新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

我が国とアメリカの二国間協定

2018-09-27 09:41:38 | コラム
矢張り押し切られた感は否めない:
トランプ大統領の何が何でも「貿易赤字を減らそう」という政策はトランプ大統領の視点から見れば正当であり良いことなのだろう。その辺までは長年アメリカの会社の一員として対日輸出に従事してきた者としては、十分に理解するのに吝かではない。だが、自動車の関税を引き上げるという切り札めいたことをちらつかせる手法は、決して褒められたものではない。私に言わせれば古典的で高飛車だ。

戦後70年以上も経て確固たる同盟関係がある我が国で、未だに年間15,000台しか売れていないことの原因に何があるかくらいは承知で言われているのだろうから始末が悪い。我が国の自動車メーカーがアメリカ国内で製造している台数が380万台もあるにも拘わらず、何故日本市場で売れないのかくらいは掌握しておられなかったら困る。簡単に言えば、未だに左ハンドル(我が国の立場で英語にすれば cars with steering wheel on the wrong side となる)の車しか造っていないのだ。今年に入ってから街で見たアメリカ車と言えば10台を超えていないような気さえするのだ。

我々W社の事業部は懸命の努力をして日本の市場の要求に合わせ、中間の印刷加工会社や流通機構の要望を聞き、所謂「ニーズ」に可能な限り合わせるようにして来た。しかも、W社の基本的な方針では「日本の同業者と競合を避けて、日本市場のニーズを補完する製品の輸出に注力する」だったのだ。その成果で1990年代初頭には会社別の対日輸出額で全アメリカの会社中でボーイング社に次いで第2位にまでなっていたのだった。ズバリと言えば「他の会社は何をやっていたのか」だ。

私はデトロイトの自動車メーカーたちW社のような姿勢で対日輸出に努力してきたのかと問いかけたいのだ。売れないからと言って「非関税障壁がある」とか、何も自動車業界のことではないにもせよ「流通機構が複雑過ぎる」などと戯言を言って撤退していった業種や企業があったではないか。文化と思考体系が違う国の市場に売り込む際に、アメリカ国内では通用する商法で「世界最高の我が社の製品を買わないのであれば、それは御社のミステークだ」など言ったりして高飛車に出なかったか。尤も、これぞ企業社会における文化の違いだが。

私はこれまでに繰り返して「アメリカの製造業界の労働力の質」を問題にして来た。ここには我が国とは根本的に異なる「職能別組合の存在」があるのだ。何度も指摘して来たことだから要点だけ言えば「労働組合は会社とは別個の存在で、そこを経験してから会社側に移っていく(昇進ではない)仕組みにはなっていないのだ。一度ユニオン・カードを貰って組合員になれば、余程のことがない限り組合員として会社生活を終えるまで働くのだ。そこは我が国のような身分の垂直上昇はない時間給の世界なのである。

後難を恐れて極端な表現をすれば、立身出世がない世界でり年功序列で職種の次元が上がっていき、時間給も増額されていくのだ。言い方を変えて極端な表現にすれば「何もあくせくして技能を向上させようとしたり、勉強に励む必要もない」と言える世界だ。しかも、労働組合は法律で保護されていて、会社側の社員のようにいつ何時 “You are fired.”と宣告される危険性がないのだ。レイオフはあるが、その際にも food coupon(食券)が支給される等の特典がある。

そういう組合員が造った車だから、ある着任早々の駐在員から「注文していた車が入荷したと連絡があってデイーラーに引き取りに行ったら(アメリカでは納車はされないと聞いた)、帰路に自宅アパートまで着く前に故障して途方に暮れた」と聞かされたが、アメリカでは決して珍しい話ではない模様だ。日本製やドイツ製の車にそういう事故があるとは寡聞にして承知していない。

何が言いたいのかと言えば「世界の何処に出しても通用する製品を作ろうと思うのならば、労働組合と組合員の意識改革は必須だということ。これは言うべくして簡単なことではない。私が知る限りでも副社長兼事業本部長が工場に出向いて組合員たちと膝つき合わせて「君等の双肩に我が社の将来がかかっている。これまでも良くやってくれていたが、これからも一層奮励努力して製品の質を高めるように」などと訓示をすることなどあり得ないと思う。この辺りを我が国の会社の在り方と比較してお考え願いたい。

ここで話題を変えて「これからのアメリカからの輸入」を考えて見よう。自動車の関税を引き上げない代わりに牛肉と農産品の輸入を増やせと言っているようだが、それではまたもや一次産品ではないか。勿論「イージスオフショア」なども買うのだろうが、嘗ては第2位であったW社は紙パルプ・木材製品を輸出していた。最終製品ではない。他にアメリカ西海岸から出ていた物は「飼料用の干し草」や「アイダホのフレンチフライ用ポテト」等々だった。要するに、我が国に地理的に最も近い西海岸にはこれという輸出産業がないのである。

大豆だってロッキー山脈の向こう側だろうし、デトロイトだって五大湖の近所であるから我が国への輸出には極めて輸送の条件が悪いのだ。そうかといってボーイング社の旅客機を盛大に売り込もうといっても限度があるだろう。私はアメリカは GAFA(グーグル、アップル、フェースブック、アマゾン)のような業種で十分に稼いでいるではないか。それでもトランプ様もライトハイザーさんも強硬手段で臨んでくるおつもりか。

後に、これこそ後難を恐れる一言を。それはアメリカの会社が我が国に進出して(外資系のことではない)どれほど能力がある日本人社員を雇えるかということ。日本市場に精通し、業界の内外に遍く顔が売れていて確固たる情報網と人脈を築いてあり、製品の製造分野に精通し関連業界と良好な関係があり、尚且つ支配階層にも通用する英語力がある人物を複数獲得しないことには、日本市場に短期間に成功して地盤は築けないと思う。

だが、こういう能力を全て兼ね備えた人物がその辺に転がっている訳ではない。スカウティングやヘッドハンティングは容易ではないし、中途半端な年俸では(いつ何時 “I don’t like you.”と言って馘首されかねない世界に移って行こうなどという奇特な人は現れないだろう。第一、それほどの能力がある社員を日本の会社おいそれと手放すかを考えて見よ。結局はまがい物の英語を話すだけの「日本人の皮を被った外国人」的な者しか雇えない結果になっていた例を数多く見てきた。


考えてもご覧なさい。未だに車が売れていないではないか。トランプ大統領やライトハイザー氏が直接我が国に来て売り込みに回り「我が国の世界最高の品質を誇る製品を買わないとは・・・」という類いのセールストークをやってみれば解ることだ。