で使うのもおかしいと言って欲しいのだ。Oxfordでは「身体的な力がある」という解釈は4番目にやっと出て来るのだが。
私は最早カタカナ語の奔流を止めることは不可能だと認識しているし、「使いたい方はご自由に使ってください」と言っている。だが、情けないのは有名な大学で学んでこられた方々が何ら躊躇することなく「メジャー」だの「フリップ」だの「セキュリティー」などと言ってしまうことだ。おかしいとか恥ずかしいとは思わない感覚に呆れている。だから、「テレビ局にこう言いなさい」と指示されているのだと疑っている。そうだったとしたら、何故「間違ったカタカナ語は使いたくない」と抵抗しないかと奇異な感にとらわれている。
お陰様でテレビでは連日連夜塚原夫妻のパワハラ騒動で持ちきりだ。私は独り密かに悲憤慷慨している。無駄な言動だとは百も承知でいうのだが、こんな英語の熟語はないし、文法的には破綻している。でも有識者も、立派であるべき評論家も弁護士さんたちも躊躇わずに「パワー・ハラスメント」か「パワハラ」と言う。何故「権力者による不当な圧力か嫌がらせ」という日本語を使わないのかと、私は怒っているのだ。
それだけではない。新聞の投書欄を見ても一人の英語教師からの「このような出鱈目なカタカナ語を使うのは止めよう」という意見が出てこない。英語を教えておられる方々はおかしいとは思わないのかと、おかしいと思っている。誰か一人くらい出鱈目振りを指摘してくれないかと願っている。英語の先生方とすれば「メンタルは形容詞」であり、「パワー」を「力がある」か「力強い」という意味で使うのもおかしいと言って欲しいのだ。Oxfordでは「身体的な力がある」という解釈は4番目にやっと出て来るのだが。
私は最早カタカナ語の奔流を止めることは不可能だと認識しているし、「使いたい方はご自由に使ってください」と言っている。だが、情けないのは有名な大学で学んでこられた方々が何ら躊躇することなく「メジャー」だの「フリップ」だの「セキュリティー」などと言ってしまうことだ。おかしいとか恥ずかしいとは思わない感覚に呆れている。だから、「テレビ局にこう言いなさい」と指示されているのだと疑っている。そうだったとしたら、何故「間違ったカタカナ語は使いたくない」と抵抗しないかと奇異な感にとらわれている。